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影も踊った新月 7.5話

魔術士と騎士と従者たちの会話。

 コージャイサンが気を失ったイザンバを「頑張ったな」と労り、丁寧に運んで行った後。

 すっかり燃え尽きた魔術士の一人——スフル——がぼやいたことが始まりだ。


「ボクらのことも褒めて……。人生で初めて刺繍したんだ……」


「魔力回復薬と刺繍糸と針は当分見たくない……でも頑張ったから褒めて……」


「あの複雑な術式を四日で計九枚! 総大将もコージャイサンも無茶振りしすぎたろ!」


 同じく魔術士のエッリ、ユズも口々に言う。言葉にならないだけで頷く魔術士の多い事。

 ただの刺繍ならばプロに頼めばいい。

 だが、魔力を込めながら刺さなければならないのだから、さぁ魔術士たちは悲鳴をあげた。

 無理だなんだと騒ぎ立てる彼らに、それでもゴットフリートは微笑んで命を下す。


「やれ」


「はっ!!」


 あの圧に一体誰が逆らえると言うのだ。彼らは綺麗に揃った敬礼で応えるしか出来ない。

 さらに彼は魔術士団長にも笑顔で言い放つ。


「レオナルドは一人で一枚だ」


「何で⁉︎ 刺繍はたくさんもらってきたけど私だって刺すのは初めてなんだが⁉︎」


「管理不行き届きの罰だから」


「っ——それを言われると……。はい、謹んでお受けします」


 レオナルドは一瞬怯んだあと、粛々と頭を下げる。

 こうして彼らは不慣れながらひと針ひと針慎重に、しかし納期は短いため特急で。

 数人がかりで四隅から同時に始め、けれども初めてのことで魔力を込めすぎてすぐに気絶したり、針で何回も指を刺したり、間違えてはいけない緊張感に疲弊したり。

 彼らは代わる代わる魔力回復薬を片手に徹夜仕事に精を出したのだった。


 今なら分かる。あれは最初から彼女のために用意されていた、と。

 コージャイサンが小隊を率いたため急遽と言う体だが、きっと彼が王都に残っていても何かしら理由をつけてこの場に呼んでいたに違いない。

 スフルは疲れまなこを白み始めた空へと向けた。


「あの天使……綺麗だったー……」


「術式、成功して良かったよな! マジで嬉しい!」


「最高だ! 我が魔術士団は最高だ!」


 エッリとユズは疲労と徹夜からのハイテンション。同じくハイテンションになった多くの魔術士たちが「最高だ!」「魔術士団ブラボー!」と同調した。だからこそ……。


「誰か褒めて〜〜〜!!」


 疲れ切った魔術士たちは褒めてと口々に言う。

 そこへ同じくへたり込んだ彼らが口を開く。


「分かるぞ……お前たちの気持ち……本当無茶振りなんだよ」


「隊長のあの速さについて行ったオレたちも褒めて欲しい……」


「戦闘から事後処理、移動、そんでまた戦闘って頑張ったおれたちも褒めてほしい……」


 チック、ジュロ、フーパも燃え尽きている。

 こちらも何と言う強行軍であったのか。同じく随行した騎士たちがぐったりとしながらも褒めてと言う。

 魔術士と騎士は互いの健闘を讃え合った。お前たちはすごい、よくやった、と。


 互いを褒めあったところで男同士では気分は上がっても持続しない。

 またもやぐったりとした彼らの前をとある一団が通る。

 まるでそこだけが別世界のようにキラキラと輝いていて、なんだかいい匂いすら漂っていて、その全てが彼らの活力に刺激を与えた。


 彼らの目は釘付けになった。

 ——なんだ、コレは。理想が目の前を歩いているぞ。

 ——ご褒美にしても最高すぎるだろう。

 ——ここは楽園? え、おれら浄化されちゃった?

 誰かの喉がゴクリ、と鳴った。


 そんな視線に気付いてか気付かずか。ジオーネは大きく伸びながら独り言のように呟いた。


「ああ……流石に慣れない相手は疲れたな。人間相手の方が楽だ」


「ほんまに。あら、あんたら擦り傷だらけやん。ちょっと腕貸してみ?」


「痛っ! 嘘、痛くない! これくらい平気だってば! てか、傷だらけはそっちでしょ!」


 ヴィーシャがリアンの腕を掴めばきゃんきゃんと吠えるのだから元気である。

 さらにリアンはヴィーシャのある部分を指差した。


「ほら! スカートめちゃくちゃ破れてるよ! 血も出てるしそっちを先に手当しなよ」


「ふふ、色っぽぉてええやろ?」


「あたしの服はご主人様とお嬢様のお手製だから破れていないぞ」


 ヴィーシャは素肌を見せつけるように破れた箇所に手を添えて、ジオーネはドヤ顔で胸を張る。そんなやり取りに……。


「巨乳の女神だっ!」


 ジオーネを見てチックは叫んだ。


「素敵な御御足おみあしの聖女だっ!」


 ヴィーシャを見てジュロはそう呼んだ。


「可憐な妖精さんだっ!」


 リアンを見てフーパが声を張った。

 あまりの衝撃に疲れも吹き飛んだ。彼らの言葉に何人もの男性たちが釣られて彼女たちに視線を送っているではないか。


「ん?」


 くるりと振り向いた彼女たちのキラキラエフェクトがそれはもう眩しくて眩しくて。涙を流し、感動に打ち震えながらも彼らは声を揃えた。


「頑張って良かったっ!!!」


 そして顔をキリリと改め、襟を正し、何をするのかと思えば三人は彼女たちの足元に滑り込むではないか。


「好きでひでぶっ!」


「幸せにしまっあべしっ!」


「結婚してくぁwせdrftgyふじこlp!」


「先輩方ー!!」


 チックはジオーネからゴム弾を一発。

 ジュロはヴィーシャから鞭を一振り。

 フーパはリアンから鋼線ワイヤーの乱れ打ちを、それぞれ食らった。

 突拍子もない彼らの行動とあまりにも鮮やかな反撃にキノウンが可哀想なほどに狼狽えている。

 だが、騎士三人の表情はそれはそれは幸せそうで、反対にこちらの三人は冷ややかだ。


「随分と軟派な騎士だな」


「ほんまに。どちらさんかあんたら知ってる?」


 慣れたようにあしらうジオーネとヴィーシャ。しかし、ただ一人……。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 リアンは恐ろしい形相である。

 その場面を間近で見ていたイルシーは大笑いだ。


「ぶはっ、ハハハハハハ! アイツらはコージャイサン様の小隊メンバーだけど……ククッハハハッ!」


「そうだったのか。三人ともちゃんと加減をしてえらいぞ」


「ハハハハハッ! そこかよ!」


「しかし、イザンバ様に訓練は厳し目にとお願いせねばならないな。あの程度でキレていては……」


「あー……クククッ。それもそうだな」


 ファウストと話しながらもまだ肩を震わせるイルシー。そんな彼の耳にある呟きが届いた。


「あの三人もいいけど……ボクは天使がいいなぁ」


「分かる。あんな風に『側に居て』なんて言われたらな〜」


「あのふにゃって気を許してくれてる感じが特別感あって……」


「おい」


 そこに忍び寄った影。フードを目深に被ったイルシーはスフルとエッリに肩を組むようにのしかかると、ニィッと口を歪めて言った。


「それ、コージャイサン様に知られたら……——どうなるんだろうなぁ?」


「ヒェッ!」


 彼らは知っている。

 ——演習場での彼の宣言も

 ——先程の彼女に向けた表情も


 彼らは知っている。

 ——いかに彼が容赦がないか

 ——どんな無茶振りをしてくるか


 考えただけで魔術士たちの体がガクガクと震える。真っ先にユズが立ち上がり、大袈裟なまでに声を張った。


「言ってなーいっ!! 我らは理想のタイプを言っただけで誰とは言ってなーい!」


「そうそう! 言ってないよ! なっ! そうだよな⁉︎」


「うんうんうんうんうん!」


 断固としたユズの言葉にエッリとスフルが激しく示した同意。あまりにも素早く振りすぎて首が取れるんじゃないだろうか。


「へぇ……ま、せいぜい気を付けろよぉ。どこで誰が聞いてるか分かんねーしなぁ」


 そう言って彼が首を動かした先、温度のない四対の目が魔術士たちに向けられている。

 彼らがまた首を縦に振る様子をイルシーは鼻で笑うと踵を返した。


「んじゃ、引き上げんぞぉ」


「どこに行くんだ? これから総大将に報告が……」


「それはお前らの仕事だろぉ。俺らは関係ねーし」


 帰ろうとする彼らをキノウンが呼び止めたが、事実その通りとはいえなんと冷たい事だろう。


「あ……待て! その、コージャイサンと、イザンバ嬢に……」


 ——何を言う?

 卒業パーティーでの謝罪も、今の感謝も、果たして人伝にするものだろうか。

 キノウンは首を大きく横に振ってイルシーを見た。


「悪い……なんでもない! 自分で言う!」


「あっそ。好きにすればいんじゃね? じゃあな」


「ああ。お前らも……お疲れ!」


 キノウンがそう言えば、イルシーは背を向けた後に上げた手を一度ひらりと振るだけ。そのまま言葉も発さずに姿は掻き消えた。

 そして、彼に続いて四つの影もその場を去った。

活動報告より少し手直ししてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] うんうん皆さん本当に頑張りましたよ しかしヤラカシ3人相変わらずでございますねこれでは3人に春が来るのは何時になることやら でもキノウンくんちゃんと成長してますね
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