【第七頁】ディープス③
俺たちはラズリという女に促され、戦いが許容されそうな何も無い荒野へと移動した。その道中、改めてあの女共を観察していたが、やはりかなり出来る連中の様だ。
魔法師の女がそこそこやりそうなのは検討がついていたが、もう一人のレンジャーの女の方も相当の様で嬉しい誤算だ。常に魔力が溢れる様な雰囲気をしており、何かしらの防壁を張っているか、或いはステータス向上を付与しているか。どちらにせよ、現時点で推し量れる範囲ですらとんでもない魔力量だ。本来なら道具を駆使して戦うレンジャーだが、恐らく奴は無機物に魔力を付与出来る【トラップ魔法】の使い手なのだろう。
切実な話、優秀なレンジャーは貴重だ。
それ故にパーティによっては前衛二枚と後衛二枚、その後衛が魔法師の攻守が一人ずつという布陣も比較的メジャーとなる。理由は先に述べた通り、優秀なレンジャーが居なければそちらの方がまだマシだからだ。
だが優秀な人材がどう集まるかはパーティ結成の偶然に依存している為、必ずしもバラバラか最適解かと言えばそれも違う。飽くまで個の優秀さは前提、それで言えばあの魔法師とレンジャーはどちらもかなりレアな存在と言えるだろう。
欲しい、何としてもあのチビ女が欲しい。
こうなってくると、残す問題は……。
「おいのっぽシールドこの野郎、心して聞け! 俺は魔法が使えないし、魔法師とも連携した事が無い! 俺を当てにしていたのなら作戦を考え直す事だな!」
「偉そうに言う事か馬鹿野郎」
「考え直して下さいこの野郎!」
「言い直せてねぇよ」
このチビくらいか。
「はぁー緊張するなー。俺ちゃんとした試合なんてお前達と戦った時以来だから、今足が震えてるんだよね! 見る?」
「見てどうするんだ馬鹿野郎」
「へへーん。実は意図的に出来たりもする。見ろ、指でも出来てしまう。村人は俺を振動マッサージマンと呼んだ」
「何鍛えたんだ馬鹿野郎」
「お小遣いパワーだ」
「お子様かよ。お子様か」
「合ってるけど悲しい!!」
このチビは我流のパワー馬鹿だ。
だがいくら脳筋チビとは言え、規格外のパワーを保持している訳でもなければ、単独で敵を撃破出来る程経験値がある訳でも無い。あの小柄な身なりから想像すると予想外のパワーだ、という程度。
だがそれでも俺のシールドを三度も攻撃すれば破壊出来る程の力は持っている。その上である程度の速度も持っており、あれだけ動ければ即敗北という展開はまず以って無いだろう。
チビの能力に於いて、特筆すべきはあの気概だ。
向こう見ずとも言えるが、恐怖心は無いのかと問いたく成る程に直向きで、よく言えば勇気があると言えるだろう。一歩間違えれば無謀でしかないそれは、価値で言えば殊更大きいと言える。
要は、あの脳筋チビは最高の素材。
「やべぇ、なんだか緊張し過ぎて気持ち悪くなってきたんだけど。手も震えてきた!? 口もカチカチいってる!? 待てよ俺これそろそろ死ぬんじゃね!?」
「死ぬか馬鹿野郎、得意のマッサージだろ」
「口でマッサージした事ねぇよ!?」
「それに、お前には俺が居るんだぞ。死なせたりするかよ」
「……へ?」
この脳筋チビに、俺が付いている。
使い熟してこその援護系魔法師。
その名の下にこの試合、負ける訳にはいかない。
「作戦を言うぞ」
「作戦!? 何だよパーティっぽいな! 何々、俺なんでもがんばっちゃうよ!」
「作戦は単純だ、先ずは自由に戦え」
「……ん?」
「そしてある程度認識すれば、そこからは俺が援護する。お前は引き続き自由に戦えばいい」
「……あれ、作戦?」
「そうだ。お前でも分かる様に簡単に纏めると【お前は俺が守るから、お前が敵を倒せ】だ」
「何それー!! 何か作戦っぽくないと思ったけどカッコ良いじゃーん!! ってか最初から魔法使えよ!!」
「必要であればな。今の時点では必要ない」
「ぐぬぬ……、何なんだよこのバリア……」
この戦い程度なら小細工は必要ない。
あの脳筋チビもまた、ある種の逸材だ。
出来れば少し正確な能力を知っておきたい。
まずはバフ無しで動いて貰う。
……どうやら、向こうも準備が済んだ様だな。
そろそろか。
「さ、じゃあ今から戦って貰うけど、簡単にルールを話すわね。見える範囲外に行かない事、それだけよ?」
「分かり易くて良いじゃねぇかよォ!!」
「ぶっ殺す!!」
互いに向き合っており、敵の武器は短杖と大剣。成る程、向こうの魔法は恐らく攻守両面タイプか。それに前衛は大剣、破壊力に自信があるのだろう。
比べて此方はと言えばー
「お前、武器は?」
「お前と戦った時に壊れたから、今は素手!」
「成る程。仕方あるまい」
此方は素手が一人と、俺が魔導書。中々にやる気のないフォーメーションだが、まぁ問題あるまい。
「さ、それじゃあ其々ある程度離れたら開始するわよ?」
恐らく、すぐに戦いは終わるのだから。
━
「準備は良いわね? ……レディ、ファイ!!」
「しゃぁぁぁっ!!」
開始の掛け声と共に地面を蹴り、とんでもない加速で距離を詰める脳筋チビ。流石、筋肉しか取り柄がないだけある身体能力だ。バフ無しであの踏み込みには俺も驚かされた。
「なっ!?」
「球形の魔力弾!」
「うわっ、危ないなぁー! 君から倒しちゃうぞ!」
「お前の相手はこっちだ!!」
魔法に牽制され速度を殺され、足を止めたチビの元へ躍り出る大剣ハゲ。
「凄いパワー!」
「ちっ、案外すばしっこいな!」
まるで小枝でも振り回すかの様に軽々と振り回すその大剣を躱し、何とかするべく反撃の隙を窺うチビだが、そんなに同じ場所に留まってるとー
「針状の魔力弾!」
「ゲッ!?」
そりゃ魔法が飛んでくるだろうよ。
「くっそー、ならこれでどうだ!」
「チョロチョロ走り回りやがって!!」
「ディベン、アレを行くぞ! 膂力龍腕!」
「ウォラァアアアアアアアア!!!」
「どわっ!?」
少し距離を取ったチビは足で敵を撹乱しつつ、攻め込む隙を窺っていた様だが、その足場ごと大剣ハゲが派手に破壊してしまう。その自慢の大剣を地面へとぶち当て、爆風を巻き起こす事でチビの動きを制限し、なんなら空中に押し上げてしまう。
成る程、十分だ。
チビのポテンシャルは大体把握した。
「まずぃぃぃぃ!!?」
「球形の魔力弾!」
そんな、直撃するであろう敵の魔力弾、スフィアはー
「不可侵領域」
「なっ!?」
「わぁ! 盾が防いでくれたんだけど!!」
俺のエアシールドに簡単に簡単に防がれてしまう。
そんな明から様な使い方が通る訳もあるまいて。攻防両面を扱えるその器用な技術力は認めるが、そのどちらもが未熟な魔法師と言わざるを得ない。少なくとも、俺の敵ではないな。
「オイ脳筋チビ、お前の能力はよく分かった。そろそろアイツら纏めてノシて来い。お前のポテンシャルなら小細工は無用だ」
「は? いやいや俺だってそうしたいけど、今の俺のスピードじゃ……」
「風迅霊脚」
「わー!! 何だこれー!! 何かモヤモヤしたものが俺に纏わりついたー!!」
「あの野郎、盾の次は速度ときたか。魔導書なんて持ってやがったからそうだとは思っていたが、やはり援護のエキスパートか」
「それにしても風迅霊脚とは、重い魔法を使いよる。一旦距離を取ー」
「遅いな」
敵のハゲとヒゲがチビの能力向上を考慮し、体勢を立て直すべく時間を稼ごうとするが、間に合うかよ。
「おらー!」
「ぐへぇ!?」
ただ速く、筋力のみで走り続けた脳筋チビが翼を得たんだ。まともな速度感で追いつけるかよ。拳一つでノックアウトされるヒゲの魔法師。そしてー
「チッ、そんな単純な攻撃なんかげばぶ!!?」
「おらー!」
ハゲの死角へと回り込み、素早く顔面に一撃蹴りを見舞うチビ。そしてそのまま地面に手を着き、跳ねる様に地面から蹴りをー
「そいやー!」
「ゴバァァ!!?」
ハゲのアゴに向かってクリティカルヒット。
綺麗な放物線を描いて空中を移動し、やがて地面へと落下する大剣ハゲ。落下後身動き一つしない所を見るに、こっちも終わりか。
下腹部に拳を貰った魔法師は向こうで泡を吹いており、こっちのハゲは白目を向いてノビている。やはり、当初の見込み通り楽勝だったな。
「勝負ありね」
「よっしゃぁぁぁぁ!!!」
この脳筋チビ、予想以上にかなり使えそうだ。
何をどうすればここまで無駄しかない脳筋が仕上がるのか甚だ疑問ではあるが、言わばこいつは原石だ。俺が上手く援護してやれれば、果たしてどのレベルの敵にまで通用するのか。
今から楽しみで仕方ない。