第1話 科学の少女と侵入者
そこは世間より少し未来を歩む場所。
とある大企業が造り上げた最新鋭のコンピューターがすべてを管理する、未来の学園都市。
朝の光がガラス張りの高層ビル群を銀色に染め、空には情報ドローンが流れ、制服姿の学生たちがAIガイドに案内されながら校舎へと向かっている。
そんな中、一人だけ違う流れに身を置く少女がいた。
――鏡ヶ原イオリ。
16歳。IQは180超。都市中のセキュリティを遊びで抜ける、天才ハッカー。
だけど、本人にとってそれはただの“暇つぶし”だった。
「ここは最新鋭だって聞いてきたんだけどね。近未来ではあっても未来ではないってことか。今日も、つまんない日になりそう……」
彼女は常に退屈していた。何もかもが計算できて、論理で説明できるこの世界。
そこに“未知”なんてものは、もう残っていない――そう思っていた。
だが。
何もかもが管理されたこの町に予期せぬ何者かがやってこようとしてきた。
その日、ありえない何かが空から落ちてきた。
それもそのはず、ありえる何かだったらコンピューターが捉えられないはずがないからだ。
それはコンピューターの監視を全く意に介せず、発動した。
空間がひずみ、赤い光が迸ったかと思えば、
不思議な装束を纏った少女が、空中からふわりと着地したのだ。
その手には、杖。
その髪は、風もないのに揺れていた。
そして景色を見やって、彼女は言った。
「……ここが、裏界の人間たちのつくった技術都市……ふぅん、文明の発達した世界とはこういうものなのね」
二つに結んだ長い髪が風に揺れる。
その少女――リィナは、まるで何事もなかったかのように都市の外れの高台に立ち、周囲を見渡していた。
彼女の足元には、魔法陣のような光の残滓が瞬いている。それもすぐに消える。
それは――
この世界に存在しない、異界の空間魔法によるゲートの痕跡だった。
「転移の座標固定も成功。いつでもここに仲間を呼べるわ。センサーにも引っかからなかったし……始まりは上々と言ったところよね」
その笑みに、誇り高き魔法使いとしての自信がにじんでいた。だが、さすがにそこまで甘い技術ではなかったようだ。
《ピピッ。検知不能のエネルギー反応を確認。プロトコル・スキャン開始――》
上空に浮かぶドローンがリィナの姿を捉えていた。
魔法は予期できなくても、リィナ自身の姿を感知されればそうもいかない。コンピューターが魔法の正体に結論を出そうと長い計算を始める。
だが、リィナが指をひと振りすると、周囲の空気がきらめき、彼女の姿はドローンの目から消え去った。
「ふふ、そんなオモチャじゃ私の魔力は測れないわよ」
空間魔法【ミストヴェール】――姿も魔力も覆い隠し、観測そのものを許さない結界。
都市中枢のAIすら、彼女の存在を“記録できない”。
「でも……この世界の空気、思ってたよりずっと“硬い”わね。魔力が通りにくいわ。この世界で魔法が発展しなかったのってこれが理由なのかしら」
リィナは眉をひそめながら、手に持った杖をトントンと地面に打ちつけた。
「まあ、それもおいおい分かるわね。私ぐらいの年の子は学校っていうところに行けばなんでも教えてくれるらしいから」
リィナは都市中央の大通りへと真っすぐに進んでいく。初めて来た世界でも彼女の足取りには迷いはない。調査の段階はもう過ぎている。
「次に求めるのは結果。早く“鍵”を見つけないと。この世界を正しく繋ぐための――」
魔法の羽が軽やかに舞う。高台から下へと向かって。
それは、科学が支配する世界に舞い降りた、異世界からの風だった。