花みつる日常 2.5話
従者たちの会話。
イザンバが出迎えのキスを失敗した時。
何も知りません、何も見ていませんとばかりにすまし顔をしていたヴィーシャだが、隣にいたジオーネが同郷以外には聞こえない音で話しかけた。
「ヴィーシャ。なぁヴィーシャ」
「なんよ?」
「ご主人様がこっち見てる」
「嫌やわぁ。知らんぷりしてんのに言わんといて」
「いや、だって……すごいぞ?」
何があったと問う主人の圧に、それでも二人はすまし顔を保つ。
「若奥様にも困ったもんやなぁ。一発でキメれるとは思てへんたけど、もぉちょい隠すなり誤魔化すなりしてくれへんと。ウチらとばっちりやないの」
「若奥様には無理だろう。どうする? 言うか?」
「せやけど若奥様が頑張った時のご主人様の喜びよう知ってるしなぁ。若奥様もあの表情、直で見たいと思うねんけど」
別に疚しい事をしているわけではない。側付きたちの勢いに押されたとはいえ、出迎えのキスをすると決めたのはイザンバ自身だ。
その結果、主人が喜ぶ事はまず間違いない。
また以前イザンバが言い逃げしたせいで見ることがなかった貴重な表情を、今度こそ彼女自身が見る事が出来るかもしれない。
上手く事が成せば双方にとっていい事でしかないのだが、いかんせん今はイザンバの素直さが仇となっている。
「あ、ヤバい……圧が増した……!」
「流石ご主人様、若奥様に気付かせんとこっちだけ威圧してはるわ」
「……くっ、若奥様、ここは頑張ってご主人様の気を引いてくれ!」
しかし、そう長くかからずにコージャイサンはあっさりと威圧感を引っ込めた。
二人はそのまま食堂へと向かったようで、ヴィーシャとジオーネは揃って息を吐き出した。
「あー怖ぁ。みてみ、さぶいぼ立ってしもたわ」
「分かる。あたしもまだ寒気が止まらない」
肝を冷やすとはまさにこの事だろう。二人は一秒でも早く元に戻るように自身の腕を撫でさすった。
さて、主人夫妻が寝室に引っ込んでからは隣室で待機しながら情報共有をしている従者たち。
「で、今度は何言って唆したんだぁ?」
「藪から棒になんよ」
「イザンバ様の言動のおかしさはお前らか原因だろぉ?」
ニヤニヤと口元で弧を描きながらイルシーが女性陣に問うと、リアンとファウストも苦言を呈した。
「なんかするなら先に言っといてよね」
「急な威圧は心臓に悪い。見逃してくださったから良かったものの一体何を企んでいるんだ?」
ジオーネとヴィーシャはちらりと視線だけ交わすとその顔面を微笑みで覆った。
「企みというほどではないぞ? 若奥様が見送りを出来ていない事に落ち込んでいる事は知ってるだろう?」
「ちょーっと頑張っておかえりのキスしてみぃって言うただけやで」
うふふ、と笑う二人に対して、男性陣も理解はしたが納得はしていなくて。
「あー、だからあんなガチガチだったんだ」
リアンはイザンバの態度の固さに。
「イザンバ様に出来るとは到底思えんが……」
ファウストはイザンバの性格を知るが故に。
「つか、コージャイサン様はそこ分かってヤッてんだから気にする必要ねーだろが」
イルシーはコージャイサンの真意を知るが故に。
イザンバが見送りができない事を気にしている事はコージャイサンも分かっている。
——まだゆっくりと寝かしてやりたい
——起きてその瞳に自分を映して欲しい
毎朝飽きる事なく新妻の寝顔を眺めている主人の指先が、矛盾する思いを抱えたまま静かに彼女に触れている事は従者たちには知れている事。
「そやねん、ウチらはそれ分かってるけどなぁ」
「若奥様はそうは思っていないってだけだ」
毎朝しょんぼりとしている姿を見るとどうにもその背を押したくなる、と彼女たちは言う。
だがしかし、それはそれ。これはこれ。リアンは唇を尖らせた。
「だからってそんなすぐ出来そうにない事言わなくてもさー」
「そうだな。せめてもう少し軽いものから……いや、これ以上軽いもの……リアン、何かあるか?」
「なんで僕に聞くの? イザンバ様に出来るのなんて手を繋ぐくらいじゃないの?」
「いや、そこまで初心では……いや、うーん」
真剣に悩み始めたファウストだが、どれだけ男性陣が文句を言おうともすでに賽は投げられた。
「あんま焦らすと俺らに皺寄せがくんだからちゃんとケツ叩けよぉ」
こうなったらしっかり世話をしろ、とイルシーは言うのだが、彼女たちはにっこりといい笑顔。
「お前たちなら大丈夫だ。頑張れ」
「アンタらならなんぼでも耐えれるって信じてるわ」
ジオーネは元気よく親指を上げ、ヴィーシャは甘い声で囀るが、まぁ彼らに効くわけもなく。
「けっ、白々しい」
「丸投げやめてよね」
「イザンバ様、どうか早めにお心を決められますように」
さてさて、彼らにとばっちりが降りかかる前にイザンバは行動に移せるのか。
ファウスト同様一刻も早く彼女が腹を括る事をただただ祈るばかりである。
活動報告よりも少し手直ししています。




