温泉のたまごを育てたら、冒険の相棒ができました!
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
「これが温泉のたまごです」
差し出されたたまごは、大きさこそ鶏卵サイズじゃなかった。けれどメタリックに黒ずんだ色合いに加え、うっすら硫黄の匂いまでしていた。だから思わず聞き返した。
「温泉たまごってことだろ?」
「いいえ」
間髪入れず真顔で否定されたけどね。
「温泉のたまごです。孵すとご希望どおりの温泉ができるのです。ぜひがんばって孵してみてください」
そう言って、あやしい自称たまご売りは去っていった。
自分の家に、温泉があったらいい。あと戸別訪問たまご売りってなんだ。ただそれだけの軽いひやかし気分で訊いてみただけだったんだけど。
ものはためしと、教えてもらったとおり温めてみることにした。
最低でも30度には保つこと。温めた温度より5度から10度ほど高い温度になります、というから、人間の体温ぐらいならちょうどいいのだろう。
幸い殻が丈夫だったので、温め続けるには、腹巻きのポケットに入れておけばそれで十分だった。
まさか、孵るのに5年もかかったせいで、ぼくが極度の冷え性ってことにされるとは思わなかったけれども。
おまけに、孵るのがスライムだとは想像もしなかったけれども。
スライムにも刷り込みは起きるのだろうか。
鶉のたまごより小さなたまごから生まれたスライムはぼくに懐き、ぼくはラハデと名前をつけた。
ラハデは孵るなり、みるみる大きくなった。といっても、文化祭で買ったポーチにすっぽり入るくらいだけども。
ラハデは賢く、あたたかく、そしてとっても気持ちのいいやつだった。
コンパクトサイズなのにぼくの身体をすっぽり包んでくれる。そりゃ最初に包まれたときはびっくりしたけど。
寝ている間に顔以外は包まれていれば、大抵の人間は慌てると思う。だけど、寒そうだから温めてあげたと言われたら、同じ事が続いたら、感謝もするし慣れもする。
個人用携帯型温泉にもなるラハデは、いつもぼくといっしょにいた。
けれどいつしかくったりした様子を見せるようになった。ぼくは焦った。スライムの治療法なんて知らない。
転機はある温泉に連れていったことだった。ひょっとしてとお湯にいれてやったラハデは、みるみる元気になったのだ。
そうか、ラハデは温泉のたまごから生まれた温泉の幼生みたいなものなんだ。
そう悟ったぼくは、たびたび弱るラハデのために温泉を、それも効果の高い源泉を探し駆け巡った。
それが5年もの冒険の旅になるなんて、その時は思いもしなかったけれども。