第3話 ようこそ、科学都市学園の教室へ
「……やっぱり、ちゃんと疑っておくべきだったわ……」
リィナは後悔と不機嫌に唇を尖らせて、廊下を歩いていた。
あれからイオリと別れ、転入試験を受けた。先生たちとの面接も済ませた。
勉強道具を受け取って、制服は新調されたばかり。髪型も少しだけ整えて、リボンを結んだ。
ここまで予定通りだったなら……
(転入処理にイオリの手を借りる必要なんて無かったんじゃない……!?)
ほとんどがあらかじめ決められた作戦通りだったのにそこだけがそうじゃない。彼女はイオリの手でこの学園に潜り込むための協力を受けていた。
曰く、セキュリティ管理システムへの非破壊侵入。
曰く、生徒データベースへの介入。
曰く、普通に転校生として通えばいいとのこと。
まるで息をするように簡単に語られたが、リィナには理解できるはずもない。
(魔法だと何か不都合が起こったかもしれないけどさ。いや、私の魔法は感知不能のはず……)
そんなことを考えているうちに、目的の教室にたどり着く。
「失礼します……」
機嫌の良い先生の後に続いて教室の扉を入った。
一瞬で、二十数人の視線が一斉に注がれる。
教壇に立った先生がにこやかにリィナを迎え入れた。
「はい、みんな注目~! 今日からこのクラスに新しい仲間が加わります。可愛い子だぞ~!」
「え!? 可愛い子!?」
「可愛くない前振りだろ?」
「いや、本当に可愛いじゃん……!」
「うおお! 可愛いーーー!」
「前に出て、自己紹介してね」
先生にそう言われて、リィナはぎこちなく前へと歩み出る。
クラスの隅でこちらを見ているイオリと目が合った。
感情を出さないように見えて、にやり、と口の端だけで笑ったのが見えた。
(くっ……これってやっぱり、罠じゃないの?)
リィナにはイオリが何を考えているのか分からない。
しかし、今さら引き返せるはずもない。
転入手続きの処理をしたのはイオリなのだから、バレて困るのはお互い様のはずだ。その証拠にイオリは何も行動を起こそうとしてこない。
いざとなれば魔法でなんとかすればいい。
リィナは覚悟を決めて、ぴしっと姿勢を正した。
「……はじめまして。私はリィナ=エルステリア。A国の都市から来ました。えっと……この都市の最先端の科学を勉強するために、ここに来ました。よろしく……お願いします」
一瞬の静寂。リィナとしてはイオリに与えられた情報通りの事を当たり障りのないように答えたつもりだったのだが、教室はすぐに盛り上がった。
「え、A国!?」
「外国の美少女だー!」
「どおりでクラスの女子とは全然違うと思った!」
「日本語うめー!」
「っていうか私達よりも喋り方が可愛くない?」
「アニメに出てきそう」
ざわざわと教室がざわめく中、教師も「あはは、みんなも喜んでるなー。先生もこれからが楽しみだぞ」と笑っていた。
リィナにとっては自分は特別なお洒落や変装をしているわけでもなく、普通のつもりだったのに、予想外に騒がれて困惑するだけだった。
そんな様子を、イオリは椅子にもたれながら無言で眺めていた。
「ええと……席は、そうだな……」
先生が教室を見渡す。数秒後、軽く手を叩いた。
「鏡ヶ原の隣が空いてるな。リィナさん、あそこに座って」
「……え?」
一瞬、リィナの思考が止まった。そこは鏡ヶ原イオリ……まさしく彼女が意識していた場所の隣だったからだ。
確かにそこの席は空いている。だが、これは明らかに不自然だ。
まさか、これもあの子の仕込み……? 入学だけでなく席まで操作したというの……?
魔法でもできそうにない行為に、ちらりと横目でイオリの顔を伺いながら、リィナは言われた席に着く。
しかし、イオリはいつもの無表情のまま、机に頬杖をついて、こちらをちらりと見ただけだった。
(……わざと? それとも、偶然?)
少なくとも、その顔からは何も読み取れなかった。
ただ、ほんの一瞬だけ目が合って笑みを浮かべられた気がして、リィナの心臓がどくんと跳ねた。
「……これから、よろしく」
仕方なく、リィナは隣人に声をかける。教室の視線が注がれる中、その行為は僅かに周りに驚かれたようだ。
リィナはすぐにうかつだったと悟って前を向いて教科書を出した。
「ようこそ、魔法少女」
小さく聞こえた声に、リィナはぴくりと肩を揺らす。
「そう言う事、うかつに言わないで」
「もう言わない。そっちこそ、あれもう使わないの?」
「それは……また必要になったら……!」
「楽しめるのを期待してる」
やっぱりこいついじわるだ。
軽口を交わしながらも、教室の喧騒とは裏腹に、二人の周囲だけ妙な緊張感が漂っていた。
(でも……悪くないかも)
リィナは、内心でそう思ってしまった自分に、ほんの少しだけ赤面した。
科学と魔法が交わる、世界で不思議な学園生活が、こうして幕を開けた――。