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腕の中の花笑み 6.5話

従者たちとメイドたちの会話。

 さて、ここはクタオ邸の使用人たちに与えられた一室。

 部屋の中にはヴィーシャ、シャスティ、ケイト、そして三人に囲まれているリアンがいる。


「よぉ、準備進んでるかぁ?」


 そこへ飛び込んできた闖入者(ちんにゅうしゃ)

 それに対してシャスティからは心底嫌そうな声が出た。


「げっ、イルシー・カリウス……!」


「うわっ! 何しに来たの!?」


「わー、大きい人がいるー。お茶飲みますかー?」


 ゾロゾロとやってきた三人にリアンが声を上げ。

 ケイトは初対面の人間がいるにも関わらずひたすらのんびりとしている。

 戸惑ったのは怖がられないことに驚いたファウストだ。


「む……うむ。では……いただこう」


「ケイト、悪いが気持ちが落ち着くようなお茶を頼む。お嬢様にお持ちしたい」


「はーい」


 ジオーネが慣れたようにケイトに頼むと快い返事が返ってきた。

 ヴィーシャのお茶ももちろん美味しいが、やはりケイトのものが一番落ち着くだろう、と彼女なりの気遣いだ。

 一気に賑やかに、そして狭くなった室内にヴィーシャが呆れたような声を出す。


「見ての通りまだ支度中や。あんたら揃いも揃って何しに来たん?」


 イルシーは壁にもたれ掛かると少しめんどくさそうに口を開いた。


「あー、コージャイサン様の話を聞いてる最中にイザンバ様が嫉妬してさぁ」


「嫉妬!!??」


 イルシーの言葉に彼女たちから上がる驚きの声。


「え、あのお嬢様が嫉妬!? 嫉妬って嫉妬だよね!? お嬢様が!?」


「痛い痛いっ! ねぇ、髪の毛引っ張ってる!」


「あ、ごめんね」


 驚きすぎてシャスティはリアンの髪の毛を引っ張ってしまったようだ。

 慌てて手を離して謝るが頭を押さえるリアンは涙目だ。


「えー、どんな風に嫉妬してたんですかー?」


 ケイトのニマニマした顔に返ってきたのは落ち着いたイルシーの声。


「あー……どっちかてーと意外?」


「そうだな。怒っていると言うよりも落ち込んでいらっしゃるような」


「静かすぎて怖いと言うか……」


 そこにファウストとジオーネも続く。


「あの手の嫉妬の仕方って何かしらトラウマ持ちが多いんだけどなぁ」


 思わずと言ったようにイルシーから溢れた音に宿る疑問。

 その言葉に「ああ」とシャスティとケイトは納得してしまう。


「お嬢様の場合は……そうならざるを得なかったと言うか」


「婚約したての頃のお話ってお嬢様から聞いてますかー?」


 それに対して彼らは首を振る。彼らにとってイザンバは出会った時からコージャイサンの隣にいる女性だ。

 イルシーでさえ以前に出会いの話を聞きかじった程度。先程部屋で語られた内容も掻い摘んだもので詳しい事は誰も知らない。


「そうですか……うーん、私たちが話す訳にもいかないよね」


「デリケートな話だしー」


 二人が仕えたのはイザンバが学園に上がる一年前からで、彼女たちはその際にカジオンから教わったのだ。


「他言せぇへんし教えてくれへん? お嬢様の事はご主人様と同じくらい守らなあかんお人やと思てるから」


 ヴィーシャの真剣な声色に顔を見合わせた二人は話すことにした。最初についた家庭教師がひどい人だったことを。


「そんなんただの洗脳やんか」


 ヴィーシャは不快感に眉を寄せ。


「イザンバ様、なんとお労しい……」


 ファウストがハンカチで涙を拭う。


「うん……卑屈っぽくないから全然分かんなかった」


 呆然としてしまったリアンに。


「自尊心が低すぎるって事か」


 イルシーはため息を落とし。


「やはりお嬢様に必要なのは自信だな」


 ジオーネが持論を述べる。


 いつだって能天気に笑う彼女は一人で内側に抱え込んで立ち止まっていたのだ。

 婚約に関係ない第三者によって付けられた傷。

 周囲の言葉を全て他人事として聞き流すことで守り続けた心。

 コージャイサンに対してさえ線を引いていた彼女の徐々に変化した心境は、第三者がその背を押すことでやっと一歩を踏み出した。

 ビルダの言葉に涙したのはそれ程までに否定の言葉が多かったからだろう。

 だって彼らでさえ最初は理解できなかったのだ——どうしてイザンバなのか、と。


 ——流石にもう分かったけどなぁ。


 知識がどうとか見ていて面白いからとか、そんな理屈じゃない。爵位や見た目なんてもっと関係ない。言うなれば、そう……。


 ——ありゃただの本能だな。


 今更彼女以外が主人の隣にいては従者たちも違和感を感じて仕方がないだろう。

 もしも、仮に、エンヴィーが婚約者として立っていたならば……誰がいち早く仕留めるかで揉めそうだ。

 もはやコージャイサンとイザンバ、二人が揃っていることが当たり前で、その空気感に浸されたと言ってもいい。


 今回、嫉妬心は確かにイザンバのトラウマを刺激した。けれども何も心配することはない。

 なぜなら今頃は——コージャイサンがそこに揺るぎない想いを注いでいるから。


「ま、すぐ元に戻んだろ。今日のコージャイサン様はゲロ甘だし」


「ゲロ甘⁉︎」


 イルシーがさして気にした様子もなく飄々と言えば、シャスティとケイトが食いついた。


「お嬢様を離そうとしないばかりか」


「ばかりか⁉︎」


 ジオーネが思わせぶりに煽り。


「キスマークをつけておられた」


「キスマーク!!!???」


 ファウストがトドメの一言を投下した。

 驚きで目を白黒とさせる彼女たちにイルシーはニヤリと笑う。


「イザンバ様、真っ赤だったしなぁ」


「えぇぇぇぇぇ! 見たかったー!」


「それ絶対可愛いやつー」


 シャスティが雄叫びを上げる中、にわかに湧き立った室内。ニヤニヤとした表情があちらこちらに見受けられる。

 さて、ジオーネが選んだ洋服は詰襟ではなくスリットブイネックのワンピースだという事を思い出したヴィーシャ。


「ジオーネ、ええ仕事したやん」


「リアンが早朝に来たということだったからな」


「え? 僕は主が会いたがってるって言っただけだよ?」


 そんなリアンに向けるヴィーシャとジオーネの視線はまぁ生温いこと。


「まだまだやなぁ」

「まだまだだな」


「なんかムカつく!」


 苛立ちを露わにするリアンを「はいはい」とヴィーシャたちがいなしていると、ケイトが一つ閃いた。


「あ……さてはヴィーシャさん、この展開を読んで私に外すように言ったでしょー?」


「堪忍なぁ。そこまでしはるとは思てへんたんやけど、まぁええやんか」


「貸し一つでどうですかー?」


「あら、怖い事ゆうわぁ。ほんならすぐ返すわな」


 コロコロと笑うヴィーシャは実に楽しそうで。ケイトににこやかに返した後、その視線はイルシーへ向かった。


「ほんでイルシー。あんたの事やから撮ってるんやろ」


「分かってんじゃねーか」


「見せてください!」


「悪ぃなぁ。俺が撮ったやつは一旦オンヘイ公爵家に飛ぶんだよなぁ」


 せがむシャスティの声に、大して悪びれもせずにイルシーは言う。


「どうしてもって言うならファイリングしたやつ、三十ゴアで売ってやんぜぇ」


 出ました! 伝家の宝刀、金銭要求! シャスティとケイトが目を見開いた。


「三十ゴアですって⁉︎」


「術式が使えるのは俺たちだけ。写真の希少価値と技術料を考えたら当たり前だろぉ。これでもまけてやってんだぜぇ」


「お給金全額……っ!」


「でも見たいよねー。ねー、シャスティ半分こするー?」


 ケイトの提案にシャスティが拳を握ったその時。

 なんと全く困ったそぶりのないヴィーシャの声が通った。


「あー、どないしよ。ウチの口がうっかり滑りそうやわ。気ままな誰かさんがご主人様恋しさにあないなってしもて……」


「黙れ」


 瞬間、空気がピリリとしたのはイルシーが発したたった一言に殺気が含まれたから。

 この状況に訳知り顔で肩をすくめるのはファウストのみ。

 シャスティとケイトは顔を青くしており、ジオーネとリアンは首を傾げている。

 しかし、ヴィーシャはそれらを意に介さず綺麗に微笑んだ。


「ほな、写真できたら貸してや。もちろんタダで」


「…………お前、ほんとイイ性格してるわ」


「褒めても何もでぇへんで」


 そんな返しに舌打ちをしてすっかり不貞腐れたイルシーをよそに彼女はケイトへと笑いかける。


「これで貸し借りはなしやな」


「やだー、ヴィーシャさん怖いー。でもそこがカッコいいー」


「おおきに」


 賛辞を送るケイトと共にシャスティもすっかり興奮してしまっている。


「ヴィーシャさん、ありがとう! ケイト、宴会の用意するよ! みんなに声かけないと!」


「ラジャー。いいお酒も揃えないとねー」


 そんな彼女たちのやり取りにイルシーがため息をついた。


「そうまでして見たいかぁ?」


「当たり前でしょう! お嬢様の言葉を借りるなら……婚約者様(推し)お嬢様(推し)のイチャイチャとか最高じゃないですか!」


「いっぱい眺めてたいよねー」


「ハッ。どいつもこいつも……イザンバ様に毒されてんなぁ」


 けれどもそれはどこまでも平和的な影響で。まるでぬるま湯のような居心地にイルシーはむず痒くなった。


「おい、準備出来たんなら行くぞ。あんま二人きりにするとコージャイサン様の理性がぶっ飛びそうだしなぁ」


「伯爵は留守だしいいんじゃないか?」


 ジオーネの言葉からも分かる通り従者たちは既成事実推奨派だ。

 二人の仲が深まるならよくね? と言うがイルシーは肩をすくめる。


「俺もそう思うけどなぁ。そこだけはコージャイサン様が待つ気なんだからしゃあねーだろ」


「あー……」


 まぁすでになんやかんやとイザンバを翻弄しているのだが。

 さて、主の元に向かうよう促されたリアンだが緊張からかその表情が固い。イルシーがバシッと背を叩いた。


「今更怖気付いた……なんて言わねーよなぁ」


「はぁ⁉︎ そんなわけないでしょ!」


 彼の茶々に一気に気色ばめば目に入るのは憎たらしい口元。ニタニタしたそれにリアンはイラッとした。

 そこへかけられたのは正反対の明るい声援。


「リアン君、頑張って!」


「いってらっしゃーい」


 シャスティとケイトに見送られ、五人は主の元へと向かう。

 周りに人の気配がない事を確認してファウストが口を開いた。


「二人とも歩きながらでいいから情報を共有しておこう」


「なんか分かったん?」


「そうだな……とりあえずお嬢様が平凡ではない事が分かった」


 ヴィーシャの問いかけに答えたジオーネ。だがそれにリアンが首を傾げた。


「なに? どう言う事?」


「ハッ。変な女って事に決まってんだろぉ」


 鼻で笑うイルシーの言葉に、別室にいた二人はますます首を傾げたのだった。


活動報告より少し手直ししています。

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― 新着の感想 ―
[一言] ザナはコージャインサン様もですが周りに恵まれていますよね一寸世間一般のご令嬢と外れていますがそこを含めて 愛されいますよね あといくらコージャインサン様の紹介とはいえ暗殺者の人達と馴染んでい…
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