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心は柵を越えて 2.5話

魔導研究部の三人と従者男性陣三人の会話。

 管理棟の屋上の太い支柱に括り付けられた三本の鋼線(ワイヤー)の先。建物の三階の高さでぶら下がる三人がいる。

 そして、その内の両端二本が空中でぶらぶらと揺れている。言わずもがなその右一本はマゼランである。


「ねぇねぇ! クロウ見てー! オレと首席じゃ身長も体重も違うのに揺れて一往復するのにかかる時間、ほぼ同じじゃない⁉︎」


「お前……こんな時に馬鹿なの⁉︎ なんでこうなったのかちゃんと分かってるのか⁉︎」


 真ん中で吊るされているクロウだが、大人しくしているというよりも怖くて動けない。そんな彼が声だけを張り言い返すもマゼランは特に気にした素振りもなく。


「婚約者ちゃん落っことしたから〜」


 けろりと(のたま)った。


「分かってて……この馬鹿! オレ本気で死ぬかと思ったんだけど⁉︎ 少しは後先を考えて行動しろよ!」


「あはは! あの時のコージャイサンの顔、いつも以上に無表情だったし、殺気って言うの? ダダ漏れでチョー怖かったよねー」


「嘘つけ!」


 クロウのツッコミにマゼランは不服そうに頬を膨らませた。


「嘘じゃないってー。言われた通り触らなかったのにあんな怒ると思わなかったんだもん。本当婚約者ちゃんの事大好きだよねー。次は落とさないようにするよ」


「次があると思ってんの⁉︎ あったら今度は紐なしジャンプの未来だけど⁉︎」


「てか、見て! オレがこんなに揺れてるのにこの鋼線(ワイヤー)切れる気配ないよ! ヤバくない⁉︎ 素材なんなんだろ⁉︎」


「切れたら死ぬわ! もう馬鹿! ほんと馬鹿!」


 こんな状態になってもまだ関心があちこちにいくマゼランにクロウは頭を抱えたい気分だ。

 ところが左側からも呑気な探究心が口をつくではないか。魔導研究部長のファブリスである。


「おお……これは興味深い! 重い方が勢いがついてスピードが速いし、時間も短くなりそうなのに……クロウ、正面から見て時間を測ってくだされ!」


「出来ません! オレも吊るされてます! てか、よくこの状態で揺れることが出来ますね⁉︎」


「時間は有限ですぞ。手足が使えなくても頭は使えるのだからただぼーっとするのはもったいない」


「そもそもの話、首席はイザンバ嬢に突撃しようとしなければ吊られなかったんですよ⁉︎」


「クロウ、時として勢いは大事ですぞ」


「その結果がこれですが⁉︎ どいつもこいつも事故る勢いばっかじゃねーか!」


 ギャンギャンと吠えるクロウの声が虚しく空に響く。


 さて、こちらは支柱に括り付けられた三本の太い鋼線(ワイヤー)の根本。その側に二つの人影。ファウストとリアンだ。

 吊るされた三人の騒ぐ声を聞くともなしに聞いていたところ、イルシーが現れた。


「おい、吊し上げ終了。ファウスト、上げていいぜぇ」


「もういいのか?」


「イザンバ様が『吊るされてる所を見ちゃったら家に帰っても気になってゆっくり出来ません! もしもを考えたら申し訳なさすぎて吐いちゃう……!』っつってコージャイサン様にアイツらを降ろすように頼んでたからなぁ」


 またもや声真似付きで説明するイルシーにリアンが呆れたように返す。


「絶対いらない罪悪感だよ、それ。聞いてたら分かるけど全然怖がってないし、むしろすごく楽しそうだもん」


「いんじゃね? お楽しみを奪ってやんのも一興だろぉ?」


「それもそうだけど……なんかもう一回とか言いそう」


 ニィッと意地悪く上がる口角にリアンも同意を示すものの少しばかり良くない方面での予測を立てる。

 その傍らでファウストはイルシーの声真似からイザンバの様子を案じた。


「その御様子なら特に体調にお変わりはないようだな」


「コージャイサン様といちゃついて、泣いて、ボケとツッコミ入れて……ま、いつも通りだなぁ。つー訳でリアンは明日からイザンバ様付きだぁ」


「…………分かった」


「リアン、頑張れよ。では、連中を回収しよう」


 ファウストは下を覗き込むと引き上げる事を知らせるようにものすごく手加減をして軽く上から揺らした。

 ただし、三本中二本はブンブンと揺れているので気づいていない。ただ一人気付いたクロウがパッと上を向いた瞬間に交わる視線。

 次の瞬間、ファウストは彼の鋼線(ワイヤー)ごと腕を一気に上へと振り上げた。つまり逆バンジーである。


「うわあぁぁぁあっ! ヒッ……高っ! って事は……」


 屋上よりも高い位置に振り上がり、そして再び落下。


「わあぁぁぁあっ! やっぱりぃぃぃ!」


 予想通りの展開にもはや涙目だ。ドスン、との衝撃音の割にクロウに痛みはない。恐る恐る目を開ければそこには厳ついスキンヘッドの大男。落下地点はファウストの腕の中である。

 つい顔が引き攣ってしまったのは厳つい顔と底知れぬ黒曜石への恐怖からか、それとも大男にお姫様抱っこされているという現状のせいか。


「今回はこれで終了だと主からの伝言だ。次は気をつけるように」


「……は……はい」


 クロウは懸命に返事を絞り出したが地面に降ろされた安心感に腰が抜けて当分立てそうにない。


「あははははははっ!」


 そして、場違いに聞こえたマゼランの笑い声。


「ねぇ! これチョー楽しい! もう一回お願い!」


「は?」


 クロウと同じく受け止めたファウストがその発言に驚き固まった。

 これには予想していたとは言えリアンも呆れ返った。


「うわぁ……本当に言ったし」


「やる訳ねーだろぉ。それ、外してやれ」


 イルシーがそう言うとリアンも迷う事なく固く結んだ鋼線(ワイヤー)を解きさっさと片付けてしまうのだから、マゼランからは不満たらたらの声が出た。


「ええー! なんでー⁉︎」


「コージャイサン様の命令にそれは含まれてねーからだ。おい、もう一人もさっさと上げろ」


 命令以外の事は頼まれたとしてもやる義理がない、とイルシーはバッサリと切り捨てた。

 しかし、どうにも納得しきれていないのだろう。マゼランは拗ねたように唇を尖らせるとリアンに向かって手を伸ばす。


「じゃあ、自分でやるからその鋼線(ワイヤー)ちょうだい! 素材とか気になってたんだー! 伸縮性があるけど切れないって他にも使い勝手良さそうだよね!」


「やだよ。それも命令に含まれてないもん」


「もぉー! 命令命令って……もしかして言われた事しかやらないの⁉︎ 探究心大事だよ!」


 リアンに強請るもすげなく拒否。

 マゼランもこのジャンプが仕置きであると一応は分かっている。だからこそいつもクロウを振り回すように突き進むような事は出来ず、ますます頬を膨らませた。


「お前、馬鹿かぁ? 言われた事もまともに出来ねぇヤツが何言っても説得力ねーよ。命令を守んのは当然だろぉ。その上で俺らが必要ないと判断してんだ。テメェに割く時間も技も持ち合わせちゃいねーってだけの話だ」


「ちぇっ」


 まるでマゼランの探究心に価値はないとでも言うように冷たく言い放つイルシーにマゼランは不貞腐れた。

 そんな彼らのやり取りにファブリスは小さく笑う。


「マゼランも精進ですな」


「アンタ良いように言ってっけど、上の態度が下に影響すんだぜぇ。俺らの主がいる魔導研究部がナメられるような部署にされちゃあ……——困んだよなぁ」


「ねぇ、待って。首席は関係ない……」


 従者三人は忖度などせずギラリとした殺気を見せつける。

 だが、ファブリスもさるもの。焦ったように言い募るマゼランを制止するように後ろに下がらせた。


「それは申し訳ない。小生も気をつけるとしましょう」


 そして微笑みを浮かべてこう言うのだ。強かに笑い流す様は腐っても魔導研究部長である。


「ハッ。せいぜい頼むぜぇ」


 まるで敬う気もなく上から目線でイルシーが言い去れば、二つの影もそれに続く。

 殺気の余韻も去った屋上。残るは魔導研究部の三人になったところでファブリスが突然ガクリと膝をついた。


「こ」


「こ?」


「怖〜〜〜! 何アレ落とされた時は好奇心が勝りましたがアレはガチでありますぞ! コージャイサンは何を従えているのか! あー、流石は総大将のご子息! ほん怖!」


 どうやら気丈に振る舞っていただけで内心はビビり倒していたようだ。

 だが、クロウは思う。


「オレはアイツらよりもコージャイサンが怖かったです」


「オレもー」


「小生は笑顔で蹴り落とした総大将が一番怖い!」


「あー……それは一番怖いですね」


 ブルブルと体を震わせるファブリスに返せるのは苦笑いだけ。それは先にコージャイサンによってジャンプしていた二人は預かり知らぬところだからだ。

 だがその様子は想像に難しくなく、もし自分ならと落ちる際にも笑ってなんかいられない、とクロウは思う。ファブリスも大概図太い。


 ——命綱はあったし、拷問じゃないだけマシだよな。


 思考を切り替えるように一つ息を吐いて見上げた空は清々しいほどに青い。

 そして今日も今日とて癖のある上司と同僚と後輩に振り回される、そんなクロウの日常が戻ってきた。


活動報告より少し手直ししてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] クロウさん自由気ままな上司に同僚に囲まれ毎日 気苦労の耐えない日々をお送りなのでしょう。 胃薬を差し入れしたくなってしまいます。 本当すごい変人だらけの部署にいるんですね、コージャインサン様…
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