ハレの休日 4.5話
イルシーとヴィーシャとシャスティの会話。
「あ、いた! ヴィーシャさん、ちょっといいですか?」
コージャイサンと共にサロンを出た彼女は一人使用人の部屋へと向かっていたところ、反対側から早足で歩くシャスティと遭遇した。
「どないしたん?」
「ここの配色なんですけど、お嬢様が仰る色味にはこちらの方が近いと思うんですけど、どうですか?」
「ホンマやね。ほなそれでいこか」
彼女が手に持っていたのはアイメイク用のパレット。同意を示すヴィーシャにシャスティもホッと息をついた。
そこに、ここにいるはずのない声が加わる。
「なんだそれ?」
背後から彼女たちの手元を覗き込んだいつものフードスタイルのイルシーだ。
「げっ。イルシー・カリウス……貴方も来てたんですか」
「来ちゃ悪いのかよぉ」
「別に」
彼の出現にシャスティはプイッとそっぽを向いた。
そんな彼女に代わってヴィーシャが答える。
「これはお嬢様が用意した衣装に合わせたキャラメイクの指示書や」
「へぇ。お前まで出てくるから何かと思えばそういう事か」
イザンバがあの日コスプレを頼んだのはコージャイサンとイルシーだけだった。
名前すら上がっていなかったヴィーシャが部屋を出た事を不思議に思い探りに来たようだ。
「って何だよこれ。クッソ細かい上に所々イザンバ様の感想入ってんじゃねーか。いらねー……」
「あなた、お嬢様の情熱を馬鹿にしてるんですか⁉︎」
「馬鹿にっつーか、馬鹿馬鹿しい」
「ぬぁんですってー⁉︎」
指示書にはイヴのメイクのみならず小説内のセリフやポーズに加えてそれを読んだ時の感動がズラリと書かれているからだ。
詰め込まれた情熱を断じるイルシーの物言いにシャスティの顔が憤怒に染まる。
「確かに細かいけどうちは話を知らんし、要はここに書いてある通りにしたらええんやろ?」
シャスティを宥めるように、イルシーを引き剥がすように。物語の内容を知らないヴィーシャが受け止める体であれば問題ない。
指示書に呆れたイルシーがその視線をシャスティに移した。
「で、これをアンタが再現するのかぁ? どうせまたちょっと似せただけになるんじゃねーの?」
前回の美女風メイクを揶揄する彼はニヤニヤと笑う。出来るわけがない、とでも言うように。
「この後の一件の方がしくじれねーんだし、俺が変わってやろうかぁ?」
そんな事を言われれば当然シャスティはキィーッと目くじらを立てるわけで。負けん気に火がついた彼女はビシッ! と人差し指をイルシーに突きつけた。
「目にもの見せてやるから首洗って待っていなさい! ヴィーシャさん、行きましょう! その美しい顔、貸してください!」
「はいはい、すぐ行くわ。アンタもご主人様がお待ちやろ。早よ行き」
「だりぃ……あっちはファウストが着替えを手伝ってるから少しくらい大丈夫だっての。つかさぁ、お前もすっかり絆されてんなぁ」
「そう? まぁ、アンタも人のこと言えへんのちゃう?」
「ハハッ。ンなわけねーだろぉ。俺は金が貰えるから付き合ってやってんだぜぇ」
「……——ふぅん……」
イザンバが見つかったあの時、逃げ出した時とは違う小さな変化を迎えていて。
主人が訪れた時、恥ずかしがり屋のイザンバがいつも通りの態度で出迎えられたのはイルシーが変装することで楽しさに気が紛れたからで。
——前のイルシーやったらそんな利益にならへん事せぇへんたやろに。お嬢様がお金用意してたけど、あんなん明らかぼったくりやし。もしかしてあの遊びもそれに含まれてるんやろか。それともまだなんか……。
リアンをからかう事が目的であったとしても、それならイザンバが部屋に来た瞬間に正体を見せて終わりでいいだろう。
わざわざイザンバの遊びに付き合う必要はなかった、とヴィーシャは考える。
——なんやかんや言うてるけど、そうゆうのを絆されてるって言うんちゃうの?
里に居た頃のイルシーからは想像も出来ない姿だ。金銭という線引きはあるが、きっと彼はイザンバの存在を認めている。
「……なんだよ」
だが、この天邪鬼にそれを言ったところで素直に認めるわけもない。
「別に。ほな後でな」
怪訝そうな彼にそう言って意味深に微笑んだヴィーシャはサッサと使用人部屋に入っていった。
「チッ。情が深い女はこれだから……」
妙に残った居心地の悪さに乾いた悪態をついてイルシーの姿は掻き消えた。
活動報告より少し手直ししてます。