【第二十三頁】魅了するという事
時は巻き戻って四人が散り散りになっていたその時。
ディープスはティティに裾を掴まれたまま動けなくなってしまっていた。ただでさえ寡黙なティティ。戦闘時であればまだしも、こんなプライベートな場面でその心の内を推し図る事など、彼にとっては無理難題にも程がある要求であった。
しかして、このまま立ち尽くして居ては夜が明けてしまいかねない。
「おい、何のつもりだ」
「……」
「何とか言え、訳が分からないぞ。分からなければどうにも出来ないだろうが。兎に角何でも良いから、言ってみろ」
「……」
ディープスは困り果てていた。
もういっその事この手を振り払って行ってしまおうか、いやダメだそんな事をしては折角組めたパーティが解散となってしまいかねない。それでは元の木阿弥だ。しかしどうすれば……、そんな事を考えていると、小さく、本当に小さなか細い声でー
「お願い、助けて……」
「は?」
彼女の助けを求める、彼へと懇願する声が、ディープスの耳に届いたのだった。
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「待て、どうしてこうなった?」
「こっち」
「いやだから待て待て待て、おかしいだろ!?」
手を繋がれ引かれるままに着いて行けば、気が付けば宿屋で二人きり。男女で夜に二人きり、すわセックスである。
ディープスはイケメン面であり、タッパも持ち合わせた美丈夫である。当然、既に女性経験は持ち合わせていた。だが実の所その全てを経験済みかと言われるとそうではなく、何と彼はそれらを踏まえた上で童貞のままであった。当然そこに理由は存在しているのだが、兎も角として彼は正に今、宿にてティティ少女に襲われんとしていた。
「何も、おかしくない」
強引に行けば良い。淫魔の混血である彼女が欲しいのはディープスとの甘い関係ではなく、男性器から摂取される魔力である。それにこんな事は今に始まった事ではない、いつもそうしてきたのだ。好きでもない、何の感情も抱けない相手を魅了し、後は男に任せれば良い。
彼女の能力を以ってすれば、密室に男子を連れ込んだ時点で既に勝ったもの同然なのだから。
だがしかし、幸か不幸か。
この時部屋に連れ込んだのは魔力的に優秀な、ある程度の魔力耐性を持った援護系魔法師であるディープスであった。部屋に入って間もないタイミングであれば、催淫への対策など何の対処の必要も無く彼はそれを無効化するだろう。無論、長引けば長引く程にその思考は蝕まれていく事は事実である。だが今の時点で言うのであれば、まだどうという事は無かった。それ故に、彼の頭は冴えていた。
「いや、蜜月な男女の交遊など例えその日の内に起ころうとも少しくらいは予兆があるだろう。そんな中お前ときたらなんだ」
「……」
「まるで話もしないままいきなりこれだなんて、幾ら何でもおかし過ぎる。今の所、違和感しかないぞ」
「……ッ」
ディープスのそれは正論そのものであった。彼は正しい、これではティティが淫乱の売女に他ならないのだから。彼女自身、体質の事とは言え軽率な行動には自覚的であった。だからこそ、真正面から核を突かれたティティは俯いてしまい、再び何も言えなくなってしまう。こればかりは何度経ようとも慣れやしない。
魔法師にはこういった手合いが往々にして存在する。
所謂堅物、そいつらは決まって彼女にお節介で無遠慮な説教をかましてくるのだ。やれ自分を大切にしろだの、やれお前は自暴自棄になっているだの、ヤリマンだの、他にやり方があるんじゃないのかだの、良かれと思っている風な辛辣な言葉の弾幕が彼女を貫き続けてきたのだ。それらの暴言を浴びせられる度に、彼女は小さく傷を重ねていた。故に、対策も済んでいる。
それは何も感じず、ただ待てば良いという、至極単純な解決法。何故なら彼女には魅了の力が在るのだから。例えどれだけ綺麗事を並べようとも、彼らはやがて私を抱かずにはいられなくなるのだから。どいつもこいつも一枚皮が剥けるだけで同じ面を見せるのだ。
幼い子供の様な彼女の身体に貪りついては欲を吐き出すゴミの様な連中。そんな講釈垂れ共にティティは嫌気がさしていた。
だからこそ其奴らは只の食糧として割り切る事が出来るのだ。彼女は【彼女に半端な好意を向けない人物】を割り切った上で喰い物にしていた。それによって【私は捕食している側なのだ】と自分を納得させているだ。どちらにせよ、彼女の真の胸中になど、誰も辿り着かないのだから。
口を開けば淫気が漏れる。
淫気に当てられた者はやがて魅了され、操り人形と化してしまう。そこに好意が在ろうと、悪意が在ろうと。何がどうあっても、彼女は孤独を免れないのだ。
コイツもどうせ……。
そんな風に考えていた彼女は、いつもの様にただ黙ってこの叱責を聞き流そうとしていたが、そこにきてディープスの放った言葉はー
「だからこそ、何かしら理由があるんだろ?」
「!?」
理解への歩みであった。




