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影で踊る月隠 2.5話

パパ上と頑固者の庭師の会話。

「やめてちょうだい。あなた達が庭を荒らすたびにトムから希少な苗木を求められるんだから」


 そんなセレスティアの苦言の始まりは遡る事八年前。

 婚約してから半年のイザンバが倒れた日だ。

 公爵家へ戻ったコージャイサンはアーリスとの話し合いの結果などをゴットフリートに報告した。


「——分かった。それで、お前は交流で何をしていたんだ?」


「何も。言い訳できるほどのことすらしていません」


 観察はしていたが些細な変化に気付けるほどほどイザンバを知らない。また信用も得ていない。逆も然り、と息子は常と変わらない様子で言う。


「そうだな。共に時間を過ごすだけが交流ではない。観察も大事だが、会話をしていれば彼女が隠していても何らかの変化に気付くことは出来たはずだ。イザンバ嬢の変化に気付かなかったのはお前の落ち度だ」


「はい」


「だが、あの家庭教師を潰す役目をクタオ伯爵に譲ったのはいい判断だ。威厳とは一朝一夕で出来るものではないからな。伯爵令息にとっても良い手本になった事だろう」


 そして、ゴットフリートはそれはそれは綺麗な笑みを浮かべて息子に言ったのだ。


「さて、知らない内にお気に入りにちょっかいを掛けられていた今の気分はどうだ?」


 なんとまぁ、息子の神経をがっつりと逆撫でるいい笑顔だ。

 口を閉ざし、険しい表情になったコージャイサン。部屋の温度が下がりチクチクと冷気が肌を刺すが父はさらに愉快そうな顔をしてみせる。


「魔力が漏れているぞ。抑えろ」


 それはコージャイサンの感情の現れ。

 ——自分の至らなさに

 ——家庭教師の暴言に

 ——痛感した立場の違いに

 アーリスの前では抑えられた感情が魔力と混ざり合って迸る。

 どこか達観していた息子の変化の証にゴットフリートは笑みを深めると捌け口を提供する事にした。仕方がないな、とこぼす口調は楽しげだ。


「その燻った感情、爆発する前に発散させてやるか。来なさい」


 感情的で単調な攻撃をいなすだけのゴットフリートにとっては戯れの手合わせの結果、溢れる魔力を御しきれずにボロボロになったコージャイサンはそのまま気絶してしまった。だが、発散したためかその表情は落ち着いている。

 気絶した息子を抱き上げ、ふと思う。


 ——お前の八つ当たりをこの身で受ける日が来るとはな……。


 その事実は感慨深かった。

 けれども、いつまでもしんみりしていられない。息子を部屋へと運んだ後にもう一つ片付けなければならない問題がある。

 ベッドに寝かせた息子の頭をひと撫ですると、彼は大方の展開を予測しながらその問題の場へと足を向けた。


「旦那様! こいつぁ一体どういう事ですかいっ⁉︎」


 さてさて、ゴットフリートの姿を見つけた途端、トムが剪定鋏を持った悪魔になってしまったのだから、彼のテリトリーである庭は大惨事と言ってもいいだろう。ついでに言うと邸も数箇所の壁が壊れている。

 怒りのままに当主に噛み付くトムに、ついてきた弟子の方が顔色は悪い。

 ところが怒号とも言えるトムのダミ声にもゴットフリートは飄々としたもので。


「これはあれだ。親子のふれあい的なヤツだ」


 なんて言うものだから悪魔の顔がさらに恐ろしいことになった。


「——ほぉ、ふれあいですかい。その割には……儂が丹精込めた庭がなんとも可哀想なことになっちまってんですがねぇ」


「まぁ……ちょっと荒れたがこれくらいなら許容範囲内だ」


「ちょっと⁉︎ これのどこがちょっとですかい⁉︎」


 トムがますます声を荒げると弟子の顔から色が無くなった。けれども口を挟める度胸もない。


「庭は儂の領分でさぁ! 勝手に荒さんでいただきてぇ!」


 青筋を立てるトムに血圧が上がり過ぎていないか心配になる。

 さすがにここでプッツンと逝かれては後味が悪い、とゴットフリートも詫びを入れた。


「悪かった」


「もう二度としないでくだせぇよ」


「それはどうだろうな」


 コージャイサン次第だとゴットフリートは笑うだけ。

 その返答に、どう言う事だと眉間の皺を深くしたトムに当主は語る。


「こういう事でもないとコージーが自分の限界を知る機会はないからな。魔力が暴走した時、どの程度の被害が出るのか把握することも大事だと思わないか?」


「……そう言う事ならしょうがねぇ」


 これまで手の掛からなかった公爵令息が抑えきれなかったと言うのならば年長者であるトムが怒りを鎮めるほかない。

 なにせトムもコージャイサンが父親の性質をよく引き継いでいる事を知っているからのだから。

 自分の限界を正しく知る事は大事だ。それが大きな力を持つものならばなおのこと。


「たくっ……ここんちの子どもはいくつになっても庭を荒らしやがる……!」


「待て。それは俺の事を言っているのか?」


「ガキの頃、散々大旦那様と庭を荒らしてたのはどこのどいつだい!」


「んー……俺だな」


 ゴットフリートは昔話を出されても軽く笑って流すばかり。

 すっかり当主としての振る舞いが板についたゴットフリートだが、彼が公爵令息時代に先代との手合わせで庭を荒らしていたのはトムがここに来たばかりの事だ。


 ——それを今度は自分の息子と……。全く、厄介なタチが続くもんだ。


 血は争えない。そんな事実にトムからはため息が漏れる。

 年を経て、それでもかつてと変わらないその涼しげな眼差しがトムに向けられた。

 だが、そこはトムだ。思い出も哀愁もまるっと流して釘を刺す。


「旦那様はもちっと若様の力を相殺しなせぇ」


 出来る筈だろう、と目力をこめればゴットフリートはわざとらしく肩をすくませる。


「許容範囲内だと言っただろう。家の外には出していない」


 ——邸が壊れても

 ——庭が荒れても

 その魔力はオンヘイ公爵家の敷地の外には漏れていない。

 つまり、そうなるようにゴットフリートがコージャイサンの魔力を打ち消していたという事だ。


「なら庭も守ってくだせぇ」


「形があるものを壊したことに罪悪感を覚えさせる事も必要だろう?」


「っ——そうですかい! 旦那様には全くなさそうですがねぇ!」


 いくらトムが無礼な物言いをしてもゴットフリートは笑う。まるでそれすらも許容範囲内だと言うように。

 怒るだけ無駄だとトムもようやっと気が付いた。長く息を吐き出した末、無理矢理思考を切り替える。


 ——ここいらは若様の為に空けておいた方が良さそうだ。


 と、頭の中で庭の設計図を引き直し始めた。

 そこへまるで見計らったかのようにゴットフリートから声がかかる。


「次にイザンバ嬢が来るまでに整えられるか?」


 公爵令息の変化の理由が一職人である彼に語られる事はないが、その名の人物が今日現れなかった事がきっかけであると、頑固者にでも分かった。


「それくらい朝飯前ってもんでぇ」


「流石だな」


「ところで旦那様。わしゃ欲しい苗木があるんでさぁ」


「おっと、そう来たか」


 求められたそれは希少なものだったが「よそで息子が魔力を発散して市街破壊をするより安いか」と瞬きの間に計算すると、ゴットフリートはトムの要望を聞き入れることにした。

 そして当然のことながら当主はニヤリと笑いながら命を下す。


「いい庭に仕上げろよ、トム」


 その言葉はトムの職人としての腕前に信頼をおいていて。


「お任せくだせぇ」


 ゴットフリートに対して帽子を取り、トムは頭を下げた。

 さぁ、仕事だ。幼いながらに頑張る二人がひと時でも安らぎを得られるようにと心を込めて。


 だがしかし、この日から幾度も庭は荒らされた。

 ——好奇心溢れる令息の挑戦から

 ——御しきれない令息の感情から

 その度にトムの額に青筋が立つ。仕方がないと分かっていても……。


 月日は流れ、二人の想いが通じ合った日。

 ようやく庭が荒らされる事がなくなるかと安堵を漏らしたトムだが、ふと考えた。


 ——もしも、若様の子どもにこのタチが受け継がれたのなら……。


 それはきっと訪れる未来の話。だが、二代に渡り公爵令息の成長を見てきたトムはすっかり年老いて、その頃には今のように庭を整いきることは難しいだろう。


 ——儂もここらが潮時かねぇ。


 トムは自分の役目が終わる頃合いを悟ったのだが、残念ながらそうは問屋がおろさない。令息とその部下によりまた庭が荒らされたのだ。


「若様! 庭で火魔法を使うなと何度も言ったはずでさぁ!」

「土を抉ったのはどいつでぇ! ああ、木に傷もついてるじゃねーか!」

「花が枯れてやがる! 除草剤でも撒きやがったのか⁉︎ バーローめ!」


 と唾を飛ばしながら怒鳴る。浄化の炎がどうとか呪いしか燃やさないとかトムには知ったことではない。

 どうやら彼の職人としての人生はまだ暫くは続く事になりそうだ。


トムは江戸っ子気質の職人さん。


活動報告より少し手直ししてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] トムじいちゃんには是非ともザナとコージャインサン様との 御子様が生まれても是非とも現役で頑張って頂きたいです。 だって絶対厄介なタチは受け継がれているとおもいます そこにザナのオタク魂まで受…
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