点と点の懸け橋 7.5話
従者たちの会話。
side ヴィーシャ&ジオーネ
イザンバの前を辞した護衛たち。割り当てられた個室で彼女たちは向き合っていた。
「どう思う?」
ジオーネが端的に問うたのはもちろんカティンカの事で。
「今のとこは白。お嬢様と比べて悪いけど淑女の仮面の出来は粗いし、考えてる事が分かりやすすぎるわ」
ヴィーシャの答えに同意を示す。
「あたしもそう思う。それにしても驚いたな。あのお嬢様と話が通じていた」
「な。あれが演技やったらまたご主人様に実技訓練させられるとこやで」
イルシーですら「あれは真似出来ない」と言うのだ。それを彼女がやってのけていたとしたら恐れ入る。
しかし、こちらの油断を誘うにしては発言に淀みがなく、溌剌としていた姿は彼女本来のものに違いないだろうと、護衛たちは考える。
「それにしても……ちょっと謎が解けたわ」
そう溢すヴィーシャにジオーネは首を傾げた。
「謎?」
「初めてご主人様とお嬢様が里に来たときの事覚えてる?」
「当たり前だ。生涯忘れる事はない」
「まぁご主人様の強さは語るまでもないけど、お嬢様に暗殺者の武器や戦い方を見抜かれたやろ?」
足手纏いがいるのかと思えばなんのその。
あのイルシーが地面に這いつくばっている姿を見たのは何年ぶりだっただろう。
——殺意が湧くほど的確な助言
——冷静な判断力と圧倒的な実力
「今思えばご主人様とお嬢様のタッグってあれはもう反則じゃないか? 勝てる気がしない」
「ふふっ、うちもやわ。ほんでな、なんでこないなこと知ってはんねんろて不思議に思ててんけど……今日のジンシード子爵令嬢との話で気ぃ付いてん。こうやって妄想して覚えたいかはったんやなって」
普通の貴族令嬢の口から仕込み杖や暗器なんて単語が出るはずがないのだから。
大好きな本の内容を何十回と読んで覚えただけでなく、それに関連するもしくは自分ならと妄想して調べた事がこんな形で彼女の中に知識として残っていったのだろう、とヴィーシャは推察した。
ジオーネが真剣な顔で頷いた。
「そういう才能の持ち主がお嬢様で、その知識を預ける相手がご主人様でよかった」
「ほんまに。下手なとこに持っていかれてたらかなり面倒くさいで」
「お二人には末長く仲良くしていただこう!」
それが一番安心安全だとジオーネは力を込めた。
「そやな。その為にもお嬢様の初恋を暴露しに行かな。お使いどっちが行く?」
「コイントス。表ならあたしが行く」
「はいはい。ほな、うちが裏な……いくで」
嫋やかな親指が軽やかに銅貨を空中へと弾いた。
side イルシー&ファウスト&リアン
コージャイサンから命を受けた後。人々が活動を始めようかという夜明け前の路地裏でイルシーはこきりと首を鳴らすと口を開いた。
「ファウストとリアンは周囲から探れ。俺は直に潜る」
「妥当だな」
「オッケー」
その案に否はなく、あっさりと決まる方針。
「ヴィーシャが軽く探った時点では可もなく不可もなくらしいけど油断すんなよぉ」
それが本当に毒にも薬にもならない連中なのか、そうだと擬態している食わせ者か。調べるまでは分からない。
諜報部の応援が必要か、なんて煽られて彼らのヤル気はいつも以上だ。
「それはイルシーの方でしょ」
「対象はイザンバ様と同類らしいからな。うっかりツッコむんじゃないぞ。いいか? 気を引き締めてかかるんだぞ」
イザンバとのやり取りを知る二人、特にファウストが念には念を押す。
だが、イルシーはそれらを鼻で笑い飛ばした。
「はっ。ンなヘマ、するわけねーだろぉ」
路地裏に一陣の風が通り過ぎれば、そこに居るのは茶髪を三つ編みにしたどこにでもいるようなメイドが一人。
「それじゃあ二人も頑張ってくださいね♡」
愛嬌のある笑顔と可愛らしい声でのエールを残してイルシーの姿は掻き消えた。
残されたリアンが腕を摩りながらぽつりと溢す。
「……なに今の。キモい」
「イルシーだと思うからだろう。必要に応じて愛想を振り撒く方が円滑に進む事もある」
「そういうもの?」
「何事も使いようだ。リアンもイザンバ様のお側で学んだだろう。自分は愛想笑いをしても怖がられるが……」
「ファウストは強面だからねー。威圧感あっていいじゃん。それこそ使いようでしょ。僕らも行こ」
しょんぼりと肩を落とすファウストをリアンが励ます日が来ることになろうとは。
じん、と熱くなった目頭をファウストは抑えた。
さて、一人になったイルシーは子爵邸を見ながらスッと目を細めた。
すべての情報を欲したのは主人であるが、イザンバもまたある一点を彼に依頼したのである。主人が手紙を読ませたのはその為だ。
どうやらイザンバは雇用関係を結んだ事を同郷たちに告げていない、そんな彼の性格を考慮して手紙という手段を用いたようだ。
手紙の内容を反芻したイルシーは独りごちる。
「ジンシード子爵令嬢の体型を完全再現してこいって……イザンバ様は何考えてんだぁ?」
雇用主の思考は謎である。
だが一万ゴア分、きっちりと仕事をするのはイルシーの美学。寸分違わず再現して見せようじゃないかと勝ち気に口角を上げる。
「ま、サクッとヤッてくるかぁ」
そう言ってパッと表情を瑞々しい少女のものに変えると、朝の光が当たらぬ影から出て、さりげなく人の輪の中に溶け込んだ。