漢学園に桃色転入生の風が吹く!
「おまえらぁー! たるんどるぞぉー!」
地獄のような色の空の下、鬼教官の怒声が今日も学園中に響いている。
ここは泣く子も黙る『漢学園』。日本の未来を背負って立つ漢を育てることを目的とした、れっきとした公立高等学校である。
竹刀を地面に叩きつけ、鬼教官が一人の生徒に目をつけた。
「おい、そこのおまえぇ〜! 名前と学級を言ってみろぉ〜!」
目をつけられた生徒は派手な学ランに鉢巻を締めたイケメン。
鬼教官に絡まれても表情ひとつ変えず、それどころか薄笑いを浮かべ、返答する。
「一号生筆頭、刃柿次郎」
「敬語はどうしたぁー!」
鬼教官が怒り狂う。
「教官様は神様みたいなものぞー! 『です』をつけんか、『です』をををー!!!」
「ウッス。では失礼ながら、つけさせて……」
柿次郎は低く構えると、
「いただき……Deathっ!」
教官を昇○拳で空へ吹っ飛ばした。
ウォー! と、生徒たちの歓声があがる。
スキンヘッド、リーゼント、アフロヘアー等、さまざまないかつい髪型をした漢たちが、ぶっとい拳を振り上げて、龍の刺繍の入った学ランの裏地を見せて歓喜する。
「柿ぃ〜! ようやったどー!」
「エラソーな教官ぶっ飛ばしてスッキリしたわい!」
「な〜にが『神様』じゃー!」
『地獄の油風呂』の中で試練を無理やり受けさせられていた一号生たちも喜んで出てきて、お祭り騒ぎのようになったと思われたその時!
「貴様ら! 静まれイッ!」
大魔神のごとき声が校庭中に響いた。
「ワシが漢学園学園長、小豆島平吉じゃあッ!」
「学園長だ……!」
「学園長だ……!」
あっという間に全員が『気をつけ』の姿勢になり、静まり返った。
柿次郎も学園長には抵抗できないと見え、両腕を後ろに組んで直立する。
モアイのように雄々しく、生徒たちの前に立つと、学園長は大声で言った。
「今日はッ! 転入生をッ! 紹介するッ!」
「転入生だと?」
生徒たちはざわついた。
「聞いてないな」
「どんなやつだ?」
「弱そうなやつならいじめてやろう」
「転入生、前へッ!」
学園長が大声でそう言うと、ピンク色のツインテールを揺らして、華奢な女の子が前に進み出た。
「あっ……あの……」
女の子は戸惑っている。
「自己紹介ッ!」
学園長が命令すると、仕方なさそうに自己紹介を始めた。
「あ……あの……。このたびこの高校に転入して来ました……北大路ミヤですっ……。その……入る高校を間違えたみたい」
「間違ってはおらんッ!」
学園長の大声に電気ショックを受けたように縮みあがるミヤ。
「北大路ミヤ。貴様の天賦の才能……知り合いの夜雲千房先生から聞いておるッ! ゆえに我が校に転入させたッ!」
「でも……ここ……男子高ですよね?」
「それも狙いだッ! 漢たるもの、女子を守らなければならんッ! 見事守られてみよッ!」
「才能ですって……?」
ナヨいオネェっぽい男子生徒がナヨナヨしながら前へ歩み出た。
金髪を70年代風にまとめ上げた、まつ毛バッサバサなお嬢様風キャラである。
「ごきげんよう、北大路さん。わたしの名前は姫小路アユよ。ようこそ漢学園へ」
今までは彼が一人でこの学園のアイドルの座を占有していた。
微笑んではいるが、その心中は穏やかではあるまい。
隙あらば上履きに画鋲を入れようと狙っているようだ。
「よ……、よろしく」
握手をしかけてミヤは慌てて叫ぶ。
「……って、あたし、この学校には入ーらなーいーっ!」
姫小路アユは早速てのひらに画鋲を仕込んでいた。
それを既のところでかわされ、アユは大きな目を真っ白にして呟いた。
「気づいたの……? ……恐ろしい子!」
「それでは貴様ら! たった一人の女子生徒を守り抜くのだぞッ! さらばだ!」
そう言い残し、学園長は背中に翼を生やして飛び去った。
刃柿次郎が頬に汗を垂らしながら、呟いた。
「フッ……。あのオッサンには敵わねぇぜ」
北大路ミヤは自分が全生徒のまなざしを一点に集めているのを感じ、嫌だった。
獣のような荒い息と、犯罪者の呟きのような声が聞こえてくる。
「女だ……」
「女だ……」
「スカートだ……」
「穿いてみたい……」
「セーラー服だ」
「っていうかこの学校、女子の制服あったのかよ」
「ま……、守れって言ってましたよね?」
ミヤは自分の身体を抱きしめながら、警告するように言った。
「あたしのこと、守り抜けって……さっきのおじさんが」
「ウオオオーーー!」
「おっぱい!」
「触らせろ!」
津波のように押し寄せる男臭い群衆に、ミヤは泣き叫んだ。
「いやあああーっ! やっぱりこうなるんじゃない!」
「おい」
背後からイケボが聞こえた。
「久し振りだな、ミヤ」
振り向くと一号生筆頭、刃柿次郎の姿がそこにあった。
ミヤには見覚えがあった。輪郭からはみ出すほどの立派な眉毛、日本刀のように鋭い目つき……
「カッくん……?」
幼馴染みだった。
「カッくぅーん! お願い、助けて!」
「フッ。何を言ってやがる」
柿次郎は目を瞑り、ポケットに手を突っ込んだまま、背中を向けた。
「おまえの才能を使う時だろう? おまえは誰に助けてもらう必要もねぇはずだぜ」
背中で言った。
「見せてみろ、おまえの天賦の才能」
熱い情熱がミヤの背景に炎を燃え上がらせる。
真っ白になっていた大きな目の中に、焔を湛えた瞳がキラキラ輝く。
「あたし……演る!」
ミヤは拳を握りしめた。
「さっきのおじさんを演るわ!」
説明しよう。
北大路ミヤは、テレビもない貧しい母子家庭に育ち、将来に絶望していた!
そんなある日、夜雲千房と名乗る怪しげな中年女性に出会い、彼女に才能を見出され、演劇への道を歩き出す!
お母さんが夜雲先生に熱湯をぶっかけてもやめなかった!
おんぶしていた赤ん坊の首がコロンと落ちてもやめなかった!
役になりきったら周りが見えなくなる舞台あらしだと言われてもやめなかった!
インフルエンザにかかって40℃を超える熱を出していても、共演者に伝染させながら、笑顔で舞台を降りなかった!
彼女は役になりきることの異常なほどに出来るヘンタ……天才だったのだ!
そして、今、その才能が……衆目の元に曝される!
「ワシが漢学園学園長! 小豆島平吉じゃあッ!」
押し寄せていた獣の群れがピタリと止まる。
彼らは、見た。
ピンク色のツインテールだったはずのミヤの頭が、見事なまでに禿げ上がっているのを。
華奢だったはずのその身体が、鋼の鎧を着たように膨れ上がっているのを。
おっぱいがあったはずのその胸が、ビキビキと音を立てて怒張しているのを。
「ひっ……、ヒィィーーッ!?」
「が、ががががが学園長!?」
「天まで飛べイッ!」
学園長の……もといミヤの豪腕が、愚集どもを地獄色の空まで飛ばした。
「見事だ……、ミヤ」
柿次郎が紫色のバラの花束を手に、拍手をする。
「おまえは『千の変身を持つフリーザ』。きっとこの学園でも最強になれるぜ」
木の陰から顔半分に醜い火傷をした中年女性が見ていた。夜雲千房先生だ。
先生はいきなり高笑いした。
「ホーッホッホッホ!」
そして、お決まりのあの台詞を、言った。
「恐ろしい子!」
このすぐ後、北大路ミヤは刃柿次郎らとともに、命を懸けた漢同士の戦いの場に赴くこととなる。
それはまた、いつか語られることとなるだろう。