ナイトメア・マーチ 9.5話
パパ上たちの雑談。
まるで台風一過のような部屋の中。
崩壊は免れたとは言え王はその惨状に頭を痛め、ミハイルは両団長への請求額を嬉々として計算し始めた。
そして、頭にたんこぶ、眉間に深い皺となんともアンバランスな様子のグランが誰ともなしに問いかけた。
「そう言えば、イザンバ嬢への襲撃も『商人』が絡んでいるのか?」
「令嬢の醜い嫉妬心を利用されたってことでしょ。コージャイサンもこの前の舞踏会では随分と見せつけたみたいだしね?」
舞踏会の様子を思い出し、同じくたんこぶをつけたレオナルドはコロコロと笑う。
その発言を聞き、グランはなるほどと納得をした。舞踏会での二人の様子は随分と話題になっていたようだ。
撮影機を撫でながら、ファブリスがボソリとこぼす。
「話にのった彼らにとっては不運としか言いようがない。英雄への憧れを拗らせたが故の悲劇。可哀想に」
「そうだな。ちなみにイザンバ嬢にこのことは?」
王の素朴な疑問。報告によると護衛の者たちもだいぶ派手に暴れていたようだ。イザンバに気付かれぬよう一服盛ってぐっすりと眠らせたのか、はたまた何もせずその手口をじっくりと見せたのか。
それに答えたのはゴットフリートだ。
「襲撃があったことは知っているよ。でも、本人は部屋にいて彼らとは顔を合わせていないとも聞いている」
「へぇ。イザンバ嬢は彼らが殺されるのを容認したんだ。女の子ならありそうなのにね。『この人たちは何も悪くないんだから』とか『私のために争わないでー』とか?」
レオナルドの顔がひどく意地悪く歪んだ。それはまるで悲劇のヒロインでいようとする女性を軽蔑しているようで。
ミハイルがそんな彼に呆れたように息を吐くと自論を述べる。
「そんな事して何になるんです。イザンバ嬢が出ても仕方のないことでしょう。狙われやすくなったりと、話がややこしくなるだけなんですから、部屋にいるのは賢明でしょう」
「守る側からしたら大人しくしてくれていた方が助かる。中途半端にでしゃばられても邪魔なだけだ」
グランの言葉が重く響く。それは守る事が仕事の一つでもある騎士団の、それも長だからこそ出る重み。
——守ることは攻めることよりも難しい
ファブリスもその言葉に同意を示す。
「そうですな。襲撃してくる相手が話の通じる相手とは限りませんぞ」
「物語じゃあるまいし、都合よく寝返るわけでもないしな」
王ですらも、助命が最善とは思わない。
しかし『そうなればいい』ときっと誰もが思うだろう。けれども、現実はひどく残酷で物語よりも滑稽だ。
静かにゴットフリートが口を開く。
「その点、ザナは『守られる』ことがどんなことか理解しているからね。力はなくてもいいが、優しいだけでは何の役にも立たないし救えない。他人に負担をかけて何でもかんでも救おうとするのはただの自己満足だしね」
守られているからこそ余計な口出しをしない。行動をしない。
護衛と言えども彼らの出自は暗殺者。どのようにして相手を殺すか、その行動を熟知しているからこそ守りに入れば頼りになる。
だからこそ邪魔をしてはいけない。
殺す事に躊躇がないのだから例えばイザンバが飛び出して来た時、その刃が止まるとは限らない。
「ですが……」とファブリスは言う。
「情にもろい者ならば、騙されていたと知った時点で止めに入りましょう。それこそ元帥の言うように『この人は悪くない』と。もちろん言えば自分の命を狙う者でも救える可能性はありますが……」
「ふふ。その方が『優しい人』として印象もいいしね」
そう言ってレオナルドが浮かべる笑みこそ優しいが。
さて、王たちが肩をすくめるばかりなのは彼らはその優しさを不必要だと思っているから。
「話に聞いている限り、イザンバ嬢は庶民だからと斬り捨てる御仁ではありますまい。それをあえて見捨てる覚悟。これは中々持てるものではありませんぞ」
ファブリスが唸るのももっともだ。年若い令嬢が『守る』ことの難しさを理解している事に。
そして、『守られる』が故の傲慢とは違う覚悟を持っている事に。
それは王族ですらも唸らせる。
「なるほど。それならば……」
さぁ、ここで国王、宰相、将軍、元帥の声が揃った。
「是非イザンバ嬢をうちの息子の嫁に!」
「しばくぞー」
そう言いながら笑顔を貼り付けたゴットフリートにより振り下ろされる本日二度目の拳骨。
その豪快な連打音に一人無傷なファブリスがそっと肩を震わせた。
年齢順だけで言うなら
将軍>国王、元帥、宰相>総大将>首席です。
活動報告よりも手直ししてます。