影も踊った新月 5.5話
従者たちの会話。
これはリアンに抱きついた後のイザンバが本を取りに行っている間の事。
準備のために主人の元を離れた従者たちは人気のない廊下を歩く。
「コージャイサン様が呪い返しした連中のうち、聖なる炎の呪文を手加減なしでくらったエンヴィー・ソートとデブリ・ストーキンはもう狂ってる。保って五日ってとこだなぁ。他の生き霊はそれよりもマシってだけでこの先一人では生きてけねーなぁ。細かい呪いはまだ未確認。そっちは?」
「呪いの効果は全て控えたが、呪い返しの確認は何も出来ていない。そもそも生き霊が誰かわからなかったからな」
イルシーが回してきた言葉に返すジオーネ。口調が少し重くなった彼女にリアンが尋ねた。
「そうなの? でも、イザンバ様なら相手くらい分かるでしょ?」
「ああ。だが、お嬢様はあまりそう言うことを仰らない。あたしもあの粘着女が誰なのかさっき知った」
あの夜、彼女はヴィーシャとジオーネに黒い影の正体を「知っている人」だと言うだけで誰とは言わなかった。
やられたら即報復。仕返しはその日のうちに、な彼らにはその性根があまりにも真っさらすぎて。
そう言えば過去にどんな事を言われたんだと尋ねたときもそうだったな、とファウストは眩しそうに目を細めた。
「イザンバ様らしいな。先ほども仰るのを躊躇われていただろう」
「ふーん。で、誰なの?」
「ルイーザ・ボード伯爵令嬢」
リアンの疑問にイルシーが面白がるようにニィッと口元を歪めた。こちらはなんの躊躇いもなく、むしろ面白がるような声色である。
それは先程の主人と婚約者の会話で分かった事実。
『天地闘争論を勧めた後くらいに初めて過去にない声が聞こえて願い主と対面しました』
『誰だった?』
『………………ルイーザ様です』
イザンバの答えを聞いて、コージャイサンは視線だけでイルシーに指示を出したのだ。
言ってわからない連中には容赦しなくていい、と。
コージャイサンの今後の動きが決まり次第、イルシーもすぐに始末しに行くつもりだ。
そんな彼らとは別にヴィーシャは一人眉間に皺を寄せていた。
『あの人、もしかして……』
——お嬢様は他にも何か気ぃ付いてはる……。
あの後もやれ呪いだ、生き霊だと退魔に忙しく、昼間は昼間で「お守り作るぞー!」とイザンバが慌ただしくしていたのですっかり失念していた。
確かめねばならない。口を閉ざした彼女が一体何に気付いたのか。
ここで顔を上げたヴィーシャが申し出た。
「イルシー。あの女のこと、うちに任せてくれへん?」
「あ? 構わねーけどちゃんと仕留めろよぉ」
「当たり前やろ。散々お二人に付き纏いよって……容赦せん」
アメジストは怪しげな光を湛えている。どうやら大変おかんむりのようだ。
だが、それはその場で聞いていたジオーネも同じ事。
「ふん、粘着女め。地面にでも引っ付いてろ」
「ドロドロに溶かしちゃえー!」
「慈悲は必要ないぞ」
リアンとファウストは他人事なので、とても楽しそうに囃し立てる。
だが、イルシーは面倒くさそうにため息を吐くではないか。
「コージャイサン様には俺から言っといてやるけどさぁ。ったく、情が深い女はこれだから……」
「なんよ」
「怖い女ってことだろぉ」
身内やコージャイサン、そしてイザンバに向けられる情けが敵方には一切向けられない。線引きをした時の躊躇のなさは流石である。
ところが、ヴィーシャに気を悪くした様子はない。
「それ聞き流したるさかいウチにも写真一枚ちょうだい。タダで」
「お前さぁ……そこは払えよ」
「あ、ご主人様のとびきり甘い顔のやつがええわ」
「おいこら、聞けよ」
ちゃっかり写真のリクエストもしている。
あまりにも見事にスルーされてイルシーも苛立ちより呆きれが勝る。
「で、なんに使うつもりだぁ?」
「そんなん決まってるやろ」
彼の問いかけにヴィーシャは魅惑的な笑みを浮かべて。
「嫌がらせ♡」
欲を刺激してやまない官能的な声で言い切った。イザンバだけが引き出せるあの表情を見せつけてやる、と。
言葉と笑顔の正反対ぶりはいっそ感心するほどの清々しさだ。
「ハッ。イイ性格してるよなぁ」
それをイルシーは鼻で笑い。
「意地の悪さはヴィーシャが一番だな」
うんうんとジオーネは頷いて。
「こういうのを魔性の女って言うんだよね?」
リアンが知ってるよと手を挙げると。
「立派な悪女になって……」
ファウストはホロリ、と涙をこぼした。
ひどい言い様だが、これでも全員褒めている。本当にひどい言い様だが。
「やかましいわ」
さすがのヴィーシャもその麗しい顔に青筋が立てるが、これは致し方ない。
そして、報復前に調べてさらに分かった事実。
——イザンバの元家庭教師とルイーザが叔母と姪の関係である事
——元家庭教師が刑務所を出てから新たに職につけないまま実家に戻っている事
——ルイーザに洗脳のようにコージャイサンに相応しいと繰り返していた事
護衛二人の眉間のシワがまるでジオーネの谷間のように深い。それ程までに険しい顔になっている。
「これあかんわ……。なぁ、ご主人様は容赦すんなて言うてはったよな?」
「そうだな。あたしはこれも抹殺対象だと思うんだが」
「ウチもそう思うわ。ほな、そう言うことで報告しよか。こっちはあんたの好きにしてきぃ」
「任せろ」
護衛たちが怒りを覚えた事も、ひと足先にジオーネが元家庭教師にお礼参りに行った事も、また致し方ない。
獣の牙は獲物を噛み殺すためにあるのだから。
活動報告より少し手直ししてます。