001 私とそっくりな面接官さん、貴方一体誰ですか?
世の中には、自分とそっくりな人間が三人はいるという。
そんなことを目の前の面接官を見ながら、王都寄宿学校騎士科三年生、リギア・アイゼンは思った。
ゼルニケ王国王都ルークハウゼンから馬車と蒸気機関車を乗り継いで三日をかけてたどり着く、北辺境バルファークの片田舎出身のリギアは、そういえばこの王都寄宿学校に入学したときから三年間、有名な誰それに似ているとクラスメイトたちに言われていたことがあったのを思い出す。
ゼルニケ王国では珍しい銀髪と赤紫の瞳。母はピンクブロンドに空色の瞳、母の親族も皆そんな感じなので、おそらく父方の血筋を引いたのではと思われるリギアの容姿。
小さい頃は白髪頭だとかロリババアとか悪口を言ってきた近所の悪ガキと取っ組み合いの喧嘩をしたあと、何故か友達になったことがあったりもした。
元来他人のことをほとんど気にしない性格のせいで、有名なその誰かに似てると言われても、へー、ふーん、ほーん、そうなんだー、と右から左に聞き流してきたため、深く考えることさえしなかった。手ごたえのない反応のリギアにクラスメイトたちもその話題にすぐに飽きてしまってそれ以降は何も言わなくなった。
そういえば、この学校に入学の際に、先にこの学校を卒業してゼルニケ王国騎士団の第三部隊に新米騎士として入団していた幼馴染で婚約者のラドゥが、久しぶりにバルファークに帰ってきたときにリギアを見て妙な顔をして首を傾げていた。
『……似てる……のかな? いや、でもなあ……』
『私が? 誰に?』
『う~ん……いや、僕の気のせいかもしれない。ごめん、変な事言って』
そのあと彼はリギアの母ミルファと何やらぼそぼそ話していて、その日の夜に部屋に尋ねてきた母も妙な事を言っていた。
『リギア、今更だけど騎士科志望するの……やめない?』
『数日後は入学だけど、マジでそれ今更すぎ。どうしたのママ』
『あ、あはは~そうよね、無理よねえ……。ごめんね、ネタだから』
『スベッてるじゃん』
『ダヨネー』
三年間の騎士科における怒涛の授業や訓練などに集中したのと、もともと楽観的な性格のせいか、母とラドゥの妙な言動もクラスメイトたちの話題もあまり気にしなかったのだが、今思えばあの時もう少し気にすべきだったかもしれない。
寄宿学校の卒業を半年後に控え、成績上位者十数名に優先的に与えられる早期のゼルニケ王国騎士団の入団試験。
その権利を得たリギアは、書類選考、筆記試験、実技試験で最終選考まで来ていたところだ。
残すところ集団面接のみとなった今、受験仲間たちと面接会場に入ったときに、目の前にずらりと並んだ面接官の中に、妙に既視感のある人物を見たのだ。
その場にいた全員がその人物とリギアを見て一瞬息を飲んだのがわかった。一瞬無音になったが、面接官の一人が気を取り直して受験生たちに着席を促したので、皆と揃って一礼をしてから着席する。
ゼルニケ王国の精鋭の騎士団の面接なのでそれなりに物々しい雰囲気だった。
騎士団長ランドルフ・グランリッター。
副騎士団長カレブ・アルシャイン。
第一部隊長フリッツ・ドルフィン。
第二部隊長ロレア・カルステン。
第三部隊長フォレスト・ラーファル。
軍部補佐官アーレント・リード。
まず面接官である王国騎士団の総団長、副団長、第一から第三部隊の部隊長、軍部補佐官がそれぞれ自己紹介をする。部隊は第十部隊まであるそうだが、その中から第一、第二、第三の部隊長が面接官として来てくれたらしい。
リギアが表情には出さねど今にも心臓が爆発しそうになるほど驚いたのは、彼らのうち、副騎士団長カレブ・アルシャイン卿だ。
銀色の長めの髪。赤紫の瞳、三十代半ばらしいが二十代くらいにしか見えない非常に整った顔つきの男性。無骨で大柄な騎士団長よりも弁がたちそうな雰囲気があるし、身体付きも騎士団長ほどじゃないがしっかり筋肉の付いた男性的な美しい体格をしていた。
髪の色と瞳の色、そして目鼻だち。アルシャイン卿の特徴的なその容姿は、体格や年齢、そして性別は違えど、今のリギアにそっくりだったのだ。
それはそれは、非常に近しい親族であるかのように。
なるほど、確かに王都で活躍している王国騎士団の副騎士団長という有名人がこのような容姿であるなら、リギアが寄宿学校入学当時から言われていた誰それに似ているという話題も出るはずである。
ラドゥと母ミルファがおかしな顔をしていた理由も何となくこれかと思った。
非常に珍しい銀色の髪と赤紫の瞳と言われて育ったリギアだが、それが自分以外、それも目の前に現れたら、驚きを通り越してなんだか冷静になってしまった。
母はピンクブロンドに空色の瞳のため、母からの遺伝ではない。なので自分は父親似なのだろう。そういえば子供の頃に父はどんな人だったのかを母に聞いたことがあったけど、何だかんだ誤魔化された。
生まれてこの方、一度も会ったことのない父親は一体どんな人だろう。一体どうして自分のそばにいてくれなかったのか。母と自分を捨てて出奔したのか、それとも死んだのか……。
父親がいなくても母は二人分の愛情を注いで育ててくれたので、寂しいとは思わなかった。うちはうち、よそはよそ。気にしたってしょうがない。
そう思った日もあったわけだが。
――この人。パパだ。
こちらを見てリギアと同じ色の瞳を見開いてこちらを凝視している面接官、王国騎士団副騎士団長カレブ・アルシャイン卿を見ながら、リギアは本能的にそう思った。
一方、リギアと同様に複雑な心境でその場に居た者がいる。
リギアの座るはす向かいの席にいたカレブ・アルシャイン副騎士団長その人である。
「カレブ、しっかり頼むぞ。そのシャツ襟元までしっかり留めろ。こんな席でみっともない」
「あー、わかってるよランディ。今日もスムーズに終わりそうだし、定時で上がっていいよな? この後デートなんだ」
「……またか。終わるか終わらないかはお前がトラブルを起こさないかにもかかっているんだ。しっかりしてくれ」
「はいはい騎士団長サマ」
「ったく……」
三十代半ばにしては若々しく色気のある美貌を持ったカレブは王都の女性に大変人気があり、今日もこの面接のあとに一人の女性と食事デートを予定していて、早く終わらないかな、などとぼんやりと思っていた。
毎年この時期になるとこのゼルニケ王国寄宿学校に騎士団長と各部隊長、そして軍部補佐官とともに行くのが恒例となっていた。
早期入団試験の集団面接で、将来有望な卒業生を選出するためだ。
家柄、学校における日頃の素行、成績の書類選考、そして筆記、実技、最終面接を経て、騎士団の未来を担う若い騎士を見つける。
面倒だとは思っていたが、毎年のことだからもう慣れたし、今回も難しい試験をパスしてここまで駆け上がってきた生徒の中から生きのいい者を選ぶなかなか楽しい行事だとカレブは思っていた。その生徒が入って来るまでは。
一瞬水を打ったように静かになったが、軍部補佐官が気を取り直して司会をしてくれて、ようやく自分たちもとりあえず我に返った。
黒髪や金髪、赤毛などは珍しくもないが、銀髪はかなり珍しい部類に入る。カレブ自身も銀髪で、今まで自分以外でこんな髪の色を生れつき持っている人間にはあまりお目にかかったためしがなかった。
元々親族はいない天涯孤独の身の上、両親のどちらの遺伝なのかもカレブ自身わかっていない。どこか遠い外国の血筋のようだが、物心つく頃にはそれを教えてくれる人間もおらず、わからず仕舞だったのだ。
それが、こんな場所で目の前に自分と同じ色合いの人物が現れるとは。
「リギア・アイゼンと申します。バルファークから参りました」
――アイゼン? どこかで聞いた名だ。貴族でなければ家名がある上級の平民以上だろう。バルファークといえば北の辺境伯領だよな。そういえばバルファーク辺境伯の息子が二年前に第三部隊に所属されていたはず。知り合いなのかもしれない。あとで第三部隊長のラーファル卿にそれとなく聞いてみようか。
受験生たちの書類をパラパラとめくって一人ひとり確認する。件のリギア・アイゼンの学歴とこれまでの筆記・実技試験での成績はかなり優秀なほうだ。別途添付された書類には推薦状があり、そこには北辺境伯ウィルケン・バルファーク公の直筆サインと押印があったのは感心した。
「アイゼンさんはバルファーク辺境伯の推薦もあるのだね。気難しいと評判のあの御仁に認められたとはすごい。あの人の信頼を得るのはかなり難しいからな」
騎士団長である親友のランドルフがリギア・アイゼンの書類と彼女を交互に見ながらそう言った。彼女の容姿に関しては横に置いておいて、とりあえずはしっかり面接を進めようということらしい。
彼のこうした毅然とした態度は皆に良い意味で肩の力を抜けさせ、新たな気持ちで目の前のことに集中させることができていた。
「はい。良くして頂いてます」
「うちの隊にバルファーク辺境伯の一人息子がいるんだけれど、もしかして知り合い?」
「ラドゥ・バルファーク卿のことでしたらそうです。幼馴染です」
「へえ~、世間は狭いねえ」
第三部隊長のラーファル卿は気さくな人物なため、緊張がほぐれるような他愛もない質問で場を和ませている。
リギア・アイゼンの受け答えも特に取り乱した様子もなく適度な緊張感はありつつも落ち着いているようだ。
そんな彼女から目が離せなかったカレブであったが、色々質問をしていく面接官たちの言葉とそれに対する彼女の受け答えを聞きながら、目の前の書類に目を落とす。
家柄は名のある平民のようだが、薬師の家系であり、バルファーク辺境伯に気に入られて重宝されていた一族のようだ。騎士を目指して寄宿学校に入学したのは、代々有名な騎士を輩出してきた騎士家系のバルファーク辺境伯の影響だろう。薬師家系から一人くらい騎士が出たとしても何の問題もない。
しかし、そのアイゼンという名前。一体どこで聞いたのだったか。北辺境バルファークの薬師にカレブは世話になったことはない。
ゼルニケ王国はかなり広大であるため、各地にそれぞれの土着の薬師たちがいるので、紳士録にもあまり乗らない彼らを全て把握できているわけでもなし。
だとすれば、バルファーク領で聞いたのだろうか。十数年前はまだ青二才の傭兵だったカレブ、金を稼ぐために傭兵としてゼルニケ王国の各地に派遣されていたし、その時にバルファークにも寄った覚えがあった。その時に世話になった薬師でもいただろうか。
そんなことを悶々と考えていたカレブの耳に、受験生たちと質疑応答をしていたほかの面接官たちの声でカレブはふと我に返る。
「そういえば、アイゼンさん。バルファーク出身ということですが、歌姫ミラという女性と親戚だったりしますか? 十数年前に王都の美人碌に乗った方で、バルファークの真珠と呼ばれていた人なのですけれど。いやあ私ファンだったんですよ。何だか似てるなあと」
「ちょっと、カルステン卿。それ、一歩間違えばセクハラですよ」
「あ、申し訳ない。いや、気分を害したかな、アイゼン殿」
「いえ、大丈夫です。ミラ……ですか。すみません、ちょっとわからないです」
「ああそうか。何せかなり昔の話だし、まあ気にしないで。……面接を続けましょう、ドルフィン卿は何かありますか」
「そうですね、ではその右隣のスヴェン殿に質問をしていいですか」
「お願いします」
フェミニストでカレブにも負けない女性好きな第二部隊長のカルステン卿が言う歌姫ミラという名にぴくりとして書類から顔を上げたカレブ。その瞬間に、しばらく忘れ去っていた十七年前のことが脳内を駆け巡った。
十七年前、まだ十八歳だったカレブは、傭兵団の一人として所属し、ゼルニケ王国の各地を回って北辺境バルファーク領に魔物退治で派遣されていた。
その時に訪れた酒場でカレブは一人の女性と出会い、身を焦がすほどの情熱的な恋をした。
それが歌姫ミラ。ピンクブロンドに空色の瞳の絶世の美女。
王都ルークハウゼンに名が届き、紳士の愛読書、王都の大衆雑誌であるゼルニケ美人碌に載ったほどの美しい女だった。
カレブも若い頃からその美貌で女には事欠かなかったし、今もなお王都でドンファンと揶揄されるほどだが、身を焦がすほど情熱的に愛した相手は、後にも先にもミラしかいなかった。
バルファークの歌姫ミラ。カレブが所属する傭兵団が任務完了とともにバルファークを去ったあと、彼女の詳細は全く聞かなくなってしまった。実家に帰って結婚しただとか、どこか別の土地に男を追いかけて去っていったとか色々憶測が出たがどれも定かではない。
カレブ自身もそのころから功績を立てて騎士として名を上げ、子爵位を賜って王国騎士団副騎士団長の座にまでたどり着くまでがむしゃらに邁進していたため、ミラのことはひと時の甘い思い出として心の奥にしまい込んでいた。
それが今になってその名前を聞くとは。あんなに情熱を燃やした女だとというのに、名前を聞くまで思い出しもしなかったのは流石に軽薄すぎる自分に呆れる。
そこで改めて目の前の書類をぱらぱらとめくり、受験生たちの中からリギアの書類を読み直す。
満十五歳。バルファーク出身。
母の名はミルファ。父の名前は無し。
歌姫ミラは芸名で、彼女の本名は……確かミルファだったはずだ。薬師家系で家業を継ぐのが嫌で歌を歌っていると、枕を交わしたあとのまったりとしたひと時に語っていたのを思い出す。
リギアの家名はアイゼン。母の名はミルファ。父親はいないが辺境伯ウィルケン・バルファーク公の推薦状があるので、片親だとしても世間的にも後ろ指をさされることはなにもない。
しかしリギアの髪は銀髪、瞳は赤紫。非常に珍しいはずの、カレブと同じ遠い異国を彷彿とさせる髪の色と瞳の色。
そこまで考えて、カレブはわなわなと震える唇を手で押さえながら思った。
――この子、俺の娘だ。