3.小野田君の部屋
「じゃああたしは清水さんの身辺をもうちょっと探ってきます」
そういう行平と別行動をとることにした。
「なら僕は小野田君をあたってみるか」
そうは言ったものの近藤君にさらに話を聞く気にもならなかった。
すると唐突にスマホに着信した。
「もしもし」
「あれ?なんだ、行平さんじゃないのか」
いかにも残念と言うように彼は言った。
「そういう君は近藤君だね」
「そうっすよ。なーんだ、思い出したことがあったから行平さんに教えてあげようと思ったのになあ」
「行平とは今別れたところなんだ。僕でよかったら教えてくれないかな」
「どうしよっかなあ。まあいいか。それほどすごいネタでもないし」
「何を思い出したんだい?」
「いや、小野田なんですけどね。いなくなっちゃうちょっと前あたりからなんか変だったんですよ」
「変って?」
「うーん、変っていうか。なんか別人みたいに思えたんですよ」
「別人?」
「顔も変わんないし、見た目は小野田なんですけどね。自分のこと覚えてないんですよ。ここはどこだろうとか、俺は誰なんだみたいなこと言っちゃって」
「急性健忘みたいな感じかな」
「最初はからかわれてるんだと思ったんですよ。でも会話もかみ合わないし、俺もことも忘れてるっぽいし。なんか気持ち悪くなって、病院行けよって言って別れたんです」
僕は近藤君から小野田の住所を聞き、そこに行ってみることにした。
「まあ多少は前進してるって感じかな」
つい独り言を口にする。
それにしても勝手に人の電話番号を教えていたとは、行平のやつ。
教えていることに全然気が付かなかった僕もどうかしているけれど。
一体いつ教えたんだろう。
考え事をしながらも電車を乗り継ぎ、目指すアパートに到着した。
「あれ?金城さん」
僕は見慣れた後ろ姿に声をかけた。
「うお!びっくりするからいきなり声をかけるなよ」
こわもて風で背の高い男にアパート前に立っていられたらアパートも迷惑だろう。
不審者と思われて通報される一歩手前を救った恩人なんじゃないか?
そんな不遜な考えが脳内を横切っていた。
「一体いつからそこにいるんです?」
「いつからって・・。さっきだ。ついさっきだよ」
「それにしちゃ落ちてるたばこの数が多くないですか?」
金城はちっと舌打ちし、「ちいせえこと気にすんじゃねえ」と凄んだ。
「行平はどうしたんだ?」
「彼女は別行動です」
金城はまたちっと舌打ちした。
「気になるならデートにでも誘えばいいじゃないですか」
僕がそう言うと、金城は途端に顔を真っ赤にした。
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ。け、刑事がだな。お、男がそんな簡単にで、デートなんて誘えるかってんだよ」
「そうなんですか」
僕はあえて突っ込まなかった。
金城はうかがうように僕の顔を見た。
「行平がなんか言ってたのか?なんて言ってたんだ行平は」
「なにも言ってませんよ。それよりここにいるってことは小野田君の部屋を調べに来たんですよね?」
「ああ・・。ってなんでお前小野田のこと知ってるんだ?」
「記者をなめてもらっちゃ困りますよ」
「ったく余計なとこに首を突っ込んでくるなって言ってるそばからこれか」
「行かないんですか?なんでこんなとこに突っ立ってたんです?」
「なんつうか、あれだよ。怪しい奴がこないか見張ってたんだ」
あんたが見張ってたら怪しい奴はこれないとおもうが・・と心で突っ込んだ。
「そうですか、まあでもせっかくだから中も一緒に見ましょうよ」
「何が一緒にだ。ふざけんなお前」
「この後、行平も来るんですよ。一緒にいれば好感度アップじゃないですか?」
「お?おお、そうかな。そうか。じゃあ行くか。ちょっと大家のとこ行ってくるから待ってろ」
ちょろい金城の後ろ姿を見ながら、少し心が痛んだ。
また行平をだしにしてしまった。
でも社内で不評でも特定の人間にはかなり好かれるよなあ、行平。
もしかしたら僕もその系統かもしれないけどなあ。
「ほれ、キーだ。俺はもう見た。現場はそのままにするんだぞ」
一転して優しさを見せる金城に気持ち悪さをいだいた。
「一階のはじっこですか。僕だったら嫌だな」
「お前の感想なんかどうでもいいんだよ、それより行平はいつ来るんだ?」
「もうすぐじゃないですか?あれ、庭のとこなんか穴掘られてませんか?」
「なんだと?そんなものこないだは・・」
穴があいていた。
それも割と大きな穴だ。
「なんですかね。脱獄のまねとか?あるいは誰かを埋めるつもりだった?」
「たわけたこと言ってるな。こいつはちょっと調べた方がいいな。俺は連絡してくるからお前は勝手に見てろ。くれぐれも現場を荒らすなよ」
「はいはい」
勝手に見せてくれるところがありがたい。
鍵を開けて玄関口にあがる。
ふいに妙なデジャビュが起こった。
あれ?おかしいな。この部屋を僕は知っているような気がする。
右手にトイレ。左手にシャワールームか・・。奥に・・。
「やっと来てくれたのね」
耳元にささやき声。
ぞわっと鳥肌がたって我に返った。
「工藤、おいどうした?顔が真っ青じゃねえか」
「い、いや何でもないです。部屋の空気が思ったより淀んでいたから」
「そうか?俺はあんまり感じなかったが・・」
調査の警官がくるから俺は残ると金城は言った。
行平によろしくな。
僕は金城と別れて駅に戻った。
ポケットから小箱を取り出す。
鍵の型どりのあと。
つい小野田君の部屋の鍵の型どりをしてしまった。
また来ると思っていたわけではない。
無意識というか何かにとりつかれたようにやってしまったのだ。