蜜月の一対 5.5話
従者たちと側付きたちの会話。
図書室の外、なんならもうちょっと気を遣って離れた廊下の曲がり角。彼らはこっそりと息を吐いた。
「はぁー……急に本気でイチャつくのやめてくれよなぁ」
うんざりしたように言うイルシーに、ジオーネは主人の対応の差を思い返した。
「やっぱり結婚前や旅行中は配慮されてたんだな」
「ほんまそれ。二人も中々早かったやん」
それこそヴィーシャは侍女にしては素早い動きを見せた二人に賛辞の拍手を送った。
「うふふ、このくらいなら私たちも余裕です」
「若様のご寵愛の深さは理解していますから」
リンダはドヤ顔で、ヘザーも当然とばかりに微笑んだ。
ふと、図書室に視線を向けてジオーネが言う。
「そういえばここの本は増え続けるけど誰が管理するんだ? 専任がいないようだが」
「司書の事言うてんの?」
「そう、それ」
掃除は使用人たちがしているが、蔵書管理となるとまた必要な能力が変わってくる。
女性陣から答えを求められたイルシーがため息を吐いた。
「適任者が見つからなかったんだよぉ」
「適任って司書の資格かあればいいんだろ?」
「それは大前提。その上で俊敏性のある司書がいねぇ。お陰でファウストとリアンが調査に走り回ってる」
「あー」
ジオーネとヴィーシャから納得の声が上がる。
イザンバが図書室に入り浸れば当然コージャイサンもやってくる。そうなれば今日のように突然甘い雰囲気になる事も多々あるだろう。
その時、司書が読むべきは文字ではなく空気である。
つまり仕事に夢中になるあまり周りが見えないのは言外。お邪魔虫は退散とばかりにその場を去る反射神経と運動能力を併せ持った司書というのが、これまた見つからないのだ。
「照れてる若奥様もお可愛らしいですけど、いい雰囲気をぶち壊したら……ねぇ?」
同意を求めるリンダにヘザーがこくりと頷いた。
「邸内が冷えるくらいなら私たちも耐えますけど。世の中には鈍感な方も対人スキルが低い方もいらっしゃいますし」
「勝手なイメージですけど、司書ってどんくさ……ゴホン。インドアな人多そうですよね」
「アンタらも言うねぇ」
イルシーが意地悪く歪ませながら言うが、すでに邸宅の冷えを経験済みであるが故にリンダとヘザーも求める水準が高くなる。
その時、ヴィーシャはふと閃いた。
「若奥様が司書したら解決ちゃうの?」
蔵書を把握しているが、イチャイチャの相手なので素早く動く必要はないのではないか、と。
しかし、イルシーはその案を鼻で笑い飛ばす。
「その案はとっくにボツになってる。それだとイザンバ様が動けねー期間に結局他に人手がいるし、コージャイサン様はただでさえ忙しいから代わりは無理だしなぁ」
「ほな無理やわ」
「諦めんの早ぇだろ。ま、猶予が延びんならいいんだけどなぁ」
公爵令嬢からの招待に主人夫妻がどう答えを出すのか。思案するイルシーをよそにソワソワとしながらリンダが図書室の方を覗き見る。
「ところでいつ戻れます? 暫く無理そうですか?」
「お召替えは必要かしら?」
その上からヘザー、そして横からジオーネが覗く。
「防音魔法が張られてたらいるだろうな」
「イルシー向こうの音拾て」
「やなこった」
ヴィーシャが頼むもイルシーはこれを拒否。いくら敬愛する主人夫妻とは言え、万が一防音魔法が張られていなくて睦言が聞こえたらどうしてくれる。
しかし、そんな事は口にはせずに彼が懐から出したのは改良版伝達魔法の小さな水晶だ。
「必要なら呼ばれる。お前らは大人しく待ってりゃいいんだよぉ」
そう言って水晶を指先で起こした風の中で浮かび遊ばせた。
そうは言われても側付きたちは手持ち無沙汰である。そこへ少年の声が飛び込んできた。
「あ、イルシーみっけ! ……ってみんなしてこんなとこで何してるの? 主は?」
「お子ちゃまはこれ以上立ち入り禁止だぜぇ」
「はぁ?」
苛立ったリアンだがその先にある場所にピンと来たのだろう。
「それなら今は時間があるな。司書を何人か見繕ってきたから主に報告する前に意見をくれないか?」
そう言ってファウストが見せたのは写真付きの報告書。
さて、意見を求められた彼女たちは一様に視線を走らせた。
「若奥様の利用率を考えると男性よりも女性の方がいいでしょうね」
と、ヘザーが男性を却下。
「体が弱い方に公爵家でのお勤めは厳しいですね」
と、リンダが病弱な若い女性を却下。
「年齢が上すぎると素早く動けないだろう」
と、ジオーネがご年配を却下。
「この人短い間で職場変えすぎやろ。絶対難ありやん」
と、ヴィーシャが職歴が多すぎる人を却下。
そして全滅である。ファウストががっくりと肩を落とした。
「今回もダメか……」
「ねーぇ、司書決めるのって難しすぎない⁉︎ そもそも資格持ってる人を探すのが大変なんだよ⁉︎」
「イルシー、お前はどう思う?」
地団駄を踏むリアンを宥めながらファウストはイルシーに話を振った。
「あー? もうお前らがやりゃいいんじゃね?」
「「無理だ」」
「「無理です」」
「無理やわ」
「無理だよ」
なんと綺麗な六重奏だろう。だが、イルシーは自分で言ってそれこそが妙案な気がした。公爵家の使用人ならば後は資格を取らせるだけで済むのではないかと。
まだ話し合っている面々を尻目に、イルシーは使用人の顔を思い浮かべながら向いている人間がいないか思考を巡らせ始めた。
透き通ったままの水晶が軽やかな鈴の音を発するまで、あと——分。
活動報告より少し手直ししてます。