【第五頁】ディープス
産まれも育ちも比較的人口の多い場所で過ごして来た俺は、いつも違和感に苛まれながら過ごして来た。
やりたい事、夢、目標、理想的な人生、そんなものを個々が身の内に秘めながら、蔑ろにして生きている。これが兎に角不思議でならなかった。
幼い頃から魔法適性の有った俺はサボる事なく鍛え続け、そしていつか強力な魔法で敵を薙ぎ倒すんだと意気込んで修行を続けていた。魔力適性が【付与】に合った事だけが唯一納得のいかない事象ではあったが、無いと比べれば格段にマシであると直ぐに割り切った。例え【付与】の適性であっても、自分一人の状況でも戦える様にどんな鍛錬も惜しまなかった。
努力なんて言葉は大嫌いだった。
好きな事を追求しているだけで『君は努力家だね』だなどと言われてしまう。俺は嫌々やっていた事なんて一度もない。好きな魔法を極めたい、ただそれだけだったから。それを『努力』なんて言葉で片付けられるのは己が人生を蔑ろにしている奴らが、自身の物差しで俺を測った結果だと忌避していた。反吐が出そうだ。
そんな幼少のある時、トーナメント大会を観戦しに会場へと足を運んだあの日、まだ子供だった俺の運命は大きく捻じ曲がった。こんな予選大会で本来お目にかかれないであろう【八天牙】のパーティがそこで戦っていたのだ。
予てより俺の憧れであるコロシアム大会。
そのトーナメントの試合は観戦する為に入場料が必要で、それは子供などに払える金額では無かった。興味こそ在れど足を踏み入れる事は叶わなかった天上の戦闘風景。故にその出会いは、幼い俺に与えられた奇跡の様な一試合だった。
兎に角、圧巻だった。
パワー、圧力、突破力、タフネス、どれを取っても一級品の前衛。破壊力抜群の魔法師。地形すらコントロールし、適切な罠を駆使するレンジャー。これが一流の戦いか、と目を大きく見開いて羨望の眼差しを送っていたのだが、俺の心を全て掻っ攫ったのは意外な事に【援護系魔法師】の存在だった。
余りの集中に呼吸も忘れていた様に思う。
それ程に、気が付けば俺は援護系の魔法師のみを目で追い続けていた。味方のピンチには間髪入れずに防御魔法を、味方それぞれに合った身体強化魔法を使い分け、それらと並行しながら回復動作までもをこなしていた。彼の戦いを見た俺は単純にこう思ってしまった。【あの援護系魔法師がいる限り、このパーティは倒せない】と。
全てをコントロールしていた。
他の面々が強い事は言うまでもなく事実だ。だが、彼らが倒せない理由は彼ら自身には無い。それはあの援護系魔法師の存在に他ならなかったんだ。一体どうすればこのパーティを崩せるのか、皆目検討が付かなかった。少なくとも、あの援護系魔法師をどうにかしなければ話は始まらないのだ。
パーティにこんな役割が在っただなんて。
一人の存在がパーティ全体の軸を、ひいては対戦相手も巻き込んで全ての中心となってしまっていた。それが【付与】の適性を持って生まれた者によって為されている。その事実に俺は酷く興奮した。
アレになりたい。
俺がもしもあんな存在に成れたなら、そのパーティは最早無敵と称してなんら問題無いだろう。最強の前衛一人ではパーティ全体を守れない。それは攻撃系魔法師もレンジャーも然り。だが、援護系魔法師ならば……。
俺の夢はこの時、強く堅く、完全に固定されてしまった。
目指すなら【最強の援護系魔法師】だ。
それからは修行の方向性を切り替え、援護の魔法を兎に角練習し、学び、使い続けてきた。元々続けていた魔力の総量を伸ばす為の修練、文字通り血反吐を吐く様な目標を更に過酷な物へと引き上げて自身に課し続けた。でなければ、あの人に追いつける気がしなかった。そしてそれがきっとパーティの為になるのだから。
……だが、本来感謝されるべき援護のポジションに於いて、何故か俺は誰からも感謝されなかった。いや、正確には少し違うのだが。どうやら着実に最強へと近付いて来た俺は、パーティには必要無いらしい。
最初は喜んで歓迎してくれるし感謝もしてくれるんだ。
けれど、気が付いたらその温度感はあっという間に冷え切り、やがて俺の所属したパーティは解散してしまう。
みんな志が低過ぎるんだ。
前衛はもっと早く斬り込まないと、レンジャーはもっと全体を観て攻撃起点を形成しないと、攻撃系魔法師はより高速に魔法を構築して放たないと、相手には勝てない。いや、慢心していようと場当たり的な雑魚共には勝てるだろう。だがその道は決して【八天牙】に繋がってはいないのだから。俺はそんな道は歩みたくない。やるからには頂点を狙う。それは俺にとって当たり前の事だった。
それから色んな奴とパーティを組んだ。
その度に俺はどんどん強くなった。より早く、より強い援護を味方にばら撒き、俺がいるパーティの敗北率はどんどん下がっていった。このままいけばいつかコロシアムの場で覇を競う争いに参加出来ると確信していた。なのに……。俺が所属したどのパーティも、長続きはしなかった。
そして、大会出場に向けて新たなにパーティを探し、漸く見つけた援護系魔法師が不在のパーティへと俺は参入し、幾度かのクエストを経てパーティの練度を高めた。そして何とかブレイバーズ大会へと間に合わせ、出場を決める。コロシアム大会へと出場すべく、俺たちは地方の予選大会へと足を運んだ。ここで2位、つまり準優勝までの結果を残せば、念願のコロシアム出場だ。
予選を勝ち、本戦大会の準々決勝。
あと1つ勝てばコロシアム大会出場決定という所まで勝ち残った俺たちメタルガードは、険悪な空気に包まれていた。勝ち上がるに連れて敵が強くなり、細かい所でより正確な判断と動作を求められるこの準決勝の試合に於いて、その【僅かな差】を追求するのは当然の事だ。故に俺はパーティメンバーへとよりハイレベルな動きを要求し続けた。全ては、この試合に勝つ為に。
「退けザコルス! 判断が遅過ぎる! ヘボガームの攻撃タイミングもワンテンポ遅いぞ! それでは絡め取られる!! それくらい見れば分かるだろ!!」
「精一杯やってんだろ!!」
「もっと走らねば負けると言っているんだ!! 良いから動け!! 隙を作るんだ!!」
「チッ、せめて出来る範囲で言えや……」
まだだ、この対戦相手にならまだ勝てる。形勢は不利な状況だが、覆らない程絶望的な差は無いんだ。何処かにチャンスを見つけてそこからひっくり返せばまだ……。諦めなければ、俺さえ無事ならこのパーティは負けやしないんだ。俺が居る限り負けないのだから、コイツらさえ上手くやれれば勝てる芽は残されているんだ。
「限界を超えねば勝てないだろ!! ヨワールもそろそろ攻撃起点となるポジションを見つけろ! これ以上は待てない!」
「は? 待てないって、お前何様なんだよ」
「俺が何様かの話は今関係無いだろ! 勝つ為に必要な事だけ考えろ! 早くしろ!!」
「……」
何故分かってくれない。
勝つ為に必要な最低限しか俺は提示していないと言うのに、要求していないと言うのに。出来る範囲でやっていたら敵の展開に飲み込まれてしまうだろ、そんな事少し考えれば誰だって分かる筈だ。予想を超えないと、想定を掻い潜らないと、じゃなきゃこのレベルの相手に勝つなんて……。
「くっ、このままではジリ貧だ。最後の賭けに出るぞ! 俺が支援した瞬間に全員個々に見つけた最適なルートから切り崩せ!! 生まれた隙から最後の攻撃に転じるぞ!! 風迅霊脚!!」
「……」
そう、俺が支援した瞬間に。
互いに顔を見合わせたパーティメンバー達は。
「「「……俺たちは棄権する」」」
「な!!?」
俺を残し、全員が敗北を宣言してしまった。
━
「お前とはもうやれねぇ。じゃあな」
「メタルガードは解散。改めて三人でパーティ作って細々とやっていくわ。他の援護系を見つけりゃ、俺らくらいなら食いっぱぐれる事はねーんだからよ」
「しんどいよ、お前。お前といたらその内死にそうだ。俺らは命賭けてまでやってねぇんだよ。生きる為にやってんだ」
「……」
そんな訳ないだろ。
そんな訳ない筈なんだ。
俺が居れば、俺が居ればそのパーティは負けない。
だが負けないだけであって、俺だけでは勝てないんだ。
だからこそ、皆で頂点を目指して。
いつか、【八天牙】という頂きに手を掛けるべく。
励むんじゃないのかよ……。
「クッソ、またパーティ探しからか」
一番、不毛な時間だ。
パーティを探す、その最中に俺は強くならない。パーティを見つけて、戦って、連携を研ぎ澄まして、個々に鍛えて、その先にしか勝利は存在しない。一刻も早くパーティを見つけないと。
だが、俺はここの酒場でパーティを探し過ぎた。
もう俺と組んでくれる様な奴らは居ないだろう。昔は超新星だなどと持て囃したクセに、無理矢理俺を引き入れようと色々なパーティがこぞって声を掛け来たクセに。誰も、誰一人として、俺と同じ速度で走ろうとはしてくれ無かった。
何なんだよ、どうしろってんだよ。
強くなりたいんじゃねぇのかよ。
勝ちたく無いのかよ。
どうすりゃ良いんだよ……。
「パーティに募集の枠があれば紹介して欲しいのだが……」
どうせ、これも断られるのだろう。
けれどせめて最後にもう一度、もう一度だけ。
誰か俺と……。
「えぇぇぇぇ!?」
は?
何だこの煩いチビ。
人の顔見て叫ぶなっての。
「なんで!? バリアの奴じゃん!!」
「は? 人を魔法名で呼ぶな……って、このやり取り確か前に?」
……思い出した。
コイツ、武器でもなんでもない木の棒なんかで戦いに参加してた、そしてそんな粗末な武器で俺の【エアシールド】を破壊、突破した、
予選一戦目の、前衛のチビだ。