咲き誇る花に誓いのキスを 終.5話
結婚式 当日夜
イルシーとクタオ伯爵家使用人たちの会話。
伯爵夫妻と令息が帰宅し全ての業務が終了した夜更け。クタオ伯爵邸の使用人棟ではシャスティの語りとケイトが撮った写真を肴に大盛り上がりの宴会真っ最中である。
「お嬢様、本当に綺麗ね」
「昔はあんなお転婆さんだったのに……」
「今も変わらないでしょ。昨日も鬼ごっこしてたじゃない」
「確かに!」
「あのバカデカい火の天使には驚かされたなぁ」
「今日のはちまっとしててお嬢様らしいよねー!」
「そういえば昔はさー……」
お仕えする令嬢でありながらも親しみやすさがあったからこそ情が湧く。語られる思い出話は尽きない。
そこへ近づく一つの足音。
真っ直ぐに宴会の場に向かってきたその音の主が姿を見せた瞬間——全員が目を瞠った。
ウエディングドレスを身に纏った彼女は写真の中の姿と一切違わず、ぐるりと辺りを見渡すとニッコリと微笑んだ。
「お嬢様ぁぁぁ!!!???」
三拍置いて全員の口から飛び出した大絶叫。
「え、なんでなんでどうして?」
「今日結婚式だったよね⁉︎ え、もしかして夢だった⁉︎」
「そんな馬鹿な!」
パニックが起こる中、カジオンが真面目な顔で言った。
「まさか……初夜から逃げ出した……?」
「それダメなやつー!!!」
ダメなやつだが、相手的にも時間的にもそんな事は絶対に有り得ない。
カジオンの顔には一切出ていないが、その発言にはそれなりに酔っている事が伺える。そして、お嬢様ならやりそうだと思っているあたり他の者たちも大概酔っ払いだ。
そんな混沌とした空気の中でシャスティがぽつりと言った。
「違う」
「え?」
目が据わっているのは酒のせいだろうか。ズンズンとウエディングドレスの彼女に近づき、その顔をじっと見つめた。
「やっぱり……——お嬢様じゃない!」
「シャスティ何言ってるの⁉︎」
「いくらメイクを真似ても私の目は誤魔化せません! お嬢様は今日の為に磨きに磨いた玉のように美しい肌! キューティクル増し増しの艶髪! アナタ…………イルシー・カリウスね!」
「えぇぇぇぇぇ!!!???」
いっそ堂々と言い切ったシャスティに再び全員が驚いた。しかし、見極めポイントがなんともシャスティらしい。
注目に晒されながらも微笑みを崩さなかった彼女だが、ゆっくりと瞬いた後、ニィッと口角を上げてこう言った。
「ハッ。今回は気付けたみてーだなぁ」
イザンバの顔で、イザンバの声で、イルシーが笑う。
「わぁー、お嬢様の顔でその喋り方は違和感しかなーい」
そのあまりの違和感にケラケラとケイトが笑えば、驚きながらもつられる使用人たち。
ところがシャスティは本物の花嫁姿を見ているからこそキャンキャンと噛みついた。
「なんでアナタがそのウエディングドレスを着てるんですか!」
その問いに彼は地声で答える。
「これはイザンバ様のじゃねーし。コージャイサン様がサプライズする為に用意した試作品だぁ」
「え。じゃあ、もしかして……」
「お嬢様がドレスが違うって言ってたのは…………本当だった?」
顔を見合わせたシャスティとケイト。あの時は信じていなかったが、まさか本当だったとは……。
今ここにはいないお嬢様に「ごめんなさい」と詫びた。
「それで、どうしてその格好でここに?」
尋ねるカジオンに、イルシーはまた口角を上げた。
「アンタもそうだけどほとんどのヤツが見られなかっただろぉ? 流石に本人は来れねーからなぁ。我が主に感謝してよーく見ておけよぉ」
そう言って瞼を閉じた。
再び瞳が見えた時、そこにあった表情はイザンバのもの。それは写真よりも鮮明で、繊細で、優美で。
たとえ正体が別人でも、ふわり、ふわり、とドレスの裾を揺らして回る姿はしっかりとイザンバの姿と重なって。
——ありがとう
そんな声が聞こえた気がした。
誰かが鼻を啜れば、その数は次第に増えていったが、それでも皆笑顔でその姿を見つめる。
花嫁はおもむろに白い花弁を撒くと、風で遊ばせた。
ふわり、ふわり、と白い花吹雪の中で花嫁が踊る。
幸せそうな表情はきっと——あの瞬間の模倣。
最後、一際強く風が踊った後、花嫁の姿はもうそこにはなかった。まるで幻のように跡形もなく。
皆がじんわりと余韻に浸る中、シャスティが部屋を見て目尻を吊り上げた。
「ちょっと! 散らかしたならちゃんと片付けて行きなさいよ!」
「あはははは! シャスティってばそれ言ったら台無しー」
何度見たって胸にくるお嬢様の嫁入りの姿。泣き笑いながらケイトが花弁を一枚拾った。
「いい匂い……ブーケに使われていたのと同じ白バラかなー?」
「成る程。ではお嬢様からいただいたお守りに入れておきましょうか」
「いいですねー!」
カジオンの案にケイトはすぐさま乗った。
すると、俺も、私も、とみんながどんどん拾っていくではないか。
「シャスティー、いらないのー?」
「っ〜〜〜、いる!」
悔しいが彼の演出は使用人たちを間違いなく喜ばせた。丁寧にお守りの中に花弁を仕舞うその表情は柔らかく優しい微笑み。
シャスティの隣に腰を下ろしたケイトが明るい声で言った。
「若様がご結婚されたらまた宴会しようねー」
「するに決まってるでしょ! みんなで花嫁様を大歓迎よ!」
「そうですね。ですが、今日はお嬢様のご結婚を祝って……乾杯!」
「カンパーイ!!!」
カジオンの音頭に皆が祝福の気持ちを込めて杯を掲げた。
この邸に訪れる寂寞。けれどもいつの日か必ず——また明るい笑い声に満たされるだろう。
活動報告より少し手直ししてます。