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002 ゲスニック副団長

まあゲスい(笑)

「それでは失礼します」


 面接の予定時間が来て、受験生たちがそれぞれ深々と礼をして退室していく。リギアもそれに倣い、面接官の一同にぺこりと礼をしてから退室してドアを閉めた。


 その様子をドアが閉まりきるまで見守ってから、誰ともなしにふう、と息を吐いた六人の面接官たち。

 それからざっと選考の会議に入る。書類と先ほどの質疑応答で生徒たちから聞き出したことを記したメモとを組み合わせて、誰がどこの部隊に向いているかを検討する。

 十ある部隊それぞれに担当地域があるので、彼はどこそこの部隊がいいんじゃないか、彼はこの地域に詳しそうだとかを色々と彼らの適正を考えながら話し合った。

 入団試験では寄宿学校での成績と素行や生活態度などの平常点を見る書類選考と、筆記試験、実技試験でかなりの数が落とされている。

 今回の面接に赴いた生徒らは、その中を最終面接まで勝ち残ってきた生徒たちであるから、よっぽど面接での態度が悪くなければ皆採用でいいと思っていた。

 一人ひとりの生徒の名を読み上げて、彼はどうですか、彼女は問題なかったですかと軍部補佐官リード卿が代表して聞き、多数決で決める。今のところ落とされる生徒はいない。みんな優秀で素晴らしい。


「では次、リギア・アイゼン。彼女はどうでしょう」

「いやあ問題ありませんね」

「まあ、辺境伯の推薦があるなら文句なしの採用でしょう」

「コネとはいえ辺境伯は実力主義で厳格な御仁と聞きますし、そう簡単に推薦状は書かないと思いますよ」

「彼の息子が我が部隊に所属しておりますが、実の息子にも厳しいそうなので、他人には尚更でしょうね」

「実力ですよ。彼女、筆記試験も実技もかなりのものだったそうじゃないですか」

「女性騎士が多い第七部隊なんかピッタリかもしれませんね」

「いいんじゃないですか。可愛いし」

「カルステン卿。悪い癖ですよ」

「はは、すみません。でもうちの部隊に来てくれたら花があっていいだろうなあって。むさ苦しいのはもういっぱいいっぱいだから」

「全く……」


 と、選考が進む中で珍しくこの場で黙りこくっているカレブ・アルシャイン副団長に皆が注目する。いつもなら早く帰りたいために適当に「いいじゃん、採用~」などと言って「真面目に選んでください」と皆に微笑ましそうに窘められているくらいなのに。

 彼の見ている書類は、リギア・アイゼンの履歴書の写しだ。食い入るように隅々まで見る彼の姿に、みんな幾分か怪訝そうに彼を見た。

 そして誰も先ほどの面接の時間は気を使って言葉にしなかった件が、カレブの難しそうな顔をみて皆の頭に浮かぶ。

 そう、リギア・アイゼンが、カレブ・アルシャインによく似ている件について。


「いやあ……なんとも驚きました。他人の空似ってやつでしょうか」

「世の中には三人同じ顔があると言いますし、いやあ、偶然って面白いですな」

「アルシャイン副団長、何かご意見はありますか?」

「……カレブ? 大丈夫か?」


 騎士団長ランドルフがカレブのいつもと違う様子に訝しみ覗き込む。

 三人の部隊長と軍部補佐官のリード卿も顔を見合わせてどうしたのかと首を傾げた。

 皆の注目を浴びたことに気づいてややバツが悪そうな表情をしたカレブは、小さく苦笑しながら聞いた。


「あー……この子、不採用ってわけにはいかないかな?」

「え? どういうことです? 何か今の面接で副団長のお気に触ったりでもしましたかね?」

「いや、そういうわけではないんだけど……」

「これほど優秀な人材を落とすとなると、正当な理由が必要になるぞカレブ。何より、下手をすると推薦状を書かれた北辺境伯バルファーク公が不当評価だと訴えてくるかもしれん」

「……だよなあ」


 ランドルフがこめかみに手を充てて溜息を吐きながらそう言い、ぽりぽりと頬を掻きながら言葉を探すカレブに「言いたい事があるなら言え」と促した。

 普段から言いたいことははっきり言うカレブが言い淀むなど普通ではない。一体どうしたというのか。


 そんなカレブの様子に、第二部隊長のカルステン卿がうかがうように聞いた。この場の誰もが言い出せなかった言葉。


「副団長、もしかして……本当に血縁、だったりします?」

「……っ」


 半分冗談のつもりだったカルステン卿の質問にだらだらと冷や汗まみれになるカレブに、質問した当の本人であるカルステン卿まで冷や汗まみれになってしまった。


「えっ……えっ? ほ、本当に? いや、確かに似てるなあとは思いましたけども。……えっ、じゃあ、妹? いとことか姪っ子?」

「……」


 目を逸らしてなんと返事をしたものかと思案するカレブに、カルステン卿は、ドンファンなカレブに対して思い当たった言葉をおずおずと聞いた。


「まさか……娘、とか……?」

「…………………………多分?」

「ええええええ」


 驚きを隠せないカルステン卿。しかしカレブの普段からのフェミニストかつドンファンな素行を知っている一同は、いつかこんな状況になると思っていた、と心の中で呟くのであった。

 騎士団長ランドルフはその普段はいかつい表情を鳩が豆鉄砲を食ったような驚いた表情でカレブを見ていた。

 

「カレブ、お前親類はいないと言っていたはずでは……」

「いなかったんだよ、さっきまでは」

「……なぜ、娘だと?」

「彼女の家名と、母親の名前で。ほいで、さらに決定的なことに俺十七年前にバルファーク行ったわ」

「つまり身に覚えがあると」

「………………うん、まあ」

「うん、まあじゃないだろう……それで上の空だったのか。私情を仕事に持ち込むなといつも言っているのにお前は……」

「ごめんって」


 呆れた声でカレブを窘めるランドルフ。それに対して手を振って軽く謝るカレブに溜め息を吐いたランドルフに、ほかの四人がなだめるように声をかけた。


「ま、まあまあ騎士団長。いや、流石にびっくりしますよこの状況は。私だってこんな場所に娘を名乗る子が現れたら挙動不審になりそうですし」

「カルステン卿。彼女は別に娘を名乗ったわけでは……」

「というか、だからですか。不採用にしないか? なんて珍しく副団長が渋っていらしたのは。私も娘を持つ父親ですから、流石に娘が騎士になると言ったら反対するかもしれません」


 第一部隊長ドルフィン卿があごひげを撫でながらそう言った。

 騎士は国と民を守るために戦わねばならず、いつ戦場に駆り出されるかもわからない。生傷の絶えない生活をする我が子、しかもそれが女の子だったら。そう考えると騎士という職業に就かせたくない親心というものがある。


「っていうか、本当にそれだけですかあ? たしか副団長、結婚考えてる女性いましたよね? 今日もその女性とデートだと豪語していたじゃないですか~」

「ラ、ラーファル卿」

「うーん、実はあんな大きい隠し子がいたとなると、そのお相手の女性はどう思うでしょうかねえ」


 カレブの本当の気持ちは実はそこにあった。

 実は今付き合っている女性とは近々結婚の申し込みをしようと思っていたのだ。今日だってその彼女とデートの予定で、一緒に指輪でも買いにいけたらなあなどと思っていた。

 そんなところに寝耳に水の娘登場に、カレブの心はかなり乱れていた。

 実は今付き合っているその女性は悋気が激しいところがあって、そんな彼女にリギア・アイゼンのことを知られたらと思うと頭が痛い。

 他人の空似で済ませられないくらいの容姿の酷似性に、個人的な気持ちでリギア・アイゼンの採用に及び腰であった。


「ちょっと副団長! それ本当の話ですか? それが本音なら心底軽蔑しますよ!」

「ドルフィン卿落ち着いて」

「いーえ! これが落ち着いていられますか! というか、そもそもなんでこんな人を面接官にしてるんですかうちは! 大丈夫かうちの騎士団!」

「まあまあ! これでもアルシャイン副団長はソードマスターですし」

「これでもって」

「これまで彼の目利きで良い人材に出会ったこともあるじゃないですか」

「そうですけどもなんかー! ゲスい! ゲス過ぎ! ゲスニック副団長!」

「………」

  

 カレブが押し黙ったのでそれで納得がいったランドルフがどん、と机を叩く。


「カレブ。そんな個人的な理由で不採用などと言語道断だ。試験成績は優秀で推薦状もある。どこにも落ち度はないリギア・アイゼンは不採用にはできない。彼女が辞退するならともかく」

「辞退……ああ、そっか」

「ふ、副団長?」

「な、何をお考えで?」

「またろくでもないことをお考えじゃないでしょうね!」

「いや、ちょっと彼女と話してみる。それで採用か不採用かの意見出すわ。どちらにしても、まだ選考期間内だもんね? それに、俺の意見だけで通るものじゃないし、その時は俺も諦めるよ」

「ふ、副団長?」

 

 ふんふんと急に顔が明るくなって納得した表情のカレブに、一同はカレブ・アルシャインに余計なことを言ったランドルフをジト目で見るしかなかった。

 その視線に耐えかねて焦った騎士団長ランドルフは、慌てて、それでも諭すようにカレブに言い聞かせた。


「カレブ……お前、余計なことはするなよ?」

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