イト紡ぐ休日 1.5話
イルシー、ファウスト、リアンの会話。
コージャイサンに報告前。三人が情報共有をしていた時の事。
「そういやリアン。お前いい動きしてたじゃねーかぁ」
イルシーの言葉にリアンは首を傾げた。
「酒。コージャイサン様のところにはあの一回以外全部お前が運んでたろぉ?」
「ああ、あれ。最初にココからリナに対して牽制があったんだよ。『コージャイサン様の所にはサナを行かせる』って言うから全部先回りして取ってやっただけ」
厨房とホールの間を忙しなく動き回っていたにも関わらず同じ卓にも隙なく運び続けたのは、ひとえに暗殺者としての力量が発揮された。
そして、気付けばリアンが全て持っていっているものだから彼女たちはさぞ驚いた事だろう。
だからあの時、懇願を込めたのだ。たった一度だけ、と。
サナの目にあわよくばという光が消えた事を見て、イルシーが何かしら言ったと推測したリアンは譲った。この一度だけ、と。
そんなリアンの返答にイルシーとファウストは親指を上げた。
「やるじゃねーかぁ」
「実に良い働きだったぞ。リアンが運ぶからこそ主も安心して飲んでおられた」
ないとは思うが、絶対とは言い切れない。
ホール内は食前食後の薬が必要な者もいるため、そう言った意味ではキッチンに比べれば無防備だ。
リアンが運ぶ事で異物混入を疑う必要がないからこそ主人はより楽しい時間を過ごせたと言える。
「うん。でもさぁ……やっぱ何でもない」
「なんだよ」
「だから何でもないってば」
「ああ?」
途中で口を噤んだリアンだが、しかしそうは問屋が卸さない。いいから言えとばかりに増したイルシーの圧。ファウストに助けを求めてみたが、彼も笑顔で続きを待つ。
「…………ロクシーはまだマシってだけで、三人ともよくあんな感情丸出しで仕事してるよね。特にサナが分かりやすすぎて」
「ぶはっ! お前が言うのかよぉ! ハハハハハハ!」
「うるさい! 自分でもそう思ったから言いたくなかったんだよ!」
吹き出したイルシーにリアンは肩を怒らせた。
人の振り見て我が振り直せ。その自覚が今のリアンにはあるから。
しかし、大笑いするイルシーの隣でファウストは目から熱い雫をこぼしていた。
「なんと……こんなにも、成長したとは……ああ、主にもお聞かせせねば! イザンバ様、本当にありがとうございます! リアンが、リアンが……くぅっ」
「……ねぇ、泣くほどなの?」
「感情の制御が甘いがために冷静さを欠けば実力的に優位でも足元を掬われる。主もそう案じておられただろう?」
歳を重ねてもなお素直というのは未熟や我が儘と捉えられる。年齢だけを見ればリアンはまだそれが許されるが、暗殺者として、何よりもコージャイサンの従者としてはそのままではいけない。
——彼らに失敗は許されない
それは主人の名誉、あるいは命に関わる事になるから。
ひとしきり笑ったイルシーがわしゃわしゃとリアンの髪をかき混ぜる。
「ちょ、やめてよ!」
「まだまだだけどなぁ。その調子で励めよぉ」
「うっざ! 何様だよ!」
「コージャイサン様の右腕、腹心の部下の筆頭様だぁ」
苛立ちを煽りたてる傲慢で尊大な自負。
事実、無礼な振る舞いをしていようとイルシーはコージャイサンからの信頼が篤い。
結果をしっかりと出しているから。失敗を案じられている自分とは違う——ギリッと奥歯を噛むと、リアンは頭の上に置かれたイルシーの手を振り払い、ビシッと指を突きつけた。
「そう言ってるのも今だけだよ! その場所、僕が奪うから!」
「ハッ。やってみろよ、クソガキィ」
青い宣戦布告に、だがイルシーは面白がるようにニィッと口角を上げた。その余裕がまたリアンの苛立ちを煽って。
「ねーぇ! なんでアイツあんななの!」
「まぁなんだ……イルシーだからな」
「ファウストも騒ぐしか出来ねーお子ちゃまをいちいち相手にしてんなよぉ」
「はぁあ⁉︎」
リアンの激情に呼応するようにワイヤーが踊れば、弧を描くイルシーの口元が焚き付けるようにナイフが舞った。
青筋を立てるリアンにイルシーがフードの奥で笑う。
「……二人とも、主が戻られる前に喧嘩はやめるんだぞ」
感動が台無しにされたファウストたが、けれども同郷の彼らの前ではリアンの感情のままの振る舞いも許される。リアンは感情を殺したのではなく、見せる相手を選んだだけ。それは人として必要な事だから。
イルシーと距離をとった彼の中でイザンバの言葉が木霊した。
『それなら、周りをよく観察しましょう。男性として、女性として、人として。あなたの周りには素晴らしい手本となる人材が溢れています』
心のままに自分自身の感情を吐き出した後、今日も彼は観察する。目指す先に立つ、憎らしくも頼もしいその背中を——。
活動報告より少し手直ししてます。