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影を踊らす更待月 7.5話

待つ者(従者たち)の心。

 イザンバが気絶するように眠りに落ちた後。

 早朝ではあるがジオーネはコージャイサンの私室へと足を踏み入れた。

 しかし、すぐに部屋の空気がおかしいことに気がついた。


「よぉ、ジオーネ」


「イルシーか。ご主人様に報告に上がったんだが、今はどちらに?」


 答える代わりにイルシーはそちらを指差した。

 そこはベッド。しかしそこには一晩で見慣れた異物の存在がありジオーネは声を上げた。


「生き霊⁉︎」


「へぇ、アレ生き霊なのか。って事はイザンバ様のとこにも来たのか?」


「そうだが……お前がついていながら何をやっている⁉︎ すぐにお嬢様をお連れして祓っていただくぞ!」


「しゃーねーだろ。コージャイサン様の指示だ」


「指示?」


 首を傾げるジオーネに面倒くさそうにイルシーが口を開く。


「あえて呪いを受けてヤツらの目的や商人のことを探ってくるってよ」


 一拍おいてジオーネから出たのは驚愕の声。


「はぁぁぁあ⁉︎」


 そりゃそーだ、とイルシーも肩をすくめた。


「なぜそんな無茶を! と言うか探るならお前が呪いを受ければいいだろう! 今すぐに代わってこい!」


 イルシーに詰め寄りながらさらりと身代わりを要求するジオーネ。しかし、彼からの返事はあしらうようなものだ。


「ンな事出来るかよ。お前が無茶言うな」


「それはお前の気合いが足りないだけだ!」


「あほか」


「しかもなんで二体も憑いているんだ⁉︎」


「さぁ。とりあえず後から来たヤツは主張がキモい。マジでキモい」


「は?」


 どんな主張だとジオーネが耳を澄ませれば入ってきたのはとても不愉快な声で。


「ソノ冷タイ視線デ射抜イテェェェ! ソシテ踏ンデェェェ!」


 ジオーネは表情を消すと谷間から瓶を取り出した。それは聖水の入った瓶だ。


「お嬢様のところだけでは飽き足らずこちらにまで……この変態がっ! 二度と日の目を拝めないようにしてやる!」


「おい、やめろ。どんな呪いなのか俺らには分かんねぇんだ。下手に手を出してコージャイサン様が戻れなくなったらどうする気だ」


 しかしそれをイルシーが止めたのだ。

 物理攻撃が効かず、かと言って今あるのは聖水一本と護符が一枚。これだけで必ず救えるかと言われればそうではない。ジオーネが悔しそうに唸った。

 そんなジオーネと対照的にイルシーはいつもと変わらない。


「ま、コージャイサン様なら大丈夫だ。すぐに派手にブチかまして戻ってくるって。アレほんとえげつねーから」


「ヴィーシャもそう言っていたがそんなになのか」


「ああ。エグい」


 イザンバの聖なる炎も美しく浄化の力も確かであったが、さて彼女の主はいかほどなのか。今度拝ませていただきたい、とジオーネは密かに願う。


「しかし……お嬢様になんと言えば……」


「イザンバ様には言うなよ」


 苦悩するジオーネに返されたのはどこか厳しさを纏ったイルシーの声。当然ジオーネは疑問を抱いた。


「なぜだ?」


「アレはコージャイサン様と心中したいヤツなのかもしんねぇんだぜぇ? ここにイザンバ様が来ても火に油を注ぐだけだろ。つか、二人して呪われたらそれこそ大目玉食らうっての」


 いくらイザンバが祓えても、コージャイサンのこの姿を見て動揺しないわけがない。

 そうなれば昨夜と同じように祓えるかと聞かれてもジオーネとて答えに窮する。


「そうだな……ならばせめてこれ以上増えないように退魔グッズを置いておこう」


「……ソレ効果あんのかよ」


「任せろ! 昨夜で実証済みだ!」


「そーかよ。そりゃ頼もしいわ」


「ふはははははは! 生き霊どもめ、貴様らの好きにはさせんぞ!」


 そう言ってジオーネは鼻息荒くコージャイサンの周りを囲うように聖水を蒔き、ベッド際の窓に護符をペタリと張る。

 イルシーはそれを呆れたように眺めていた。




 さて、翌日の夕刻。今度はヴィーシャがやってきた。


「あら、あんただけ? ファウストとリアンは?」


 コージャイサンの部屋に待機しているのはソファーに寝そべるイルシーのみ。彼はヴィーシャの方に顔を向けるとだらりとした調子で返した。


「仮眠中」


「そ。……まだお目覚めになってへんねな」


「おう」


 ベッドを眺めるヴィーシャの麗しい顔が陰る。しかし、コージャイサンに纏わりつく黒い影、部屋の端に蠢く黒い動物、それらを鋭く睨むとまるでそれ以上進むなと言うように、境界を作るように護符を張りはじめた。

 イルシーは体を起こしながら彼女の背に問う。


「……で、ソレはなんだよ」


「何て護符やで」


 追加で貼られた四枚の護符。それを見てイルシーは口をへの字に曲げるではないか。


「イザンバ様に言ったのか?」


「言うてへんわ。せやけど自分とこに呪いが来たんやったらご主人様のとこにも来てるてちょっと考えたら分かるやろ。案じてはったわ」


「はっ、自分の心配してろっての」


 イルシーはどこか馬鹿にしたように鼻で笑うと首の後ろで腕を組む。

 そんな彼の顔面に向かってヴィーシャが小袋を三つ投げた。もちろんしっかりと鷲掴みにされたわけだが。

 なんだコレ? と怪しむイルシーに彼女はこう言った。


「それはあんたらの分。ちゃんとファウストとリアンにも渡しといてや」


「は?」


「お嬢様特製のお守りや。護符作ってお守り作って魔力切れでまた気絶しはったわ」


 しゃあないな、と言うがヴィーシャの表情は柔らかい。

 渡されたのはそれぞれのイニシャルの刺繍が施された香り袋のような小さな袋。

 ——災厄が降りかかりませんように

 そんな願いを込めて作られたお守りだ。


「何やってんだか」


 イルシーも呆れを見せるがその口の端は持ち上がっている。

 無事を願われることに慣れていない彼には大変こそばゆい贈り物。けれどもそれは同郷のヴィーシャたちも同じこと。


「お嬢様も自己満やとは言ってはったけどな。あんたらかてご主人様のそばにいるんや。呪いを受けへんとも限らんのやから」


「ンなヘマしねーし」


「さよか。ま、醜態晒さんよう気ぃ付けや」


 なぜか余裕を見せ付けるヴィーシャにイルシーの苛立ちが募る。


「つか、報告しにきたんじゃねーのかよ」


「いつお目覚めになるか分からんから報告書にしたる。あんたも読む?」


 読む、という返事の代わりにイルシーは手のひらを出した。横着にも程がある。

 そんな彼にヴィーシャは報告書を手渡すと、そのままズイッと距離を詰め、顔半分を隠すフードを払おうと手を伸ばす。

 しかし、その手はイルシーに拒むように強く掴まれた。それでもなおヴィーシャは顔を近づける。

 それは口付けにも似た距離。しかし漂うのは甘さのないピリリとした空気だ。


「あんた、寝てへんやろ。待つんも体力仕事やで。寝れへんねやったらウチが寝かしたろか?」


「うるせー。一日二日寝なくても問題ねぇし。余計なお世話だっつーの」


「遠慮せんでええで。丁度ここに新しく調合したやつがあんねん」


 ニコニコと薬を取り出すヴィーシャをイルシーは手であしらう。そのまま頬杖をついてベッドの方に視線を向けた。


「見てるしか……待つしか出来ないってのは……」


 歯痒い、と。声にならない思いをヴィーシャは掬う。


「せやな」


 ところが寄り添うような声から一転。ヴィーシャが過去を責めるような、見えた隙を突くような意地の悪い表情になった。


「あんたは今までは、それこそ里にいた時からずぅーっと一人で好き勝手やってきてたからなぁ。ウチらがどんだけ振り回されたことか。言うて今もそんな変わらへんけど、まぁご主人様にだけいい子ちゃんしよるから腹立つわぁとか思てへんで。ご主人様に絶対服従なんはウチらもやし、何やったらご主人様とお嬢様に振り回されてざまぁみろとかも思てへんで。ウチそんな器のちぃちゃい女ちゃうし」


「あー、マジでうるせー」


 鬱陶しい、とイルシーは片耳の穴を指で塞ぎ彼女の声を遮った。

 短期決戦型で単独行動を好み、同郷の仲間を振り回すイルシーだが主とその婚約者には敵わない。以前の彼ならば待つ事自体しなかっただろう。彼もまた変わったのだ。


「ほな、戻るわ。あんたも根詰めすぎんときや」


「へいへい」


 部屋を去るヴィーシャにイルシーはひらりと手を振った。

 そして部屋の外、沈みかけの夕日の中、廊下の角を曲がったところでヴィーシャの声が彼らに届く。


「ファウスト。アレ、ちゃんと寝かしたってや」


 そこには仮眠をとっていたファウスト。


「世話をかけたな。いざとなったら締め落としてでも寝かせるつもりだ」


 そしてリアン。


「それって気絶って言わない?」


 ファウストの発言にヴィーシャとリアンは呆れを見せる。


「休めればいいだろう」


「まぁイルシーだからいいけどね。うっかり折っちゃダメだよ」


「うむ……気を付けよう」


 雑な扱いのようだが、そうでもしないとイルシーはきっと休まない。ここは加減がなされる事を祈ろう。ヴィーシャとリアンは揃って肩をすくませた。


「一応コレ渡しとくわ」


「助かる」


 ヴィーシャから手渡された薬を受け取ったファウストは、さてどのタイミングで盛ってやろうかと思案する。

 だが、盛ったところでイルシーの事だ。すぐに気付いて捨ててしまうところまで想像出来てしまい彼は苦笑を浮かべた。


「リアンも寝にくいんやったら使いや」


「うん」


 まだ少し手のかかる弟分にヴィーシャはそう言うが、リアンは考え込むように俯いていた。そしてボソリ、と呟いた。


「ねぇ……主、ちゃんと戻ってくるよね? いつもだったら瞬殺なのに。このまま呪いに負けて目覚めないなんてこと、ないよね?」


 俯く彼からこぼれ落ちたのは不安か涙か。


「当たり前やろ」

「当たり前だ」


 けれども、不安は即座に拾い上げられるではないか。

 自信に満ちた声にリアンは理由を求めた。


「ご主人様はちゃんと戻ってきはるわ。お嬢様がお待ちなんやからな。それにせっかく両思いになったのにこのままやと死んでも死にきれんはずやで」


 そんなヴィーシャの言い分にファウストも続く。


「あんなものに負けるようなお人ではない。リアンも主の強さは知っているだろう? 我々は主が戻られた時にいつも通り動けるように整えて待つんだ」


「……うんっ!」


 二人の言葉にリアンも不安を堪えて頷いた。

 見守るような顔をしていたヴィーシャの視線がチラリと曲がり角の向こうに走った。それに気付いたファウストが一歩足を進めると立ち所に消えた気配。

 苦笑する二人にリアンが一人首を傾げた。


 待っている。彼女が、彼らが、みんなが待っている。

 また夜が広がる。深みを増す闇色の中、彼らは持ち場に戻った。

活動報告よりも少し手直ししてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうですね、なにもできずただ見守る事しか出来ないって不安で苦しいですよね
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