016 なんだかんだ、お父さんとお母さんだった
「……えっと……ママ、あの……」
言いたいことがあるのになかなか言えない娘に、ミルファは詰め寄りたいのを我慢した。だがこのままでは通信料がかかってしまう。
昔から物事を簡潔に話したいのに焦るとなかなかできない子であった。深刻な話だと特にそうだった。人への苦言やら言いづらいプライベートなことを言わねばならないときによくそうなっていた。
そういえば、こういう長距離の魔導通信をするときはきちんと用意をしてくるリギアであるのを思い出す。
『……リギア? 話す内容をメモしてあるんでしょ。それをそのまま読んでみて。こっちに気を使わなくていいから、事務的に』
「え、でも」
『だって、今の言葉じゃパパが宇宙人に攫われて死んじゃったみたいな内容になってるし、そうじゃないんでしょ。怖いこと言わないように』
「うん、死んだのは……パパじゃなくてママ」
『ちょ、何で私が死んでるのよ! とにかく、そのメモの内容ちょっと教えて』
「わかった」
リギアは事前に用意した紙を棒読みで読んだ。一発で伝えられない自分が情けなくて魂が抜けた状態だがカミカミでもなんとか喋れた。
全部喋り終わると、通信の向こう側でミルファの溜め息が聞こえる。さらにその向こうから「ぶわはははははははっ!」とすごい笑い声が聞こえてきた。ウィルケンがそばにいるらしい。
「……パパの話してウィルパパ怒ってない? 大丈夫?」
『爆笑してるわよ……。何なのそれ、貴方王都の副騎士団長捕まえて何振り回してるのよ。ネタなの? どん滑りじゃないの』
「ネタじゃなくて、振り回すつもりも……」
『はあ……よくわかったわリギア。これ、ちょっと私も悪いから、近いうちに王都へ行くわ。……そうね、リギアの卒業準備とか入団の準備とかもあるでしょうし、そういうのも立ち会わないといけないから、そのついでにカレブ……アルシャイン卿にアポイントを取ってみる』
「でも、ママ」
『……大丈夫よ、ママだってもういい年なのよ。十代のころみたいにいい男に見境なく心揺れ動いたりしないわ。……それにしても、私じゃなくてリギアに親子の籍入れたいなんて言うとはね』
「だってママ死んでたから……」
『生きてます!』
さすがに籍入れ云々には母親としてミルファが出ないとならないと、彼女も思ったのだろう。それに、リギアがこんなに気を使いすぎてしどろもどろになる原因を作っているのは間違いなく自分とカレブであるとミルファは若い頃の自分の振る舞いを後悔した。
とりあえず、このまま話していると魔導通信の通話料がえらいことになりそうなので、ミルファとは数日後に直接会って話すことになった。
『リギア、くれぐれも冷静にね。大事な事を喋るときは頭の中でまず十数えなさい。あと、会話するときに相手の気持ちを考えながら喋るのは大事だけど、ちゃんと言いたいことは最後までしっかり喋るようにしなさいね。貴方は大事なところを省き過ぎて変に誤解招くから。……はあ、こんなトラブルメーカー娘、ラドゥさんも大変ね……カレブも』
ミルファはリギアにそう言って通信を切った。
部屋に戻って寄宿学校の制服から普段着に着替えたあと、夕食の時間までだらだらする。ベッドに寝転んでこの前買った「悪役令嬢暴れ旅」の続きを読んだりして過ごす。
日々の課題はあとまわし。後ほど夕食後にしっかりやっておこうと思う。
切りのいいところまで本を読んだあと、しおりを挟んで閉じ、ベッドに寝転んだ。
ミルファの 「ちゃんと言いたいことは最後までしっかり喋る」という言葉が心にぐさぐさ刺さる。
とりあえず今週末ラドゥと会うので、ミルファにこれまでのことを話すことになんとか成功したことを言わなければと思った。
――おにいには全部言えるんだけどなあ。おにいは大体わかってくれるけど、ほかの人は普通にそうじゃないもんね。パパの言う「言わなきゃ伝わらない」ってのが今回はよくわかった。
カレブの「言わなきゃ伝わらない」と、ミルファの「最後までしっかり喋る」という言葉を胸に刻みつけることにした。至極当たり前のことだができない人間にしてみれば難しい。そしてアドバイスしてもらえるうちが華である。先人の言葉は偉大なのだ。何だか話が大きくなってきたがリギアには重要なこと。
そう考えると、カレブもミルファもちゃんとしたお父さんとお母さんっぽく思えてきた。今までがちゃんとしてなかったというわけではないけれど。
カレブはチャラ男だけど王国騎士団の副騎士団長という高い地位にいる叩き上げ。なあなあで仕事してきてもらえる地位じゃない。
ミルファも若い頃は家業よりも歌手やりたくてチャラチャラしてたらしいけど、今はしっかりアイゼン一族の薬師の一人として頑張っているし。
そこに、ノックの音が響いて、寮母が訪ねてきたので対応する。
「アイゼンさん。手紙が届いてましたよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「差出人が、例のアルシャイン卿なんだけど……どうする? こちらで処分しましょうか?」
「いやいやいや! 貰います貰います」
「本当に大丈夫?」
「ばっちり大丈夫です」
以前の、学生寮前で騒いで出禁になったことを未だに寮母に警戒され続けるカレブが何だか可笑しい。
そういえばそろそろ謹慎明けだろうか。貰った手紙を手にベッドに座り、蝋封をぺりっと剥して中身を取り出す。ふわっと男性ものの香水の香りがするのがチャラいが、カレブらしいといえばらしいか。
「これ直筆かな。パパって字綺麗。なになに……」
月並みな季節の挨拶から始まり、先日の謹慎中にリギアから贈られた手紙に大変感動したことへの感謝、そしてそのお礼に自宅に食事に招待したい旨と日時が書いてあった。
そしてその招待の際、部下のラドゥを招き、彼の連れとして参加する体で来てもらえると、また周囲にいらない誤解を与えることはないのでよろしく頼むとのこと。
そして……先日ラドゥと話し、ミルファが死んだというのはこちらの誤解だったと記されていた。そして言葉を濁したのは、ミルファと北辺境伯のことでカレブを気遣ってのことだと知り、心配させてすまないとも。
その文面を見てリギアは白目で魂が抜けそうになる。さっきミルファと話したばかりのあの話題。
――違うの、違うんだよパパ。私が悪いの。私が変に気使いすぎて変なとこで言葉濁して、あげくに取り繕おうとしてうまい言い回しができなくて空回りしたことが原因なの。ごめんて。ママにも呆れられたしウィルパパにも大爆笑されたんだって。めっちゃ恥ずかしいし申し訳ない。
カレブにはラドゥがしっかりフォローしてくれたらしい。ラドゥがカレブと同じ騎士団に居てくれて本当に良かった。持つべきものはこちらの言葉を理解してフォローという名の尻ぬぐいをしてくれるありがたい婚約者だ。
――黙ってた方がいいんじゃない? って言ってたけど、おにい結局話したんだ。ずっと黙ってるの結構苦しいから言ってくれて助かったかも。
食事会のときにリギアからもきっちり謝らねば。そもそも自分が原因なのだし、今度こそしっかり話して謝ろう。
そして、近々ミルファが王都に来ると言っているので、この際だからカレブにアポを取りたいと言っていたと伝えてあげようと思った。
「それにしても、パパんちに招待してくれるのか……。初めて行くパパんち、ちょっと緊張するけど、おにいも一緒ならいいか。早速返事を書こう」
リギアはベッドから降りると机に向かい、引き出しからレターセットを取り出して返事を書いた。
食事会の際には、今度ミルファが来都することも記した。一体どういう顔をするだろうか。
――そういえば、アルシャイン家って子爵家だっけ。そうするとちゃんと正装しないとだめだよね。手持ちのドレスでいけるかな。
手紙の返事をしたためて封をしてから、リギアはクローゼットの中を確認するために立ち上がった。
次の日、カレブから靴とアクセサリー、ラドゥからドレスが届くことになるのだが、この時のリギアはそんなこと思いもしなかった。