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笹竜胆の王   作者: 笹竜胆
第一部 収容所と呼ばれた部隊
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黒い狼2―斐伊川クラウス=ギードより—

しばらくは斐伊川くん目線が続きます。

「おー兄上、よく帰ってこられた。お疲れじゃろう、湯を浴びなされ」


「兄さん、荷物を持ってやろう」


 電車を乗り継いで約1時間。妙見さんの屋敷では、その養い子である4姉妹が待ち構えていた。競うように俺の荷物を持ったり、靴をそろえたりしてくる。


「お前ら露骨に持ち上げてくるな。久里浜に出す課題は終わったのか?」



「とうに終わらせたわ。見ておれ小平でも才媛の名を轟かせてやるぞ」


「そうか。じゃ、これ。大幸さんとこ持っていけ」


「「「「おおーー!!」」」」


俺の持ってきたボックスを見て、歓声を上げる4姉妹。俺は末っ子の初霜からタオルを受け取って、風呂に向かった。綺麗にされてはいるが古い日本家屋だからな、廊下がちょっとぎしぎしいう。妙見さんの若くして亡くなった奥様の生家であり、どこかの華族だかなんだかの御屋敷であるこの家は、風呂場の床もトルコ製だというタイル貼りだ。美しいんだが、冬はちょっとどころかそうとう冷えるんだよな。


「お兄ちゃーん!見てないで手伝ってよお!」


「お主爆発させてやろうか!」


風呂を出た俺は、大幸さんとともに若葉と初霜が捌いているアジを味見と称して一切れ食いつつ、台所でウニを殻から引っ張り出そうと格闘する初春と子日を眺めた。


「初春ちゃんあなたがいうと冗談にならないからやめなさい。爆薬、ほんとに出してませんね?」


そういって大幸さんは初春の手を取って、独特な金色の粘液が漏れていないか確認した。


「じょーだんに決まっておろう。もうこれくらいコントロールできるわ。小童のころのことをいつまでも言うな」


「はいはい、これはですね、こうするんですよ。はい、やってみて」


味噌汁を炊いていた大幸さんが、手本を見せてくれた。


「「おおー!」」


「すごいですね」


「ありがとねえ、国仁さんもあなたが来てくれると喜ぶわあ」


「・・・どうも。あ、俺も手伝います」


ウニ、買ってきすぎたかもしれないな。なんとか全部のウニの下処理を終えると、皿に盛って食卓へ初霜が運んでいった。


「ふう、まったくロシアもおとなしくしていてくれないかな、私の仕事がまた増えるじゃないか・・・おお斐伊川くん!来てくれて嬉しいよ、部隊ではどうかな」


午後には帰るとのことだったが、日が暮れてからけっこう疲れた様子で帰宅した妙見さんは、玄関で大幸さんにカバンを預けてから居間に来て、いつもよりちょっと早口でそう言った。大分疲れているときの癖だ。


「STFs、大変ですがまあ・・・うまくやれていますよ。まだ配属されて一か月経っていませんが、俺の目には忠実な自衛官たちに見えます。あと、春になったらレンジャー課程に送り込んでやると脅されてますね」


「そうかい、それはよかった。お前たち、先に食べていなさい」


そういって一旦書斎に引っ込んだ。外は炎天下だしな、風呂にはいって着替えてくるのだろう。その間に若葉は、冷蔵庫をごそごそして、瓶ビールを俺に持ってきてくれた。


「父さんが付き合いでもらってきたものだ。兄さんにやるつもりでいたらしい」


「いいのか勝手に出してきて」


「どうせ兄さんのところに行くものだろうが。食べていいんだろう。いただきます」


そういって行儀悪くウニに箸を伸ばす若葉。他の3人もそれに続いた。


「ああー旨いな、これどこのだ」


「三陸だとさ」


まあ、良いって言ってたしな。俺も皿に醤油をとり、大皿からウニを一切れもらった。


「しゃんりくか・・・・こないだのしんふぁいいらい」


「若葉、飲みこんでからしゃべりなさい」


大幸さんに注意され、飲みこんでから若葉は真剣な顔で言い直した。


「東日本大震災以降、あのあたりには海蜂とかいう猛獣が増えたな。おかげであの辺りのうまい魚介類の値段が上がるあがる、やつらが食い荒らすし漁船は襲われるしな。あいつらを民間で駆除するなんて危険すぎる、さっさと自衛隊で駆除すべきなんだ。兄さんもそう思わないか」


「姉さん、それは父さんの受け売りでしょう」


「なんだと、若葉の意見でもあるぞ」


「若葉はおいしい魚が食べられなくなるのが嫌なんだよねー」


子日にからかわれ、若葉は口を尖らせた。


「そうだ、その何が悪い。父さんの高邁な理想を、若葉なんかが理解できるわけないだろう」


「おや若葉、それ持ってきてくれたのか、ありがとう」


風呂に入り、家内用のスラックスとシャツに着替えた妙見さんの登場に、4姉妹は同時に今あったことを報告しようとした。


「若葉がな、父上そっくりなことを」


「若葉は思ったことを言っただけだ」


「若葉って食い意地張ってるー」


「若葉姉さんが海蜂の駆除のことを」


「4人とも、同時にしゃべられても何を言っているのかわからないよ。ごめんね斐伊川くん、この子たち生まれて初めて家と研究所を離れて久里浜に2か月も行ってきて、疲れているんだろうね」


来年から女子の工科高校を設立する上で、プロトタイプとして書類上は所沢にある第10情報室の隣に設置された試設女子工科高校課程にこの4人が入学し、そしてこの春卒業した。その後は来年から設置される広報部隊準備室―予算の都合で設立された、表向きだけ広報部隊にした相変わらず実質的な機密部署だ—での仕事をやったり、夏には久里浜に勉強にいったりと忙しくしているらしい。


「いやまあ・・・新しい環境って疲れますよね。俺もやっと社会人らしいことしはじめてけっこうきついんで・・・よくわかりますよ」


「わかってくれるか兄さん!人間不信になるかと思ったわ『なんでこんな若い子が?』とか『え?女の子?』とか会う人会う人に言われまくってな!まず学校側なんで話通ってないんだ!把握しておけ入校してくる生徒の素性くらい!あと男子どもじろじろ見るな!寮も教室も別だったけどなんかやたら寄ってくるし休日のたびにどっかいこうとか誘ってくるし!そっからちょっと戻ってこられたかと思いきや明後日からは小平で5か月だ!まあこっちは入校者14人しかいないらしいからまだましだけどな!なんだ彼氏でも作ってくればいいのか!?10人の男たちを半年間選び放題か!?あーもう!」


若葉は叫ぶだけ叫ぶと、俺にもってきたはずのビールの栓を抜いて自分のコップにどぼどぼ注いで、一気飲みした。


「あー若葉未成年飲酒!」


「実際の年なんてわかんないだろー、浜辺に転がってたんだからあ」


「戸籍上は私たち全員18歳でしょうが!」


「あ”ー兄さんも飲むかあ?」


「酔っぱらうのは早いんだよねえ」


「・・・俺のなんだけど。一杯くれ」


若葉がついでくれたビールは、北海道のものだった。さっきロシアがどうこうとか言ってたし、妙見さん北海道にでも出張していたのかもしれないな。途中まで笑っていた妙見さんがそのままソファに倒れこんで寝てしまったのを見て、俺たちはあわてて起こして寝室まで運び、そのあとは静かに夜を過ごした。



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