心は柵を越えて 1.5話
両親たちの会話。
気絶したイザンバが運ばれた医療棟のサロンにて。今は彼女を迎えにきたクタオ伯爵夫妻にゴットフリートが事の顛末を説明しているところだ。
「————……内容としてはこんなところか。何か質問はあるかな?」
「いいえ、はい、あの……」
「……少し、お時間をくださいませ。情報を整理したく存じます」
聞かされた話にクタオ伯爵夫妻は驚くばかりで、オルディは二の句が継げず、フェリシダはまず時間が欲しいと訴えた。
「構わないよ。ゆっくりするといい」
そう言って彼は副官に用意させたお茶を勧めた。
ゴットフリートとセレスティアは共にカップに口をつけて伯爵夫妻の心境が追いつくのを待つ。
二人が情報と現状を理解できたと見ると、まるで今思い出したというように言った。
「ああ、そうだ。肝心な事を忘れていた。お守りの事なんだが」
「お守り……と言うと娘が作ったものですか?」
「そう。伯爵たちも自宅で死霊を見たね?」
「はい。幸いにも娘が浄化をしてから出掛けましたのであの後に悪い事は起きませんでしたが」
「それは良かった。実はそのお守りには退魔の力が宿っていて騎士たちの手助けにもなった程だと言うことは先ほどの話で理解してもらえたかと思う」
それは痛い程に。
娘から渡された時は「ほんの気持ちですが〜」程度の軽さだったのに、それが今やレアアイテムだ。
理解しているからこそ伯爵夫妻は真剣な面持ちになった。
「だからこそ、欲しがる者が出てくるだろう。今後の扱いについて特に使用人たちに注意を促しておくように」
「え?」
しかし、ゴットフリートの言葉に夫妻はポカンとした。
その反応はおそらくセレスティアも予想していたのだろう。ゴットフリートの隣でクスクスと笑っているではないか。
正気に戻ったオルディが戸惑いを抱えて問うた。
「え、あの、それだけですか? その、防衛局で管理すると言う名目の没収とかは……」
「ははは! そんな事はしないさ。それではザナの気持ちを無下にする事になるだろう?」
それは作った人のことも貰った人のことも考えた上での言葉。
ホッと胸を撫で下ろした伯爵夫妻の耳に、ただし、と続けるゴットフリートの声が耳を打つ。
「こちらで所有者の把握をしたいとは考えている。もし紛失した場合はすぐに捜索しよう。ザナが持ち主を思って作ったものだ。きちんと本人に返してあげたいからね」
「かしこまりました」
そう言って控えていた副官が差し出した名簿一覧。そこには使用人たちの名前がズラリと並んでおり、誰が持っているのかチェック欄が設けられていた。
——一人の漏れもない。いつの間にお調べになられたのだ……。
ゴットフリートの情報網に感服するオルディだが、彼は大事なことを見落としている。
クタオ伯爵家にはコージャイサンの部下がいる事。
そしてゴットフリートがこれまでにも諜報部を手足のように動かしイザンバを見守ってきた事。
そう、大変今更ではあるがクタオ伯爵家の実情は筒抜けなのである。
「あの、閣下……実は領地にいる息子にもお守りを送っておりまして」
「それはそうだろうね。もちろん把握している」
「あ、そうですか」
あっさりとしたゴットフリートの返事にオルディはもはや何も言えない。だが、黙っているよりはいいだろうと一人納得する。
チェック欄を埋め、夫妻がそれぞれ確認したところで副官が名簿を受け取った。
「……それで、その、娘は今どこにいるのでしょうか?」
「魔力切れで気を失ったから個室で休ませている。案内しよう」
「いえ、そんな! 閣下のお手を煩わせるわけには参りません!」
「あら、気にしなくていいのよ。それに私たちもザナに感謝と労りを伝えたいの。さ、行きましょう」
なんて言いながらセレスティアが一番に動くので、全員がそれに倣った。
さて、イザンバが滞在している個室前。伯爵夫妻がすっかり見慣れた護衛二人がその扉の前に立っている。
二人が訪れた両親たちに場を譲れば、扉をノックしようとして聞こえた会話にゴットフリートは手を止めた。
——アイツ、ザナに甘えているな。
イザンバが魔力回復薬を自分で飲むと言っているにも関わらず、ああだこうだとうまいこと丸め込んでいるではないか。
よく嫌われないものだと感心する。
このまま聞いているのも一興だが、ここにいるのは彼だけではない。
ゴットフリートの隣にいたセレスティアも呆れたような視線を扉越しで息子に向けているのだから、その胸中はゴットフリートと似たり寄ったりだろう。
しかし、二人よりも後ろにいた伯爵夫妻には聞こえていなかったようだ。
「閣下、いかがなさいましたか? はっ! 気が利かず申し訳ありません! 私が扉を開けますので!」
「ああ、いや、そうじゃなくて……」
こうして扉の前に来たオルディは…………。
ぎしっ、とベッドが鳴いたかと思うと続いたコージャイサンの言葉にオルディは身を固まらせた。
『ザナ、力抜いて。そんなに固くなったら少ししか入らない』
——ナニが!!??
『無理無理。だって、自分の中に他の人のものが入ってくるなんて……意識したら怖い』
——だからナニが!!!???
娘の言葉にさらに思考まで動かなくなってきた。
『大丈夫だ。ほら、ゆっくり呼吸して』
——え、ナニしようとしてるの!!!???
オルディの脳内でめくるめく愛の営み。いつか誰かのものになると分かっていても、それを目の前に突きつけられるとじわじわと熱い思いが彼の涙腺を刺激し始めた。
『うぅ〜……よし、バッチこい!』
「ダメだー!! こんな所でそんな事をしちゃダメだー!!」
だがまぁ大人しくナニかが始まる事を許せるはずもない。
こうして両親たちは乱入するに至ったのである。
活動報告より少し手直ししてます。




