時待つ花は千種なり 5.5話
クタオ兄妹とヴィーシャ、ロイドの会話。
廊下にて。ジンシード姉弟の声が聞こえたロイドは今し方出てきた部屋の方を振り返った。
「ヤダァー、また喧嘩? あの子たちにも鎮静効果マシマシ必要だったかしら?」
怒髪天を衝いていた両親に対して効果を発揮した鎮静効果マシマシ。しかし姉弟には普通に治癒魔法をかけただけ。気にするロイドにクタオ兄妹はクスクスと笑う。
「大丈夫ですよ、あの二人は。本当に仲が悪いところは会話どころか顔すら合わせませんから」
「私もそう思います。弟さん、口は悪いかもしれないけど相手がカティンカ様だからって感じだし」
「ね。むしろ僕たちが居たせいで二人とも余計に怒られてる感じになっちゃって申し訳なかったな」
「そうですね。アレはちょっとびっくりしましたけど。痛そうでしたし」
そう言ってイザンバは思わず口元に手を当てた。ああいった止め方を以前にも見た事はある。あの時は同性の友人同士であったが、異性であっても変わらずに振るわれるとその時よりも痛そうに感じるのは何故だろう。それにしても叩く側はみんな実に容赦がないな、とイザンバは思った。
ロイドからすれば防衛局内でそういったことは日常茶飯事である。なんならどこかの誰かが総大将にゲンコツを落とされて運ばれてくる方が頻繁で、更には重傷である。
しかし、ジンシード姉弟は騎士でも魔術師でも研究員でもなく貴族子女。その振る舞いはよろしくない。
「まぁ喧嘩するほど仲がいいとも言うけど……カティンカちゃん、最初から隠してる感じなかったけどアレはアタシが煽ったせいよね〜。ちょっとヤりすぎちゃったかしら……?」
「白衣のくだりは随分と攻めてるなーって思いました」
「ヤダァー、バレてたのね〜」
アーリスが少し笑いを含めて言えばロイドはぺろりと舌を出した。
「カティンカ様には今度改めて私からお詫びしたいと思います。ロイ姉様、色々お気遣いありがとうございました」
「アタシが気になってお節介焼いただけよ! 火の天使とイザンバちゃんは別物だもの。そこ一緒にされるのちょっと悲しいでしょ?」
茶目っ気たっぷりのウインクと共に明かされた気遣いにクタオ兄妹に感謝の念が湧き上がる。
「ありがとうございます。良かったね、ザナ」
「お兄様もでしょう? 火の天使のお兄様って呼ばれてたし」
「あー、ね。まぁそれも今更だし」
「どういう事ですか? もしかして他にも言われてたんですか?」
「え? あー……ほら、あんまり言いたくないんだけど元婚約者の子たちとかね?」
イザンバが察するにはそれだけで十分だった。
アーリスの肩がぎくりと揺れる。淑女の微笑みを浮かべる妹の、けれどもどこかいつもよりも迫力が増したその微笑みに駆り立てられたのは焦りか後悔か。
「ちょっと今からパーティー会場でアイネ様たちとお兄様のいいところを話してきます。アイネ様たちの噂の情報収集力もすごいからきっと逆もすごいですよ」
「わぁ、頼もしいー! って待って待って! ここでその行動力を発揮しないで! 次期公爵夫人が言ったことなんてすぐ噂になるでしょ⁉︎」
「安心してください。それを狙ってます」
「狙わないの! それにそういうのはぐちゃぐちゃーってしてポイってするのがいいんでしょ? それにまたご令嬢たちに囲まれるのはちょっと怖いから……それはやめてくれると助かるな」
お願い、と手を合わせる兄にイザンバは小さく息を吐き出し了承した。
「…………分かりました。確かにさっきも今までにないくらい囲まれてましたもんね」
「兄君はお優しいですから中々ご令嬢方を振りきれへんようでしたし。変に増長させへんよぉに気付けてください。ご主人様のように一切期待させへんのもある意味では優しさですよ」
ヴィーシャの言葉にアーリスは軽く苦笑いする。今まで囲まれる事がなかっただけに対応に苦慮しているのはバレバレだったようだ。
「うふふ、いいわね、ぐちゃぐちゃーってしてポイッ! そういう子は例え意中の人がいたとしても肝心の人には相手にされないって言うのも鉄則だから大丈夫よ!」
ロイドに言われて、確かに相手にされていなかったな、と兄妹は思った。コージャイサンは婚約者の兄の婚約者にも他と変わらず安定の無糖対応だったのだ。
ここで、パンっと注目を集めるようにロイドが手を叩く。
「そうそう! あんな流れになっちゃったけどイザンバちゃんに遊びに来て欲しいのは本当よ! 待ってるわね!」
「はい、コージー様と相談してから伺わせていただきます」
「あら〜一人で来てくれても全然いいのよ。旦那がいたら話せないこともあるでしょうから」
ニヤニヤと笑うロイドにイザンバはきょとんとした表情だ。
「コージー様に聞かれて困る事はないんですけど……」
「ええー! ないの⁉︎ 誰にだって秘密の一つや二つや三つくらいあるものよ⁉︎」
「いえ、特には」
今更知られて困る事はない、とイザンバは言う。まぁオタバレもとっくの昔に済んでいるのだから当然か。
しかし、ロイドはそれを別の意味で捉えた。
「オンヘイ公爵家の嫁として純粋培養過ぎない? イザンバちゃん、なんでも話す事や見せる事だけが信頼じゃないからね。ちゃんと自分の尊厳も大事にするのよ」
「え? はい。してます。大丈夫です」
「無理しちゃダメよ。アタシで良かったらいつでも話聞くからね! ちゃんと来てね! 約束よ!」
「はい、ありがとうございます」
何故そんなに心配されているのかイザンバは本気で分かっていないようだが、コージャイサンが思考を読める事を知るロイドにしてみればどちらの負荷を考えても心配の種になるらしい。
「まぁコージーはザナが嫌がる事は絶対しないし、大抵のことは受け入れちゃうもんね。キミから見てどう?」
「お二人とも譲れへんとこはちゃんと言うてますし、秘密はなくても分別はおありかと。例え秘密があったとしてもご主人様が若奥様に対して一等甘い事には変わりありませんからその秘密ごと愛されますわ」
ところが花嫁の兄と花婿の従者は全く問題視していない。むしろそれを聞いた事によってロイドは変に納得できてしまったくらいで。
「っ——ああもうっ! これだからオンヘイ公爵家の男はぁぁぁ!」
才能以外にもよく似た父子の確かな血筋に頭を掻きむしった。
そんな中、ヴィーシャの視線が兄妹に向く。
——ま、ウチは若奥様も兄君も大概やと思うけど……。
コージャイサンに対する絶対的な信頼と、そして無条件に彼の願いを叶えようとするところが。
——揃いも揃って懐に入れたもんには甘いんやから……。
そんな風に思う彼女もそういったタチなのだが、案外自分の事はわかっていないものである。
活動報告より少し手直ししてます。