ツボに入るか、沼にハマるか 3.5話
イルシーとヴィーシャの雑談。
コージャイサンの命を受け、ファウストたちと合流すべく歩き出したイルシーとヴィーシャ。
隣を歩く男を見上げるようにヴィーシャが口を開いた。
「なぁ、イルシー。さっき伯爵がチラっとゆうてたお嬢様のお兄様。ウチはクタオ伯爵令息を見かけたことがないんやけど……あんた、ある?」
「ああ、兄君なぁ。ここ二年は領地に居るから俺も会ったことねーよ」
「え? そうなん? お兄様は引きこもりなん?」
「いんや」
首を振るイルシーにヴィーシャが首を傾げる。引きこもりではないというならなぜ二年も顔を出さないのか。
「兄君はさぁ、イザンバ様と違って正真正銘見た目も中身も平凡な人らしいけど、だからここに居られないんだとよぉ」
「どういうことや」
「兄君の婚約者は三回変わってんだよ。整うまではいいが、すぐ蔑ろにされるから社交も女もこりごりなんだと」
婚約が三度も破談になる。これ自体中々に珍しく、伯爵令息に何か問題があるのではと思われるだろう。
だがここまで聞いてようやくヴィーシャは納得した。
「ああ。婚約者になったご令嬢がご主人様の方に乗り換える足掛かりにされてうんざりしたってことやな」
「そ。以来すっかり女性不信だし、別方面に目覚めたんじゃないかって噂されてるけど。領地経営もそれなりにやってて、こっちに居ないからって損害があるわけでもねーし。俺たちがわざわざ会わなくてもいいんじゃね?」
その破談の一端がコージャイサンなのだ。
何かと理由をつけて兄妹の、それも婚約者を含めての交流を乞われれば、平凡と言われようとも兄本人とて気付くというもの。
それならばいっそ、と二人が落ち着くまで領地に居ることを選んだのだ。
くしくも今回のコージャイサンの宣言で彼の状況も変わるかもしれないが。
「ふーん。ゆうてお二人は結婚すんねんし、うちらがご主人様に仕えてたらそのうち会うやろ」
挨拶はその時にでも、と軽い調子のヴィーシャに早くもイルシーがうんざりしたような声を出した。
「手ぇ出すなよ。後始末、面倒だからなぁ」
「あんた……ウチのことなんやと思てんの」
「あ? そりゃ男を誑かす悪女だろぉ?」
その発言にヴィーシャが抱いた苛立ちは強めに肩を叩いた景気のいい音で発散する。
「おい……」
「ほんま、やかましい男」
いくらヴィーシャと言えど主の奥方の兄を誑かしたりはしない。…………多分。
活動報告よりも少し手直ししてます。