姫ですが、私をさらいに来た魔王が勇者っぽくて、私を助けに来た勇者が魔王っぽいので、脳がバグりそう
私はエリーヌ。とある王国の姫で、花も恥じらう16歳。なーんてね。
ロングの赤髪がチャームポイントで、私の髪を引き立ててくれる白いドレスを好んで着るわ。
だけど今は、オシャレして街へ遊びに行くなんて気分にはなれない。
なぜなら、王国が大変な危機にあるから。
この国を狙っている魔王が、「近々自分の実力を見せつけてやろう」と予告してきているの。
それがどんな形かは分からないけど、お父様は兵士たちに命じて厳戒態勢を敷いている。
さらにお父様は「“勇者”にも連絡を取ることができた。彼ならきっと魔王を倒すことができる」と準備を進めていた。
上手く魔王を撃退できればいいのだけど……。
ある日、私が城の中庭を散歩していると、どこからともかく一人の青年が現れた。
耳にかかるほどのさらっとした金髪で、目は透き通るような碧眼、絵に描いたような美男子だった。
身長は私より頭一つ分くらい高く、青い鎧と純白のマントを身につけ、腰に剣を差したその美しくも勇ましい姿に、私は彼の正体を直感する。
きっと彼こそが――
「あなたが勇者様なのですね?」
「いや、僕は魔王。魔王アッシュだ」
「え、魔王!?」
この美青年の正体はなんと魔王だった。
いやいやいや、この見た目はどう見ても勇者でしょ。
“アッシュ”って名前もかっこよくてなんとなく勇者っぽいし。
「本当に?」
「本当だとも」
「種族は人間……よね?」
「れっきとした魔族だ」
「じゃあ、ひょっとして変身とかなさる?」
「いや、そういうのはしないタイプでね」
今の姿が真の姿らしい。人間にしか見えないのに……。
改めて見ると、魔王は白い歯が光るような、にこやかな笑みを浮かべている。
魔王はそういう笑みは浮かべないっての。もっと魔王っぽい邪悪スマイルしてよ。
かなり困惑してるけど、彼が魔王という現実は受け入れなきゃならない。少しでも情報を引き出すため、私は質問を試みる。
「目的は?」
「君をさらいに来たんだ。僕の城に幽閉させてもらう」
なるほど、口調は爽やかだけど、目的は完全に魔王だわ。
なのにこっちに差し出してる手が「君をエスコートしてあげよう」っていう風にしか見えない。人をさらうのなら、もうちょっと怪しい雰囲気を出して欲しい。
「大勢の兵士がいるのに、よくここまで入ってこれたわね」
「彼らが何人いても僕の相手にはならないよ。全員眠ってもらっている。ただし、目が覚めたら魔族になっているという呪いをかけたけどね」
やることはなかなかエゲつない。
これはまさしく魔王の所業だわ。
「さあ姫、僕についてきてもらおう。王国のアイドルたる君を手中に収め、人類を絶望に陥れ、蹂躙する。これこそが僕の使命なのだからね」
まばゆい笑顔で物騒なことを言ってくれちゃって。
今更ながら私の中に恐怖感や絶望感が募ってきた。
このままじゃ私はさらわれ、兵士たちはみんな魔族になってしまう。そうなれば王国は終わりだわ。
「助けて……誰か助けてっ!」
私は思わず叫んだ。
魔王はそんな私を爽やかな笑顔で見つめる。
「無駄だよ。僕に敵う者などいるわけが――」
その時だった。
「グハハハハハハ……!」
地の底から響くような、あるいは天から轟くような、そんな笑い声が聞こえてきた。
声がした方を振り向くと、そこには――
「うぇ!?」
これは私の声である。
そこには、世にも恐ろしい存在が立っていた。
身長は軽く私の倍以上、艶のない漆黒の髪が腰まで伸び、頭には角が二本生えている。
目は赤く、鼻は鋭く、口には牙があり、皮膚は紫色。全身が筋骨隆々としており、黒いマントを身につけている。
いやいやいや、これはどう見ても――
「まさか魔王がもう一人いるなんて……!」
「何を言っておる。ワシは勇者、勇者ドルガロスだ!」
「勇者!?」
どう見ても化け物の親玉なのに、まさかの勇者だった。
“ドルガロス”という名前もいかにも魔族の首領っぽい。ご両親はどんな願いを込めて、この名前をつけたのだろう。
とりあえず、こちらにも質問してみる。
「失礼ですが、種族は?」
「種族? 人間に決まっておるだろう!」
お前のような人間がいるか、と危うく口に出しそうになった。
一方の魔王は――
「なるほど、ただの人間にしてはできるようだね」
あ、人間扱いしてる。魔王的には彼がちゃんと人間に見えるんだ。
美青年が魔王で、世にも恐ろしい巨漢が勇者という構図に、頭がこんがらがってきた。
とにかく、もうちょっと質問を続けてみることにする。
「なぜ、角が生えているんです?」
「なぜかは分からんが、生まれつき頭蓋骨の一部が隆起してしまっていた」
普通頭蓋骨は隆起しないわよ。
「ずいぶん体が大きいですね」
「まあな。故郷の村でも体は一番大きかった」
村一番ってレベルじゃない。あなたの体の大きさはワールドクラスよ。
「勇者様は何をしに来たのです?」
「愚問ッ! 王の要請を受け、この国を守り、魔王を滅するためにやってきたに決まっておろうが!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 怒らないで!」
口調はいかめしいけど、中身はしっかり勇者してるみたい。口調はいかめしいけど。
こうなると、年齢も気になってしまう。
「お年は?」
「ワシか? ワシは今年で18だ!」
全然見えない……。
普通18歳の男子は、一人称“ワシ”じゃないのよ。
せっかくなので、魔王にも聞いてみる。
「僕は5000歳になるかな」
私と同い年ぐらいに見える男子に5000歳なんて言われてもイマイチピンとこない。
いや、まあ、魔族ってのはそういうものなのかもしれないけど。
まとめると、見た目人間の美青年で一人称“僕”の爽やかな魔王アッシュと、見た目は怪物の親玉で一人称“ワシ”ないかつい勇者ドルガロスが、私の前に現れた。
二人は互いに宿命のようなものを感じたのか、睨み合っている。
「お前が勇者か。どうやら僕たちは戦うさだめにあるようだね」
「グハハハ、そのようだなァ、魔王よ!」
魔王の口調は勇者で、勇者の口調は魔王っぽいので、やはりこんがらがってくる。
彼らのやり取りを自分の中で上手く処理できない。
魔王アッシュは腰の剣をすらりと抜き、堂々と構えた。
「魔族の未来のため――魔王として、僕はこの剣でお前を倒す!」
だからあなた勇者にしか見えないって。
対する勇者ドルガロスは黒いマントを翻し、赤い目を発光させ、高笑いする。
「グハハハハ……来るがいい! ワシの力で貴様を地獄の底に叩き落としてくれようぞ!」
勇者は“地獄の底”とか“叩き落として”とか言わないっての。あと目が光ったのはどういう仕組み?
戦いが始まった。
魔王アッシュは素早いフットワークと巧みな剣技で勇者に攻め込む。一方の勇者ドルガロスは両手に黒いオーラを纏い、それを飛ばしたり、そのまま手で殴ったりして攻撃している。
どっちが人類の味方なのか分からなくなる戦いだわ。
「極技・鋭光斬!」
いかにも勇者っぽい魔王の技と――
「ダークネスメテオ!」
いかにも魔王っぽい勇者の技が激突する。
私の頭の中は光と闇が混じってもうカオス。混ぜるな危険ってやつね。
だけど、やっぱり魔王は強く、勇者ドルガロスは押され気味になる。
「どうだ、勇者! 魔族の想いを乗せた僕の一撃は!」
「おのれぇ、青二才めがぁぁぁ……!」
青二才って。あなたは18歳で、相手は5000歳なのよ。
戦いは次第に魔王のペースになっていく。
魔王の華麗なる剣技が、勇者ドルガロスの屈強な肉体に確実に傷を与えていく。
「ぐ、ぐおおお……! 偉大なる勇者であるこのワシが押されるだとぉ!? たかが魔族如きにぃ……!」
よろめきながらも、勇者ドルガロスは戦いを諦めない。
何度も倒れるが、何度も立ち上がり、立ち向かっていく。
「ここまでやる人間は初めてだよ。だけど、次の一撃がトドメになるだろう!」
魔王アッシュが飛び上がり、勢いよく剣を振り上げた。これを喰らえば、勇者ドルガロスといえどひとたまりもなさそう。
いかに恐ろしい見た目であっても、勇者ドルガロスは国のために戦ってくれている。
そんな人が倒されてしまうところは見たくない。
私は自然と大声を出していた。
「負けないで、勇者様!!!」
この声が届いたのか分からないけど、勇者ドルガロスは雄叫びを上げる。
「グオオオオオオオ……!!!」
どんな猛獣も尻尾を巻いて逃げ出してしまいそうな迫力だった。
さすがの魔王も怯む。
「な、なにっ!?」
「ワシの一撃で滅するがよいわァ!」
闇の力を帯びた渾身の拳が、魔王アッシュにクリーンヒット。
身につけていた鎧も砕け、そのまま床に崩れ落ちた。
「ぐ……くそっ、こんな人間がいた、なんて……」
アッシュは最期の言葉を吐き出そうとしている。
「だが、これで終わったわけじゃないよ……。いつか僕の志を継いだ第二の魔王が現れ、きっと……」
「くどいわ! とっとと地獄に落ちろ、愚か者がァ!!!」
勇者ドルガロスは手から闇の炎を放ち、魔王アッシュは跡形もなく燃え尽きた。
「はらわたを喰らう価値もない男だったわ……」
およそ勇者が言う台詞じゃないけれど、勇者ドルガロスは勝利した。
そのままガニ股歩きで私に近づいてくる。
「姫よ、無事でなによりだ! 兵どもにかけられていた呪いもこれで消えたであろう!」
「本当にありがとう……」
向こうの方がだいぶ大きいから、私も顔を上げて礼を言う。
「ところで……姫よ」
「なんでしょう?」
勇者ドルガロスは大声で言った。
「ワシは貴様に一目惚れした! よかったら……男女の付き合いをしてもらえぬか!」
これまで驚きっぱなしだった私だけど、この時はあまり驚かなかったわ。
なぜなら、なんとなく告白されることを予感していたから。
そして――
「ええ、よろしくお願いします、勇者様」
自分でも驚くほどすんなりと返事ができた。
“勇者様”――と言えてしまった。
姿形や口調はどうあれ、彼が魔王を倒し、国を救った勇者なのは事実。
理由はそれだけじゃない。私は懸命に戦う彼を見て、すっかり惚れてしまっていたの。
あまりにも唐突と思うかもしれないけど、恋ってそういうものでしょう?
「おおっ、ありがたい! ワシはこのナリだし、いつも皆から怖がられているから、てっきりダメかと……」
あ、自覚はあったんだ、と思った。
「自信を持って。あなたってとても素敵よ」
「ワシが……? あ、ありがとう!」
牙のある口で大魔王的なスマイルを浮かべる勇者様だけど、不思議なもので、こうなると可愛らしくも見えてしまう。
「じゃ、恋人同士仲良くしましょうね。勇者様」
「う、うむ!」
手を握ると、その巨大な手は驚くほど柔らかく、そして温かかった。
***
私と勇者様は婚約し、そのまま結婚に至った。
結婚を発表すると、中には遠慮なく「まるで魔王と姫が結婚するみたいですね」という人もいた。
勇者様はそれを聞くと「誰が魔王だ!」と言っていたが、どこか嬉しそうでもあった。
私と勇者様の間には子供が三人生まれ、やがて勇者様はその功績もあり、お父様に請われて王となった。
勇者様は相変わらずのド迫力で玉座に座り、赤い目を光らせ、こう高笑いする。
「グハハハハハ! このワシが王となったからには、この国に未来永劫平和をもたらしてくれるわ!」
そんな頼もしい勇者様に、私は微笑みかける。
「期待してるわ、あなた」
勇者様は私の方を向いて、その紫色の顔をほのかに赤く染めた。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。