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笹竜胆の王   作者: 笹竜胆
第一部 収容所と呼ばれた部隊
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黒い狼1 ―斐伊川クラウス=ギードより—

もう一人の主人公目線です。平和な牧園さんとはずいぶん違った生活をしています。殺人のシーンがあるのでご了承ください。


「狼、お前がやれ」


「いいんですか」


「ああ。あの人にいい話持っていきたいだろ。お前の初任務なんだからな、譲ってやるよ。これでお前も『童貞』卒業だな」


「・・・ありがとうございます。じゃ、俺たちが思ってるほど平和ボケしていなくて残念だったな」


 普段使っている部隊支給の9ミリ拳銃とは別の、員数外の―というかこの間うちの陸曹の一人がこの女の元締めに殴り込みをかけたついでに鹵獲してきたもの―の引き金を引く。ちなみに童貞と先ほど揶揄されたが、俺は別に童貞ではない。どちらの意味でもな。


 今回の俺たちの任務は防衛機密を流出させ続けていたチャネルの破壊。俺たちは便利屋でも秘密警察でもないのだが、反社会的勢力の排除も国防の一つとかいう鶴ならぬ上のひと声に自衛官が逆らえるわけもなく、中央情報部の指図の元で神戸の倉庫群の一つに「協力者」を装って近づいた俺のバディ、夢野2尉。それぞれ部隊配属1年目と2年目であり小隊付き、つまり部下のいない身分である俺たちは、小隊長の手伝いの傍らこうして現場仕事もさせられていた。俺は自分の担当の方を射殺してから合図を受けてポイントへ向かうと、夢野3尉と女―外資系海運コンサルタントの皮を被った隣国のハニトラ要員―は倉庫の中で恋人同士のようにいちゃついているところだった。


「お、お前なんなの!?ハル助けて・・・ハル?」


 女は何気なく回された夢野の腕が、自分を拘束していることに気付いて声を上げた。夢野は女から取り上げたメモリチップをしまいこみながら言った。


「ごめんね、ぜーんぶ気づいてたんだ、君のやってたこと」


「なんで・・・本当に私のこと、こんな仕事してるってわかった上で好きになってくれたんだって、信じてたのに」


「んー・・・、君が大陸のために動いていたから、かなあ。ちょーっと海さんに近づきすぎちゃったわけ。そうじゃなかったら君とはもっと仲良くなれたなあ。でも俺たち国士様だからさ、しょうがなかったよね。じゃあ聞きたいこと今日で全部聞けたしいっかな、狼カモーン」


そして、冒頭に至る。


「うああやーっと終わったあ、もー俺ここ数か月ずーっとこいつの御守りよ?メンヘラ女と好き好んで付き合ってるやつの気が知れねーわ」


 女の死体を脇に転がして、ほぼ全裸なのをいいことにバケツにくんだ水を浴びてタオルで血を拭きながら、夢野は思いっきり伸びをした。


「任務とはいえほんと女をうまいこと転がすの上手いですよね」


「まーあね。俺くらいでしょ元ホストのSTFsとか」


そう言いながら無線封鎖を解くと、そこに小隊長からまるで俺たちの会話を聞いていたかのように小言が入った。実際、どこかから見ているのかもしれない。


『お前らくっちゃべってねえで早く片して帰って来いやあ!』


「ええー実質87連勤なんすけど俺―!ヘビさんもまだ向こうにいるっしょ?」


 この後始末役であり、俺たちの指揮下、という名のお目付け役である熟練1曹がこの港のどこかに潜伏している、はずだ。


『報告が先じゃバカモン!それにお前らと違って蛇はこのあとここの片付けに入るだろうが!』


「いやー俺たち今日のキル数2なんですけど」


『2時間以内に帰って来んと獏と狼、お前ら腕立て100回!』


「なんで!?」


 理不尽すぎだろ。なんで俺まで巻き込まれてるんだ。


「早く帰りましょう」

 


 習志野駐屯地に帰り着いたのはその115分後。ギリギリで腕立てを免れ、あと詰めを担当した班から報告を受けて帰り、翌日報告書をまとめてこの任務はとりあえず片が付いた。今月いっぱいかかると目されていた任務が先日急転直下終結した俺の部隊―特殊作戦群B小隊、通称ヤタガラス隊―は、そのねぎらいも兼ねてか交代で遅い夏休みに入った。秋休みが夏休みになったことを喜びつつ実家に顔を出すという者、恋人と過ごす者、友人と旅行にでもいくという者など、過ごし方は様々。友人とはこんな突然の休暇が合うわけもなく、さらには家族も恋人もいない俺は、突然降ってわいた休暇をどう使おうか思案していた。どこか旅行にでも行くかと考えキャンプ場のウェブサイトを眺めていたところに、大学時代から俺を支えてくれた恩人から次の非番でいいからこの任務がどうだったか聞かせてほしいと連絡が入った。


 非番の午後、あの人と久しぶりに将棋を指して過ごすのは悪くない。少なくとも休日まで森で蛇を捕まえて炙って食って、ふと我に返って俺は何をやっているんだ、と職業病を実感する一日よりずっと良い。


端末を手に取って、明日から4日間盆休みになりました、いつ伺いましょうかと送る。冷蔵庫に入っていたビールを開けて数口飲んだところで端末が音を立てた。妙見さんからだ。


<斐伊川くん では明日にでもおいで。初春たちが久里浜から帰って、また明後日には小平へ行くことになった。君から少し自衛官の先輩として話をしてやってほしい。それに付き合いでクラフトビールをいただいたから、夜はそれでも飲んで泊っていきなさい。君はまじめすぎるから、たまにはゆっくりした方が良い>


 まるで父親のような物言いだ。実際、物心ついたときには父親などいなかった俺にとって、大学1年のときに出会った彼が父親のようなものだ。母親は俺が高校1年の時に海蜂―正式名称はたしかオオエビズテッポウエビ、10年ほど前に発見された深海生物で、海上にいる人間を見つけるとさながら軍艦かのように砲撃や雷撃してくる危険な海獣―にタンカーでの仕事中に襲われて死んだから、俺はそのときから孤児だ。


 俺は恵まれている方だ。高校は珍しく寮があったから、母の死後はそこで勉強を続けられた。そもそも母は年の半分は海にいた分、俺は子どものころは近所のおばちゃんに預けられ、少し大きくなると『鍵っ子』になり、そして高校では寮に入った。大学には行きたかったが母一人子一人で貧乏だった家にそんな金はもう残っているわけもなく、学費がタダな上生活の面倒を見てもらえる防衛大学を受験した。ドイツとのハーフー俺の父親は単身赴任中のドイツ人で、母はその浮気相手、言ってしまえば現地妻というやつだ―であったこともあって、それなりに嫌がらせは受けたし訓練は過酷だった。


とはいえそこを卒業したことで一生食うに困らない国家公務員の肩書を手に入れ、こうして俺のことを支えてくれる人にも出会えた。その上先月には特殊作戦群への加入を果たし、『黒い狼』などと称されている。部隊のコードカラーである黒と、俺のコードネームである狼。組み合わせると若干中二病くさい名前を付けられてしまったのは、先輩たちの悪ノリだろう。まあ、それなりに苦労はしたが悪くない人生だ。



<妙見さん ありがとうございます。ビール楽しみにしています。初春さんたちにもよろしくお伝えください>


そう返信すると俺は、妙見さんが養育している少女たちへの手土産をどうするか思案し始めた。『シークレットシリーズ』とかいう、水上を自在に歩き銃と爆薬をその身から生み出すという言ってしまえば特異体質の類の少女たち。海産物が大好きなあの子たちの喜びそうなもの。時期からいってウニだろうか。駅前で明日買おうと決めて、ビールを飲みほした。


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