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父と娘

作者: FUJIHIROSHI

 二日前の夜、ある男性が娘の交際相手を殺害して自首。目撃者はなかったものの、供述に不審な点はなく、ある程度の裏付けもとれたため逮捕に至る。

 何事もなく終わった事件だ。

 被疑者の家庭環境は妻と一人娘のごく普通のもので、妻は夫がこんな事件を起こすとは思えないと供述していた。娘との仲は最悪で、彼女が中学生の時からほとんど会話はなく、そこにこの事件だ。

 彼女は被疑者である父親を罵り、まともに供述調書もとれていない。



加奈江かなえ! ぼーっとしてんな。さっさっと歩け」

 よく通る抜けのある声にあおられる。

 はいはいと加奈江刑事は歩を速め、本日、定年退職を迎える刑事、小木野道慈おぎのとうじの背中を追った。

 小木野の背中を見て、加奈江はふと、子供の頃に見た父親の背中を思い出した。いや、そもそも記憶の中の父親はいつも後ろ姿で、その広い背中しか覚えていなかった。

 ——中学生の時に両親が離婚して、加奈江は母方の姓になっている。

 仕事一筋で家庭をかえりみない父親が嫌いだった。学生の頃は一年に数回会うことはあったが加奈江は父親を『お父さん』とは呼ばなかった。それは今でも変わらない。

 この事件の父娘も関係は上手くいっていなかった。自分とよく似ている、と加奈江は感じていた。



 加奈江京香は生活安全組織犯罪対策課の強行盗犯係きょうこうとうはんかかりに配属された新米刑事。意気盛いきさかんであった。

 が、『現場百遍げんばひゃっぺん』昭和を地でいく男、小木野の下で仕事を叩き込まれる毎日に、半ばうんざりしていた。


 今もこうして()()()()()()()()の捜査を続け、靴底を減らしていた。


「小木野さん、何が引っかかるんですか?」

 加奈江はため息まじりに訊いた。

「事件を振り返ってみろ。声を出してな」

「え? ……はい。害者は西寺蓮にしてられん、二十一歳男性、大学生。死因は胸と腹部を合計九箇所刺されたことによる出血性ショック。被疑者は町井田秀次まちいだひでじ四十七、男性、職業はタクシードライバー。害者である西寺が買い物に出たところ……これは同棲相手の女性の証言ですが、実際は被疑者の娘の奈美なみと会うためだったと思われます。それを、車で帰宅途中であった被疑者が発見。所持していた果物ナイフで殺害。その直後に自首。事件は解決! したと思われます」

 加奈江は、『事件は解決』の部分を強調して言った。


「動機は?」

「…… 西寺はもともと女性行員、革野美幸かわのみゆき二十三歳と同棲していましたが、同時に複数の女性と交際しており、奈美十七歳学生もそのうちの一人でした。西寺は奈美が小学六年生の頃から四年間、家庭教師をしていたようです。以降も関係は続き、半年前に奈美の妊娠が発覚して連絡を断つ。奈美はすでに中絶していて、これにより二人の関係は解消。ですが、一月前から『中絶費用を支払う』と言うのを口実に再び西寺は奈美に言い寄っていたようです。被疑者はそれに激怒し犯行に及んだと供述しています。奈美自身にはよりを戻す意思はなく、聴取では、いまさら、何故こんなことをしたのか分からないと被疑者を罵倒していたみたいですね」


「被疑者の所持品は?」

 所持品? さすがにメモ帳を取り出し、加奈江は確認をする。

「所持品、所持品……財布に携帯。腕時計と三十八センチのアクセサリー、メモ帳。凶器の刃渡り十二センチの果物ナイフは殺害目的で、常に所持していたようですが、当日は西寺の胸に刺さったまま、指紋は町井田のものだけでした。手首に巻いていたというアクセサリーはビーズで作られた手作りのもので、奈美が小学六年生の時にプレゼントしたものですね。他、ナイフ以外の所持品も妻の高子たかこに確認済みです」

「ここまでで、お前の見解は? 加奈江刑事、お前自身の考えだ」


 特には……そう答えたかったが、

「まず奈美ですが、事件当夜バイトをしていてアリバイは成立しています。親子関係は母親とは良好でしたが、被疑者である父親とは、五年近く挨拶を交わす程度で会話もなく、関係は希薄だったようです。で、父親……被疑者自身も中絶の話は妻から聞いたそうで、娘に対する想いはどうだったのか? 果たして殺しまでやるだろうか? と疑わしいところはあります。現場は閑静な住宅街で防犯カメラ、目撃者、争っている声を聞いたものもいません。ただ、状況証拠も本人の供述も町井田秀次が犯人であると裏づけています」

 うかがうように加奈江は小木野を見た。


 少しの沈黙のあと、「アクセサリー、長すぎやしないか?」と、ようやく先ほどの加奈江が『何が引っかかるんですか?』と言った質問に答えた。


「は? アクセサリー?」


 アクセサリーは、青いビーズが並んだ部分と水色のビーズが並んだ部分の二色に分かれたもので、被疑者はそれを右手首に巻いていた。

 奈美もお揃いで、ビーズが赤いものを持っている。


 先ほど行ったタクシー会社の同僚からも、いつも青色っぽいのを手首に巻いていたと証言を得ていた。

 小木野の言う長さに関しては詳しく覚えている者はいなかった。


 確かに……もし自分が幼い頃に父親にアクセサリーを作るなら、ピタリと手首の太さに合わせて作るとは思う。だが、そんなのは人それぞれだ。長い、というだけでそんなに気になるのか? 加奈江は首を傾げた。

「お前の見る目も考えも浅いなぁ。幼い頃の奈美はどんな子供だったんだ?」

「え?」

「親父がいつまでもそんなオモチャを巻いているのは何故だ?」

 小木野は父親の想いを言っているのだろう。なるほど、いまでも娘に対しての想いは強かったといことか。だがそれなら、やはり殺したのは町井田じゃないか。何も変わらない。加奈江がそう反撃の言葉を頭の中で考えた時、突然繋がった──幼い頃の奈美がどんな子供だったか?


 小木野の引っかかっているもの、父と娘の関係、子供の行動と父親の想い——「あれ? もしかして」

 そう言った加奈江を見て小木野がニヤリと笑う。

「そいつを確かめるには、何をすれば良い?」

勝清かつきよ先輩に、証拠品のアクセサリーの写真を送ってもらい、奈美に確認してもらいます……もう、十九時を回っていますが……」

「急げよ。俺にはもう、今日しかない。俺は勝清と害者の交際相手のところに向かう」

「はい!」




 町井田宅の居間で奈美と母親を前に、加奈江は緊張していた。ほとんど勢いで来た。よくよく考えれば、自分の行きついた答えが、小木野のそれと合っているかどうかも分からない。

 でも、やるしかない。毎日のように小木野の言う——刑事の勘で。


 送られてきた画像を奈美に見せる。

 不機嫌そうにそっぽを向いていた奈美がそれを見るなり言った。

「何これ? ()()()()()()()()? やっぱり、あいつが殺して、奪ったわけだ」


 ——やはり、そういうことだったのか。

「奈美さん、それは寺西にもアクセサリーをプレゼントしていたってことね」

「はい。たしか中1の時に。その頃、マイブームだったから」

「じゃあ……あなたのお父さんは、奪ったんじゃない」

 加奈江は言った。その逆だ。

 奪ったのではなく、回収して証拠を隠滅しようとしたのだ。


 加奈江の携帯が鳴った。小木野からだ。



 電話を切った加奈江が真犯人が捕まったと伝える。

 それは同棲相手の革野美幸だった。

 女遊びの激しい西寺なら、よっぽどこちらの方が可能性はあった。

 あの日、西寺は奈美のバイト先へ押しかけようと家を出る時、革野美幸と口論になり、別れ話を切り出した。

 そして逃げるように家を出た西寺を革野美幸が追い、刺殺した。よくある話だった。


 身を乗り出す二人に加奈江は、推測ですがと前置き、説明をする。

 事件の夜、町井田は帰宅途中、すでに殺害された西寺を発見した。駆け寄り、すぐに西寺だと気づいたのだろう。そして、かたわらに落ちていた自分の持つものと色違いの、お揃いのアクセサリーにも。


 西寺はこの色違いのアクセサリーを奈美と会うときだけは手首に巻いていた。事件の日も。

 それを革野美幸に襲われた時に落としたのだろう。

 だが町井田はそれを知らず、また娘の持つアクセサリーの色も覚えていなかったため、落ちていたのがそれだと勘違いした。

 殺したのが娘なのだと。

 だからそれを自分のアクセサリーと繋げて証拠を隠し、胸に刺さったままの凶器の指紋を拭き取り、自分の指紋を付けて身代わりになったのだ……。

 この時、一つ連絡を入れていれば、父と娘の関係が良好ならば、こうはならなかっただろう。

 会話をしてさえいれば——。



 加奈江が町井田宅を出ると、小木野が一人待っていた。

「すいません、小木野さん。事件は解決していなかったんですね」

 これで、本当に事件が解決したと、加奈江は深々と頭を下げた。


「ふん! ひよっこが。それに事件はまだ解決していないだろうが。明日朝イチで革野美幸の裏取ってこい。これから最後の講義をしてやる。飲みに行くぞ」

「え? 今からですか?」

「まだあと四時間、俺はお前の上司だ」

 いや、それはパワハラでは? 加奈江は思いつつも—— 会話をすることで、何かが変わるのだろうか……いまはまだ分からないが、笑顔で答えた。

 十年ぶりに言う言葉だ——、

「はいはい。お付き合いしますよ、()()()()


「ば、ばかやろう。言っただろうが。俺はまだ、四時間はお前の上司だ」



 おしまい

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― 新着の感想 ―
[一言] ラストまで読み終わり、そういうこと!? とびっくりでした。 シンプルなタイトルは2組の父娘を表していたのですね。 父の娘への愛にじんわりとしていたところに、不意打ちのラスト。 町井田と奈美も…
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