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影を踊らす更待月 8.5話

様子を見にきたイルシーと諜報部員の会話。

 煌びやかな光あふれる空間。優美に流れる調べに乗せ、華やかな衣装がまるで咲き誇る花のように揺らめいている。


「見て、あのお二人。美男美女でお似合いよね」

「本当。わたくしたちでは敵いませんわ」

「コージャイサン様との関係も羨ましいですわ」

「あたくしもあんな風に信じて愛されたいわ」


 ——当たり前でしょう。


「エンヴィー嬢、なんとお美しい!」

「本日のドレスもとてもお似合いです」

「あなたの為なら私はあの男に決闘を申し込みます!」


 ——あらあら、困った人たちね。


 でも仕方がないわ。家柄も財産も美貌もわたくしほど持つ者は少ないもの。

 強い男も美しい男も地位や財産のある男も、その全てを兼ね備えた男も、わたくしは全ての人から愛される。

 そんなわたくしの婚約者はその全てを兼ね備えた将来有望なコージャイサン様。


「どうしました?」


「わたくし、あなた様の婚約者で本当に幸せですわ」


「そうですか」


 ——うふふ、ふふふふふふふふ。


 エンヴィーは笑う。うっとりとその美貌に見惚れて。その腕に抱きついた。


 そこへ、コツコツと響く足音。


『昨夜、急に悲鳴をあげたかと思えばずっと笑ってるんだ。どうやら気が狂ったようだ。会ったところで会話は出来ないぞ』


『あー、それは別に期待してねーから』


 ——あら、また誰か来たみたいだわ。


 足音はどんどん近づいてくる。


 ——わたくしにはコージャイサン様がいらっしゃるのに……みんなわたくしを欲しがるのね。うふふふふふふふふ。


 エンヴィーはワラっていた。満足そうに。


『ほら、この調子だ』


『ハハッ! 見事に狂ってんなぁ』


 男たちの会話にエンヴィーは笑う。酔いしれるように。


 ——うふふふふふふふ。そう。あなたもわたくしへの愛に狂ったのね。


『……おい、何する気だ』


『ちょっとなぁ』


 コツリ、と響いた足音。


 さて、誰が愛を乞いに来たのかと視線を向ければそこには闇夜の如き黒髪、翡翠の瞳の美青年——コージャイサン・オンヘイが立っていた。


 ——コージャイサン様?


 隣にもコージャイサン。目の前にもコージャイサン。どうして二人いるのなんて気にしない。いい男は何人いても良い。


 ——コージャイサン様、さぁ、こちらにいらして。


 甘えるように、媚びるように、名前を呼んだ。

 けれどもエンヴィーに向けられるのは冷たい瞳。


 ——なぜ、わたくしをそのような目で見るの? わたくしはあなたの婚約者なのに!


「あなたの愛は必要ありません。私が欲しいのはイザンバだけです」


 隣からどこまでも熱の篭らない翡翠がエンヴィーを射抜く。


 ——あら、こちらは偽物ね。わたくしを愛さないはずないもの。ああ、コージャイサン様。わたくしはここよ。


 懸命に手を伸ばす。けれども檻の向こうに立つ彼から向けられるのは同じくつれない翡翠。

 いや、もっと冷たい。もっと、もっと凍てつくような……そう。ゾッとするほどの————殺意。


「あ……あ゛ぁ゛あ゛あぁぁぁ゛!!!!」


 エンヴィーはその姿に発狂した。

 突然上がった奇声にここまで案内してきた諜報部員が耳を押さえた。


「うわ、うるせっ!」


 文句を垂れる諜報部員の横に立つのはコージャイサンに扮したイルシーだ。

 けれども二人の姿はエンヴィーには見えない。

 彼女の脳裏に焼きついて離れない光景。

 忌々しい氷の檻に阻まれて。エンヴィーの愛は届かない。


 ——わたくしに愛を、許しを、乞うことすらしなかった!


 氷の檻越し、愛しい人が微笑みを向けるのは別の女。抱き合う姿を何度も何度も何度も何度も何度も——見せつけられる。


 ——わたくしは何も悪くないのにっ!


 それなのにエンヴィー自身は忌々しい女が与えた炎で、彼が放った炎で焼かれるのだ。何度も、何度も何度も何度も何度も。


「あ゛あ゛ぁ゛ぁぁ゛あ゛ぁ゛あぁぁあ゛!!!!」


 エンヴィーは髪を振り乱し、顔を引っ掻き、割れた声を上げる。

 耳を押さえていた諜報部員からイルシーに非難の声が飛んだ。


「お前、そのカッコで何したんだよ⁉︎」


「何もしてねーっての」


「嘘つけ! おい、うるさいぞ! 黙れ!!」


 諜報部員が伸ばした警棒でその腹に打撃を加える。それでもエンヴィーの喉から狂った声が止まることはない。


「ゴホッ、おえ、おあぁあ゛、あ゛ぁ゛ぁあ゛……」


 まるで絶望の真ん中に落とされたようなエンヴィーの様子にイルシーの口角がニィッ……と上がる。

 血も凍るような冷たさと、愉悦を混ぜた不気味な笑みに諜報部員が思わずツッコんだ。


「おい……オンヘイ公爵令息の顔でそんな風に嗤うな」


「あ? ンな顔してたかぁ?」


 諜報部員の言葉にイルシーはムニムニと頬を引っ張った。それがまたコージャイサンらしくなくて、諜報部員は呆れてしまう。


「さっきの冷たい表情の方がよほど彼らしかったぞ」


「そりゃどーも」


 ニヤリと笑うその表情。様になっているがどこかコージャイサンとは違う雰囲気に、イルシーの素の部分が漏れ出したように諜報部員は感じた。

 二人がエンヴィーの方を見ると彼女はまた——ワラっていた。


「けひ、けひひひ、けけけ、けひひひひけひひひ!」


「あー、これはもうダメだな。完全に狂ってる」


 欲に狂って戻れなくなった女。さて、あと何日保つのだろう。

 哀れなその姿をイルシーは鼻で笑い飛ばす。


「ざまぁ」


 一言吐き捨てると牢に背を向け、そのまま立ち去った。


活動報告よりも少し手直ししてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] もうこれは、狂ってしまった方が彼女的には幸せ何ではないでしょうか
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