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第4話  授業と昼休みのくる教室

「――それじゃあ、教科書の42ページを開いて」


 転校生の来た新鮮な驚きも間もなく収まり、教壇に立つ先生の声が、教室に柔らかく響く。

 どこにでもある、普通の授業風景。

 黒板に光学ペンで書かれていく数式。生徒たちは机の端末を立ち上げ、それぞれのペースでノートをとっていた。

 リィナにとっても使う道具こそ違え、慣れ親しんだ風景だ。


(学校の授業ってどこの世界でもこんななのかしら……この端末? って言うのは珍しいけど)


 目の前の端末からは、数式や回路図、論理構造が次々に表示されていく。自分の世界では見たことのない“知識”の波。リィナは授業を聞く耳もそこそこに先の方のページまで読み進める。


(だけどここには勉強に必要な事しか記録されていないみたい。外部のリンクにも繋がらないし、生徒達には遊ばせないって意思を感じるわ)


 調査の為にはもっと情報の集まる場所に行くのが必要だ。それはどこだろう。

 そんな思考の中で、彼女の視線は自然と隣の席――イオリに向いた。


 イオリは、教科書も端末も開かず、ただ頬杖をついて窓の外を見ていた。

 風に揺れる髪が、静かな光を受けてふわりと揺れている。


(あの時は、ドローンで私を撃ち落としたのに……今は、何もしていない)


 授業が始まってから、一度もリィナに話しかけてこない。

 まるで最初から興味がなかったかのように、イオリは教室の外の空ばかり見ていた。


(本当に……この子、何を考えてるの?)


 普通なら不審者は通報する物だろうに、イオリは何もしようとする素振りを見せない。

 周りも敵対しようとする動きを見せない。

 リィナはイオリの横顔をちらちらと盗み見る。


 無表情。でも、どこか物憂げ。

 そしてどこか、孤独そうだった。


(ふん……なによ、あんなに偉そうだったくせに……)


 そう思いながらも、なぜか胸の奥がきゅっとする。


「――では次に、リスク管理について、教科書の実例を使って考えてみましょう。リィナさん読んでください」


 教師の声がリィナを現実に引き戻した。


「は……はい!」


 小さく返事をして、再び端末に目を向ける。


「ど……どこ!?」


 すぐにページが勝手にめくられて行が指示される。

 リィナはこの端末の機能かと驚きかけたが、すぐにイオリにハッキングされたのだと気が付いた。

 外を見ていた彼女が密かに端末を操作してすぐにまたその手を戻したからだ。


(こ……こいつ、いつか借りは返す……!)


 リィナは指示された場所を読んでいく。

 でも、意識の一部はまだ、隣に座る少女に向いたままだった。


(この世界に来た理由――“鍵”を探すことが第一なのに……なのに……)


 視線は、どうしても隣にいる彼女に引き寄せられてしまう。


(イオリ。あの子は……何者なんだろう)




 チャイムが鳴ると、教室はにわかに活気づいた。お昼休みだ。

 友達同士でお弁当を広げる声、廊下へ走っていく足音、こんな景色は世界がどこであっても変わらないようだ。

 リィナはもうすっかり馴染んだ感じのする教室の席で、静かにイオリのほうを見た。


(こいつはどうするのかしら?)


 お弁当にするのか、学食に行くのか。ずっと教室の席から動かないので動いているところを見てみたい。

 イオリは相変わらず、窓際の席でぼんやりと外を眺めている。すぐに弁当を出そうとか学食に行こうとかする素振りは見せない。

 何を考えているのか分からないけれど、リィナの中ではあの時のイメージ――冷静にコンピューターを操作し、何でもできる天才――の印象が、強く焼き付いていた。


(何かするなら早くしてくれないと……私もお腹が空いてきたんだけど!)


 まさかお昼ご飯は抜くなんて言うまい。そもそもこいつはご飯を食べるのだろうか。周りはみんな食べているのだからこの世界の人間は食べないということはないだろう。

 思い切って声を掛けようと立ち上がろうとした、その瞬間――


「イオリ~~っ! あんたはどうして弁当持っていかないの!?」


 教室のドアが勢いよく開いた。

 生徒たちの視線が一斉に向く。その中を、堂々と突っ込んできたのは――制服の上にパーカーを羽織った、赤毛の少女だった。

 ずっと窓の外を眺めていたイオリがやっと反応を見せた。前に立つ少女を見上げて小さく呟く。


「お、やっときた。弁当ありがとう」

「その前に! またあんたでしょ!? 朝のドローン騒ぎ、絶対イオリが関係してるよね!?」

「……はぁ」


 イオリは小さく肩をすくめ、ため息をついた。


「何の証拠もないのに決めつけるのやめてよ、ナナカ」

(ナナカ……?)


 リィナはその名前に引っ掛かりを覚える。だが、すぐに同じ名前なんてどこにでもあるかと考え直す。

 その少女――星ヶ丘ナナカは、イオリの机の前に腕を組んで立ちはだかった。

 リィナは、ぽかんとその様子を見つめていた。


(この子……イオリとどんな関係?)


 仲が良いのは分かる。イオリの知り合いだって事も。でも、こいつと友達? 友達なんているのこいつに? なんだか信じられない気分だった。


「あーもう、今日も朝から機動警備隊が出動して大騒ぎ! “犯人はこの学園の生徒”って噂も出てるんだからね!」

「どこからそんな根も葉もない噂が。証拠もないのに決めないで欲しい」

「証拠は無くても噂は立ってるの!」

「ふう~、いくら私でも人の口にはハッキングできないね、やれやれ」

「やれやれじゃないでしょ。とにかくお弁当食べなさい!」


 ナナカはイオリの机にお弁当の入った包みをズドンと音が出るほど力強く叩きつけるように置き、ようやくリィナに視線を合わせた。


「ところでこの子誰? さっきからずっと見てるんだけど」

「ああ、その子は転校生。今日から私のお隣さんになったの」

「あっ……」


 じっと二人から見られて、リィナは自分が挨拶をする場面だと悟って慌てて立ち上がって挨拶した。


「リィナ=エルステリアです。今日からお世話になってます」

「あ、こちらこそ。星ヶ丘ナナカです。分からないことがあったら何でも聞いてね」

「で、今朝の事件を起こした犯人」

「え!?」

「ちょっとー!」


 いきなり暴露されてリィナは突っ込まずにはいられなかった。驚いたナナカが目をパチクリさせて尋ねてくる。


「今朝の事件ってあなたがやったの?」

「あ……う~~~…………ごめんなさい、私がやりました……」


 誰も助けてくれないアウトローでリィナは正直に告白するしかなかった。イオリはどこ吹く風だ。


「怒らないであげてよ。リィナは転校してきたばかりで何も分からなかっただけなんだから」

「そりゃ言わないけどさ。本当にイオリは関係してないの?」

「まだ疑ってるの? どこのカメラにもそんな証拠なんて無いのに」

「当たり前でしょ。リィナさん、もし困ったことがあったら私に相談してね。私の分のお弁当食べていいから。私は学食に行ってくるわ」


 ナナカは自分の用事を済ませると、さっさと学食に並ぶべく足早に去っていった。


「ねえ、あの人って……」

「ん?」

「なんでもない」


 リィナは聞こうとした言葉を飲み込んで、箸を取って弁当に向かい合う。

 イオリの個人的な事情を聞こうなんて、それだとまるで彼女に興味を持っているみたいじゃないか。

 自分がここに来たのはイオリに構うためではない。リィナは自分にそう言い聞かせ、弁当を食べ進めるのだった。

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