揺籃
不定期更新です。
(ん……なんだ……?)
浮上するように意識を取り戻していく。しかし、表層まで近づいた意識はまたゆっくりと沈んでいく。
まだ半ばまどろんだままの悠斗は、自分の体がいつになく軽い、いや体なんて無いかのような解放感を感じながら空を揺蕩っていた。
(俺、飛んで、る?)
ゆったり、ゆったりと落ちていくような感覚に無理やり目を開くと、悠斗の視界には黄金色に輝く巨大な揺籠が映る。悠斗はこの揺籠に載せられて、ひとひらの羽が地面に落ちるかのように優しく下降していっているのだ。温かく柔らかい揺籠はまるで母の胎のように悠斗を抱きとめる。
(———うわッ!!!!)
重たくなる瞼を押し開け目を凝らすと、見える揺籃の細部に思わず悠斗は叫んだ。
揺籠の網目の一つ一つだと思っていたものは人間の顔だった。巨大な黄金の揺籠は、幾千もの人間が折り重なってできていたのだ。人間たちはみな尽く裸で老若男女問わず集まっており、何より全員意識があった。幾千もの人間の視線はみな悠斗に注がれ、貼り付けたように同じ笑顔で、何事かを念仏のようにずっと小声で唱えているのである。
さやさや、さやさや。ざわざわ、ざわざわ。
(これはやばいッ……てか、なんだこの、気持ち悪っ……!!)
意識が明瞭になるにつれて次第に大きく聞こえてくる声に異常を悟ると、悠斗は不意にあることに気づく。
自分の体がこの揺籠に触れていること、それが堪らなく気持ち悪い。もはや生理的なほど、裸の肌を触れ合わせるよりもパーソナルな部分でこの揺籠と触れ合っているかのような、猛烈な拒否感。例え相手が妙齢の美女だったとしても激烈な嫌悪感を感じるような、本能的な感情。
(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い———)
悠斗の激しい拒絶は力の奔流となり、やがて紫電のかたちをとって雷の如くバチリッ!と弾ける。穏やかに下降していた悠斗はその放電の大きな衝撃で揺籠から弾き出され、まるで羽のように心もとなく、揺籠から遠く離れた方角に吹き飛んでいった。
中空に放り出された悠斗は揺籠に載っていた時とは異なり、凄まじい速度で墜落していく。体は軽く感じるのに、まるで大地に吸い寄せられるかのような落下速度。また薄れてきた意識の中で悠斗は、このまま地面にぶつかったら当然のように死ぬなとぼんやり思考した。まだ21歳の若さで、こんなわけのわからない状態で死にたくなんてない。だが超高高度から一気に緑の木々が視認できるほど墜落してきて、この速度と勢いを止めるなど人間には不可能だ。
足掻きたい心とは裏腹に沈む意識が悠斗の瞼を重く閉じさせようとした時、悠斗は突如中空に現れた白く細長い紐のような何かが自分の手首にしゅるっと巻きつくのを見る。
紐の先端が二つに割れ、そこから放たれた光が自分の背後に壁のようなものをつくる、そこで悠斗の意識は完全に途切れた。
次回から一人称時点になります。