影で踊る月隠 7.5話
友人たちと従者の会話。
ここは林の中の拠点。一つのテーブルを囲いゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、と勢いよく鳴る喉が二つ。
「………………疲れたっ!」
「僕も。もう動きたくない……」
キノウンとロットがコップを片手にテーブルに突っ伏した。
さりげなく、二つのコップに同時におかわりを注ぎながらメディオが言う。
「大変だったみたいですね。まぁ、コージャイサンはあっちで動いてますけど」
「アイツ、化け物か? 体力どうなってんだ……?」
驚愕と羨望が混ざり合ったキノウン。
「あれは鬼畜って言うんだよ。ゴーレムを倒してる途中でいなくなるし、結局全部僕たちにやらせたんだから」
諦念と憧憬を滲ませるロット。
けれども、そう言う割に二人の顔には達成感が浮かんでいる。
「二人とも実りがあったようで何よりです」
「キミもね。……その背中のウニョウニョ、なんなの?」
ロットから問われてメディオの眼鏡がキラリと光った。それはよくぞ聞いてくれたとでも言うようだ。
そして、もったいぶるように眼鏡のブリッジを押し上げると、背中に背負った装置から伸びる八本の細長い軟体を紹介した。
「研究員からお借りしました。その名も『触手くん八号』です」
「触手くん」
「八号」
見たまんまの名前をキノウンが、『八本あるからなのか、試作八体目なのか』と新たな疑問を抱いたロットが真顔で返す。
しかし、メディオは自慢気にこう言うのだ。
「ええ。人の腕は二本しかありません。防護幕を張ったり、記録をしたり、手当てをしたりと、どうにも手が足りないと言ったところ貸してくださったんです。便利ですよ」
「ヘェー、ヨカッタネー」
それを付けっぱなしでいるのだからよほど気に入ったのだろう。メディオの背後で触手が親指を上げている。ウキウキか。ちなみにおかわりを注いだのもこの触手だ。
ロットの返事は適当なもので、キノウンは興味ないとばかりにテーブルに寝そべった。
さて、やらかしその一、二、三と呼ばれて始まった今回の仕事は彼らにそれぞれの成果をもたらした。
社交界のみならず国内であの婚約破棄騒動を知らない者はいないだろう。
しかし、彼らに下されたのは廃嫡や放逐ではなく再教育。もちろんそこで躓けばどこにも戻ることはできなかった。
この場にいるのは家族のみっっっちりとした再教育があってこそ。
ところが、謹慎が解けた彼らの立場は親が権力者であるが故に微妙であった。
ヨイショしすぎてはまた天狗になるだろう。
シゴキが過ぎれば心が折れるだろう。
なんとも扱いづらい事この上ない。
その謹慎が解けるタイミングで今回の事件。「面白……んん、丁度いい」とゴットフリートは画策した。
——彼らの友人として
——彼らとは別の選択をした者として
同じ舞台に巻き込まれたコージャイサンがひと足もふた足も先を行き、その上で隊長として彼らを率いる。
友人としては鼻が高い事だろう。だが、男としてはなんと羨ましく、そして屈辱的な事だろう。
驕りを捨て、再教育の成果がある事を見せること。
自分たちの立ち位置を受け止めること。
自信を喪失し挫けないこと。
それぞれに一つの実績を積ませること。
まぁ、一石で何鳥狙ったんだと言う采配だ。
チックたちがメンバーに選ばれたのは訓練公開日で同じくやからしながらも、騎士として立ち続けているからだ。
やらかしの度合いが違うので比べるものではないが、下手な慰めや腫れ物扱いよりもずっと雑に、ずっと楽に、鬱陶しく絡まれて場に馴染めるだろう、という父親たちの親心もちょっとばかりあるとかないとか。
そんなやり取りは知らないまま『触手くん八号』をテーブルに下ろしたメディオが一つの影を見つけた。
「あ」
「ん? ……ああ、コージャイサンの部下か」
「少し外します」
キノウンにそう返すと、メディオは彼のあとを追う。
残された二人は「何をするつもりだ」と顔を見合わせ、それに続いた。
拠点から離れた林の中を歩いている影の跡をつけてしばらく、彼がピタリと足を止めた。
「さっきからコソコソしてっけど、俺に何か用かぁ?」
間延びした声に肩を揺らす三人。
——バレていることへの驚き
——殺気を思い出しての怯み
押し合いの末、言い出しっぺのメディオが先陣を切った。
「失礼。私はメディオ・ケンイン。アナタはコージャイサンの部下ですよね。お名前をお伺いしても?」
ゆっくりと振り返った細身の男。フードを目深に被っているが、口元はむしろ見せつけるようで。
「コージャイサン様がアンタらに言ってないなら俺が言う必要はねぇ」
にべもない返事だ。叩きつけられた殺気を思い出して膝が震えるが、それでもメディオは気丈に振る舞う。
「そうですか。では本題を。今よろしいですか?」
「手短に頼むぜぇ」
「時間は取らせません。アナタ……暗殺者の里から来たのですか?」
その問いに男の唇がニィッと弧を描く。
「だからなんだ? 公爵閣下もご存じの事だ。何か問題あるかぁ?」
「いえ、特に問題はありません。コージャイサンが『出会う機会があった』と言っていたので、そう言えばそんな話を聞いたなと気になっただけです」
別荘を彼に任せると言った友人。
向けられた殺気からも先輩騎士たちの反応からも只者ではない彼と出会うきっかけ。
あの場でメディオの頭に過ったのは貴族女性にあるまじき大笑いをした女性だった。
そして、メディオの言葉に彼らも合点がいったのだろう。
キノウンが呆然と呟いた。
「あの二人は…………本当に暗殺者の里に行ったのか」
そして殺気一つで己の矜持を穿った目の前の男がその里の出であることに、妙に納得がいった。
「なんだ。アンタらは二人が来る事知ってたのかぁ」
「知ってたって言うか……その……卒業パーティーの日に、どう言うわけか話の流れでイザンバ嬢が誘ってたのを聞いてただけだよ」
「ハッ……イザンバ様らしいな」
ロットの言葉を鼻で笑う彼だが、心なしかその声音は先ほどよりも幾分か柔らかい。
だからつい、キノウンがこんな事を口にした。
「お前はイザンバ嬢に惚れてついてきたのか?」
「はぁあ?」
馬鹿にしたような、心底驚いたような、それはそれは不快感を露わにした声。
なまじ殺気をぶつけられた事を思い返し、ビクッ! と三人の肩が大きく跳ねた。
「アンタ、その頭は飾りか? 中身入ってねーのか? 俺はコージャイサン様を主だと言ったはずだぜぇ。おい、意味分かるかぁ?」
煽り立てる言葉を放つニィッと歪む口元。
例え主人の友人でも、まかり間違って周囲に誤解を与えるような事は言われたくない。
煽られて腹立たしいやら、凄まれて怖いやら。だが己の間違いに気付いたキノウンはすぐに頭を下げた。
「す、すまない!」
「確かにきっかけはイザンバ様だけどなぁ。あんな変な女、俺の好みじゃねぇ」
「へ……変な女って……」
キノウンの迂闊な物言いにも、彼の歯に衣着せぬ物言いにも、ロットとメディオは呆れるばかり。
彼はそんな三人に鼻を鳴らす。
「俺らが忠誠を誓ったのはコージャイサン様ただ一人だ」
それは彼の主人を彷彿とさせる堂々とした物言いで、ニヤリと勝気に上がる口角が彼の自信を示す。その技も、その命も、全てが主人に捧げられたものだ、と。
全員が理解したところで彼はふざけたように肩をすくめる。
「ま、最初はイザンバ様をただのオマケだと思ってたけどさぁ。あの人もそれなりに根性あるし、今なら一回くらいはタダで依頼を受けてやってもいいかもなぁ。…………——アンタらもせいぜい気を付けろよ」
そう言って軽く忠告を飛ばし、彼の姿はまた掻き消えた。
最初にぶつけられた殺気のせいだろう。彼から放たれた軽い気にも三人は身が竦んでしまう。
「クソッ…………——なんて奴だ……」
キノウンはまた気圧されたことに悔しそうに地を蹴り。
「『俺ら』と言っていたのでコージャイサンの部下は複数いるんでしょうね」
メディオは膝をガクガクと震わせながらも努めて冷静に言葉を分析し。
「あんなのがまだいるって事⁉︎ しかも僕らも抹殺対象に入れてるみたいだし……怖っ」
ロットは自身を守るように抱いた。そして、おもむろに口を開く。
「……ねぇ、コージャイサンがいつからイザンバ嬢を好きなのか知ってる?」
「いや、知らない」
「私も知りません。急にどうしました?」
キノウンもメディオも首を横に振るが、それにしては突然の話題転換だ。
「ゴーレム倒してる時に『惚れた女に甘いのは当たり前だ』って言ってたから、いつからなのかなーって思って……。学生時代にそんな素振りあったかなー?」
うーん、と考えるロット。これにはキノウンとメディオも目を煌めかせた。
「ほぉ……アイツがそんなことを……」
「成る程。では——呑ませて暴く。これしかありませんね」
なにせ男爵令嬢にも靡かなかったあのクールな友人だ。友人間で秘密主義とは悲しいが、だからこそ根掘り葉掘り聞きたいじゃないか。
乗ってきた二人にロットもイタズラっぽく口角を上げた。
「じゃあ、結婚式までに……」
「お前たち……面白い話をしているじゃないか」
そこに割り入るドスの効いた声。
驚いて振り向いた彼らの前に木々の間からニョキニョキッと現れた小隊のメンバー。その顔はニヤニヤとしていて実に楽しそうである。
「俺たちにも噛ませろー!」
鬱陶しいほどのハイテンションはゴーレム討伐後だから。
さて、彼らは気付いているのだろうか。軽く飛ばされた忠告の先が小隊のメンバーを含んでいた事に。
そして、その輪の中に自然と混ざっている自分たちの姿に。
彼らの賑やかさは内緒話には向いていない。
害は無さそうだと、身を隠して聞き耳を立てていたイルシーはほんの少し口角を上げてその場を去った。
活動報告より少し手直ししています。