2.関係者の近藤君
中規模の印刷会社。
できます株式会社。
受付で名刺を渡すと広報担当だという社員がでてきた。
「広報って言うかただの総務社員ですけどね」
只野と名乗ったその男は事件以来ずいぶんいろいろな人がきたと言った。
「大変だったんですよ。その対応だけで仕事にならないですから。ここ最近ですよ。おちついてきたのは」
普段は静かな街がお祭り騒ぎになっていたという。
特にユーチューバーがオカルト色を強めに取り上げたために興味本位の人間が後を絶たなかったとか。
「何度もお話されているとは思うのですが、殺された女性社員の話を聞かせていただいてもいいですか?」
行平がよそ行きの声で質問する。
「あんまり目立たない人でしたよ。こう言っちゃなんだけど際立つほどの美人てわけでもなかったですからね。殺されるほど好かれていたとは知らなかったですね。ああでも男性社員の方はまわりに彼女のことをよく言っていたってのは聞いた気がします。あんまり人付き合いのない女の子でしたからね。ほかの女性社員も普段彼女が何しているとか知らないと言ってましたし。死んだ子のことを悪く言っているみたいで気が引けるんですが、そんなに印象に残るエピソードがない子だったんですよ」
「意外ですね。テレビのニュースなんか見ていたらもっと派手な感じの今どきの若い子なのかと思っていたな」
「ここは田舎ですからねえ。派手って言ってもたかが知れてますよ。ああでも化粧っ気がなかったからそう思うのかなあ。今どきのってのもどうなんですかね。若くは見えたけど彼女も30でしたしね」
「30なら若いじゃないですか」
28歳の行平がかみつく。
「だって未婚の30なんですよ。子供を産むにも躊躇し始める年齢じゃないですかあ」
只野は縁の太い眼鏡を押し上げながら悪びれずにそう言った。
「ひどっ。そういう言い方ってどうなんですかね」
さらにかみつこうとする行平を手で制して僕はさらに尋ねる。
「殺される前に何か前触れとかそれらしい騒ぎみたいのはなかったんですか?」
「なかったですねえ。なにせ殺すほどにどうこうってほどかかわりがあるようにも見えなかったですからねえ」
「女性の方と親しかった同僚の方は一人もいらっしゃらないのですか?」
「そうですねえ。先ほども申し上げた通り周りとかかわりを持たない子でしたからねえ。あまり話さず、定時できっちりと帰っていく姿しか思い出せません」
「男性の方は?」
「彼も似たような感じですかねえ。あ、彼も事務だったんですけどね。部署は違ってましたけど。どこで接点があったですかねえ」
収穫もないまま会社を後にすると一人の若者が追いかけてきた。
「あ、あのさ。あんたら雑誌の取材なんだろ?あれさ、取材に協力したら謝礼って貰えるんだよね?」
行平がむっとした顔で何かを言いそうになったが、僕は笑顔で答えた。
「勿論ですよ。お話の内容にもよりますけどね」
「じゃあさ、じゃあ喫茶店行こうよ。俺今休憩中なんだ」
行平の片眉が吊り上がった。
不真面目な人間が嫌いなのだ。
記者でありながらそうした精神の持ち主であるあたりが行平の不可思議なところでもあった。
他人の下世話な話を面白おかしく書く仕事をしながら正義感を持ち合わせるか。
しかしそれも僕の思い込み、いや思い過ごしだったかもしれない。
僕らは隣のビルの一階にある喫茶店に場所を移した。
「ここのコーヒー飲んでみたかったんだよね。あ、パフェも頼んでいい?」
近藤はどうせ奢りだろうと好き勝手に頼みだした。
他のマスコミ関係者にも同じことをしていた可能性は高い。
追いかけてきた彼、近藤は行平が好みなのかもっぱら行平にばかり話をした。
行平もうまい具合に近藤から話を引き出していた。
「それで、近藤君は小野田君と同期だったってわけね。小野田君は何で清水さんを好きになっちゃったのかしらね?」
「一目ぼれみたいですよ。外見が好みだとか。たまたま給湯室で話をするようになって、それからちょくちょく会話をするようになったみたいです」
「へえ、付き合ってたんだ?」
「いや、それはないと思いますよ。だってあいついつもデートしてみたいなとか言ってましたし」
「近藤君は小野田君と仲良かったんだ。そんな話もするなんてさ」
「だって同期俺らだけですもん。他に気軽に話せる人もいないし。でも俺は不思議だったんですよね。清水さん一筋みたいの。まあ好みは人それぞれですからね。ただ総務の子に聞いたんですけど、清水さんて相当変わった人みたいなんすよ。結構独り言も多かったみたいだし。殺されちゃうちょっと前かな。あたし妊娠したかもって言ってたらしいです」
「妊娠?小野田君の子?」
「いやそれはないですよ。デートもしてないのに、それに清水さんの言ってることも胡散臭いですもん。総務の子が怖がってましたよ。普段話をしないのにいきなり妊娠したかもって言われても答えに困るって。ね、変な人でしょ?」
「近藤が知らなかっただけでやっぱ付き合ってたってことですかね」
近藤君と別れるや行平の口調が崩れた。
「どうかな。可能性もなくはないな」
「なくなくないですか」
「聞いてる限りはない気がするけどな」
「さっきいくら渡してたんですか?」
「ん?ああ」
僕はポケットから500円のクオカードを出して見せた。
「同じやつだよ」
「しょぼっ。いいんですか?そんなにしょぼくて」
「大丈夫だよ。まああっちだってそこまでは期待していなかっただろう。喫茶店代もこっちもちだし」
「工藤さんもせこいですね」
「サラリーマンだからね」