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笹竜胆の王   作者: 笹竜胆
第一部 収容所と呼ばれた部隊
9/24

黒い狼6 ―斐伊川クラウス=ギードより—

その後、俺は牧園さんと分かれ、一度官舎に帰る振りをしてから妙見さんの屋敷にむかった。その道中、ニュースサイトを流しながら電車に乗っていると、衝撃的なニュースが流れてきた。


『小笠原諸島、何者かの砲撃を受ける。死者2名、村全域に避難命令発令』


それとともに2時間以内に駐屯地に帰還するように命令を受けた。報告したら俺もすぐに習志野に戻らなくてはならない。屋敷につくと、彼が保護している少女の一人、若葉が出迎えてくれた。


「斐伊川さんか。妙見さんはすぐ市ヶ谷に行くからなにか用があるなら急いだ方が良い」


そう言われ、玄関につくと、さすがの妙見さんも慌てていた。


「斐伊川くん、すまない、今日は私はすぐ市ヶ谷に行かないといけない。君はとりあえず、これまで通

り先生方について勉強を続けてくれ」


その後、基地に戻ると俺も本業の方の中隊長から出動に備え待機するよう命令を受けた。小笠原諸島という、人の住む島への攻撃。自衛官として、今なにもできないのが歯がゆかった。




翌朝、法律の制定によりこの間設立された『海蜂』対策を担う対策委員会により、昨日の砲撃事件が『海蜂』によるものであることが発表された。それに伴い、横須賀に委員会と太平洋の守護者、第一護衛隊群司令部からなる対策本部が設置された。第一護衛隊が交代で海原をパトロールしては、見つけ次第海蜂をミサイルで狩っていく体制だ。


小笠原諸島は全域が住民避難地区となり、硫黄島や父島に駐留している部隊も住民の避難を支援しながら引き上げを始めている、とニュースではえんえんと流れていた。


俺たちの部隊は、こんな非常時にも拘らず、やることは特になかった。すでに住民は横須賀を出発した第一護衛隊に守られて本土へ向かっていたし、住民の避難支援というなら同じ習志野の第一空てい団による、隊員が逃げ遅れた者を空から回収する作戦があったとあとで聞いたくらいだった。対人戦に重きをおいたSTFsは、この事件でやれることなどないだろう。小さな村であり、村民同士の多くが顔見知りであったことが迅速な避難を可能にした要因であったと、昼のワイドショーでいっていた。


「ほらみろ、結局妙見さん―俺たちが正しかったじゃないか」




3月に入っても、俺の生活は別に変らなかった。一応、5月からのレンジャー課程入校のためいろいろ検定とかがあるくらいだ。来月から入る院は、社会人学生であるために週2度の通学で、ゆっくりと学んでいくコースになっている。これくらいなら、本業と無理なく両立させることができた。さすがに前期はレンジャー課程がある期間単位が取れないということで講義を録画してもらい、夏季休暇の間に一気に受講することになった。学費は、妙見さんが出してくれることになった。任務の一環だからでもあり、『篤志家』であるところの彼の行動に対し、誰も不審に思うことはなかった。


定期報告のために訪れた妙見さんの屋敷で聞いた新しい情報としては、小笠原諸島でなにがあったのかを調べるため、安全が確認され次第一週間ほどの調査活動を、対策委員会の下部組織として調査隊をつけて牧園さんたち調査官に行ってもらうことになったというくらいだった。そのために各部隊から希望者を募集し続けているらしいが、「死体いじり」「学者先生の下仕え」と評されろくに人が集まらないらしい。まあそりゃ、誰もそんなわけのわからない部隊になんか行きたくないよな。


それから大きな事件としては、牧園さんが無事博士号を授与されたことくらいだろうか。卒業式には俺は本業のため参加できなかったが、学帽を被り、彼女とともに写った写真とともに送られてきた『無事卒業できたよ!4月からいっしょにがんばろうね!』というメールをみて、俺はほっと一息をついた。


牧園さんと秋園教授、馬喰さんは結局、あのあと調査委員会に非常勤のアドバイザーとして参加してくれることになった。妙見さんの話では、月に数回、講義や報告のために来てもらう程度だという。牧園さんは、借りていたアパートが契約満期になったついでに統幕が借り上げていたアパートに引っ越したそうだ。小笠原諸島の事件がなければ4月には調査隊を動かす予定だったために先走って施設を押さえてしまい、駐屯地建設予定地やアパートが遊んでいたのでちょうどよかったようだ。そもそも、妙見さんの話では調査隊は2小隊という話だったのに、いまだに一個小隊どころか一班にも満たない希望者しかいないらしく、「本当に問題児収容所になるかもしれないな」と笑っていた。



結局、入学式の日も俺は休めず、しかも来月から行くレンジャー課程に向けた訓練のあとに講義に向かうのが俺の院生としての第一日目になった。秋園教授の古い弟子だというおじさん先生の、おいしい深海魚の調理法についての話を聞きながら、数人の同級生とともにノートをとる。牧園さんは、院の講義は担当していなかった。


すでに俺の秋園一門を対策委員会に招く仕事は、その点ではほぼ終了だった。俺のこの院生生活も、俺の意思次第では続けても良いし、辞めたければ仕事の都合で仕方なく中退というこということにしてもいいといわれていた。しかし、勉強することそのものは俺の性に合っていたようで、週2コマの非番や終業後に時間を作っての登校はいつしかそれなりに楽しみになっていた。何年かかけてこつこつ修士号の取得を目指すことも、悪くないかもしれない。


ある日の昼過ぎ、授業が終わって、実習棟の前を通りかかると、牧園さんが職員さんに怒られているのを見かけた。とぼとぼと肩を落としてこっちに歩いてきたのをみて声をかける。


「牧園先生、どうかしたんですか」


「・・・怒られちゃったわ」


「何やったんです」


「1年生向けのね、1,2限に隔週でやる解剖学を担当することになったの。育休で担当の講師の先生が今いないから、前期だけやってって言われて」


「忘れてた、とかですか」


「ちゃんとやったわよ。魚の解剖の模範作業。来週以降はこないだ入手した海蜂を解剖していく予定だったから、その練習としてね。博論では検体は一体だけだったから、データが増えれば私の研究にもなるし」


「なんの問題もないじゃないですか」


「・・・・マグロだったの」


「マグロ?」


「ええ。解剖に使う検体を受け取ったときに、おまけにもらったの。小さいのをね。マグロを解剖して、それでせっかくだからみんなで昼食としていただいたの。ほら今魚介類高いじゃない、せっかくだからみんなにも食べさせてあげたくて。あ、そうだ、斐伊川くんにもあげるわ」


そういってごそごそとクーラーボックスから何か出した。タッパーに入ったマグロの切り身だった。


「・・・そりゃ、怒られるでしょうね」


マグロの包みを受け取りながら、その情景を想像した。要するに、この人、解剖の見学と称してマグロの解体ショーをやったのだ。


「なんでこの人怒ってるんだろうって思って、『学生へのアレルギー、解剖に対する拒絶感への配慮は本学ガイドラインに従っていますが』って言ったらもっと怒られたわ」


そりゃあそうでしょうね。俺は、かねてからの彼女に対する評価をつぶやいた。


「・・・牧園先生って、いまだに繊細なのか図太いのか俺よくわかんないです」



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