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第5話 放課後に立ち寄って

 チャイムが鳴り、今日の授業の終了を告げると、生徒たちはわいわいと私語を交わしながら荷物をまとめ始めた。


「じゃあね~!」

「どっか遊びに行こうぜ」

「部活~」


 そんな声とともに教室が空いていく中で、イオリはただひとり動く事をせず、机に座ったまま端末に視線を落としていた。

 小さく光る画面には、何やら複雑なコードが映っている。


(また、ハッキング……? それともゲームかしら?)


 リィナの使っている端末にはゲームの類は入っていなかったが、イオリなら何をしていても不思議ではない。

 リィナはその様子を見つめていたが、やがてイオリがふと顔を上げた。


「……なに?」

「えっ、いや……別に」

「そう」


 イオリはさっさと視線を戻してしまう。リィナが感情を抑えられず何か言おうとすると、イオリが端末に目を向けたまま言ってきた。


「リィナにはこの学校でやりたい事があるんでしょ? 行ってきていいよ」

「…………」


 再び続く沈黙。少し迷ってからリィナは気になっていた事をぶつけた。


「あんたは私を放っておいていいの? 私がどんな存在で何をしにここへ来ているのか、もう分かってるんでしょ?」

「私にはこの都市の為に働く義理は無いからね。そういうのは治安部の仕事。私はこの都市の平和なんて物よりも君のやろうとしている事の方が興味があるね」

「ふん、後でせいぜい吠え面掻くといいわ」


 リィナはそれ以上はイオリに構わず、大股で教室を出ていった。




 彼女が出ていって静かになった教室。カーテンを風が揺らし、窓から差し込む太陽はやがて夕方が近づいてくるもののまだ高く、外を明るく照らしている。

 イオリはちらりと空いた隣の席を伺ってから窓の外へ視線を戻した。


「リィナ、今頃なにをやっているかな」


 校内のカメラをハッキングすれば調べられるだろうが、それも何だか覗きみたいで気が引ける。

 転校してきたばかりの彼女を警戒させるのも良くないだろう。リィナには今のところは自由に動いてもらいたい。きっとその方がお互いに楽しめるだろうから。

 だが、今のイオリは浮かない顔をしていた。窓の外を眺めてもそこにはいつもの景色しか広がっていない。


「退屈だな。昨日までもこんなだったっけ」


 流れる白い雲に青い空。思い出すのは手を焼かせてくれる新しい隣人。何だか楽しめそうな予感はしていた。

 イオリは密かに笑みを漏らすと持っていた端末をしまう。


「さて、次はリィナの結果待ちか。私から手伝う事も無いよね。また明日」


 イオリは鞄を持って静かに席を立つと、人の減ってきた教室を後にした。




「ここね。わざわざフロアのマップなんて物が表示されているから探す手間が省けたわ。何という不用心」


 やがてリィナが廊下を歩いてやってきたのはこの学園の一角にある図書室だった。扉を開けるとそこは近未来的な学園都市らしい静謐で落ち着いた空間だった。

 天井近くまである本棚には、電子化されていない紙の本がずらりと並び、重厚な香りを放っている。

 そして一方で、壁際には最新型の検索端末が整然と並び、デジタル資料にも簡単にアクセスできる。


「……不思議な空間。まるで過去と未来が同居しているようだわ」


 本の図書館しか知らなかったリィナにとって、この場所はまだ驚きを感じられる場所だった。

 だが、学校の授業でも端末に触れてきて、この世界の文明にも段々と慣れてきた。


「愚かな連中、私に知識を与えるから吠え面を掻かされる事になるのよ」


 リィナは紙の本には構わず真っすぐに端末に向かう。もちろん普通に調べられる情報などたかが知れているだろうが、魔法を使えばもっと深くにまで潜り込めるはずだ。


「さて、この学園について、調べられる情報……っと」


 指先を動かして魔法を使おうとした瞬間、窓の外に帰っていくイオリの姿が見えた。


「え? あ? ちょっと待ってよ。あいつ私を置いて何で一人で帰ろうとしてるのよ」


 もちろんイオリにリィナを待つ理由なんて無いし、待つ約束もしていない。


「それでも……! 私に行ってきていいよと言っておいて一人で帰るなんて……!」


 リィナは使命と感情の狭間で迷い、


「ええい! 情報なんて明日調べればいいわ!」


 発動させようとしていた魔法を引っ込め、見失わないうちに後を追っていった。

 



 夕焼け色に染まり始めた学園通りの裏手――

 人通りの少ない路地にひっそりと佇む、小さなカフェがあった。

 店名は《スター・ループ》。レトロな木製のドアに、デジタル風のフォントが洒落っ気を感じさせる。

 下校途中にイオリはそこへカランとドアベルを鳴らして立ち寄った。


「いらっしゃ――って、なんだイオリかあ」


 カウンターから顔を出したのは、店の衣装で身を包んだ少女、ナナカだった。イオリは案内されるまでもなく、自分のいつも座っている一番奥の席へ向かう。

 ナナカは注文されるまでもなく、いつものコーヒーをイオリの席に置いた。


「コーヒー一杯で閉店まで粘らないでよね。うちだって商売でやってるんだから」

「コーヒー代、ちゃんと払ってるでしょ。お客さんいないんだからいいじゃない」

「そりゃいないけどさ。みんな大通りの賑わっている方に行っちゃうけどさ」

「私はこの店の静かな雰囲気、気に入ってるよ。喧騒がないのがいい。だからおじさんもここに店を構えたんじゃないかな」

「それも分かってるんだけどさあ~~~」


 ヤキモキするナナカを置いてイオリは慣れた様子でいつものように端末の操作を始める。

 ナナカは肩をすくめつつも、お昼に気になっていた事を尋ねた。


「あの転校生とは上手くやってるの? リィナちゃんと言ったっけ?」

「うん、今日は何か学校で調べたい事があるって言ってた」

「ふう~ん、学校で調べたい事ねえ~。あんたの事だから一人で置いてきたんでしょうね」

「うん、私には調べたい事は無いから。彼女の結果待ち」

「はあ~~~、リィナちゃん、かわいそう」


 その時、ドアベルがカランと鳴って、ナナカは「はあい」とそっちへ向かった。

 イオリは端末を操作しながらコーヒーを一口そそる。


「調べたい事か。軽く情報を見てみるか」


 イオリがさっと指を走らせて、データを画面に並べた頃、ナナカは客人を迎えていた。


「いらっしゃいませ。あ、リィナちゃん……?」


 彼女はサッと店に入ってくると物陰に隠れて様子を伺った。彼女が何をしているかナナカにはよく分かっていたが、一応店員としては聞いておかなくてはいけない。


「お客様、お席にご案内しましょうか?」

「シッ……!」

「だよね……」


 ナナカは静かにその場を離れようとしたが、全ては無駄な事だった。

 イオリは静かに視線を上げると、静かな店内でよく通る声で言った。


「見えてるよ、リィナ」


 リィナはびくっと震え、ナナカはどこの店にも設置されているそれを見た。


「うちの監視カメラ、勝手にハッキングしないでくれる?」

「ちょっと見ただけ。もう切った」


 ナナカはため息を吐き、再び気を取り直して初めて来たお客様を案内する事にした。


「お客様、席にご案内します」


 その席とは言われるまでもなく、イオリと同じテーブルの向かいの席だった。

 リィナは何の文句も言わず、黙ってその席に腰かけ、メニューを開いた。


「ええと……」

「私と同じコーヒー。ここのおすすめ」

「こいつと同じコーヒーで」

「かしこまりました」


 注文を受けて、ナナカは席を離れていく。同じ席にいて二人は無言だった。じっと見るリィナにイオリは何だか笑っている気がした。

 それから、ナナカがコーヒーを淹れてリィナの前に置いた時まで無言だった。


「どうぞ、ごゆっくり」


 ナナカが立ち去って、イオリはやっとその閉ざされていた口を開いた。


「私は一杯で粘るなと言われるのに、なんでリィナはごゆっくりなの、理不尽だ……」


 今までの行いだろうとしか、リィナには思えなかった。

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