侍女と毒
うまくいきますように。
ソファに座り、祈るような気持ちで私は緩く手を組んだ。
静かな室内で微かに響く茶器の音。
いつもは耳に心地いいそれが、今日は心乱す音に聞こえる。
コーラの黒幕。
それは恐らく、元側妃ブリット様と元アンデル公爵ヨーラン。
そして、そのふたりの息子であるイエルド。
コーラの動きを見守りながら、私はフレデリク様の言葉を思い出す。
イエルドもまた、自分の実の両親が誰であるのか知りながら王位を欲していて、私のことを貶める発言を繰り返し、顔を見れば嫌味を言い続けていたそうで、フレデリク様にとって『羽虫のように煩わしい存在』だったらしい。
羽虫、と言われてしまうあたりで、フレデリク様のイエルドに対する評価が判ろうというもの。
そのイエルドも含んでの三人は、最初の私の暗殺未遂で、全員、王族籍、貴族籍を剥奪され、王都永久追放という名の領地封殺となったとも、それでは甘い、という声が多かったということも聞いている。
それでもその刑罰となったのは、国王陛下にも彼等に対する情があってのことでは、と言った私にフレデリク様は有り得ない、と首を大きく横に振った。
曰く、エミリアに手を出そうとした段階で極刑一直線、との考えだったのだそうだけれど、それは個人的感情が入りすぎでは、との意見もあり仕方なく受け入れたのだと言う。
本当に渋々だった、そしてそれが後の事件を産んだ、とフレデリク様は本当に苦い顔で仰った。
フレデリク様は、国王陛下の気持ちを代弁、と仰っているけれど、それって、フレデリク様のことでは、と思わないでもない。
何と言っても、フレデリク様は私に甘いのだから。
けれどもしそこで三人が王位を諦めたなら、三人にとってもさほど厳しい罰ではなかったのに、と私は思う。
でも結局、王都追放を不服とした三人は、フレデリク様と私を襲撃し、囚人の塔へ収監された。
囚人の塔は、段階こそあれ何処も凄く厳しいって・・・ん?
んん?
なにかしら?
あれ。
そうこうしているうちにコーラがカップにハーブティを注ぐ段階までになり、いよいよか、と気合を入れ直す私に見えたもの。
それは、ふたつの赤い明滅だった。
フレデリク様によれば、単独犯であろうコーラが毒を仕込める機会は少なく、厨房や廊下など、人目に付く所では出来ないだろうとのことだった。
それはつまり、この部屋に入ってからが勝負、ということ。
なので、私は目を凝らしてコーラの動きを見守っていたのだけれど。
突然、予想もしなかった可笑しなものが見えて、思わず目を擦ってしまった。
それでも確かに見える、それ。
コーラの胸元と、口のなか。
そこで、赤い何かが点滅している。
なにかしら?
あれ。
もっとよく見ようと更に目を凝らした私は、コーラが震える手で胸元から取り出した何かが赤く明滅するのを見て、はっとなった。
「コーラ!口のなかのそれを吐き出しなさい!」
『エミィ!どうした!?』
私の叫びにフレデリク様が焦った声をあげ、コーラは固まって私を見ている。
「いいから早く吐き出して!」
私は構わずコーラに飛び付くようにして口を開かせ、無理矢理その赤く明滅するものを取り出した。
「あ・・・っ・・・ああ・・・」
瞬間、コーラの身体から力が抜け、その場に頽れる。
「エミィ!無事か!?」
倒れかかるコーラの身体を何とか支えようと奮闘していると、凄い音と共に扉が開き、フレデリク様が飛び込んで来た。
「だ、大丈夫です。それより、コーラを」
ぷるぷる震える足と腕に力を籠め、何とか耐えながら援護を求めれば、すぐにフレデリク様と護衛の方が来てくださり、コーラを護衛の方が支え、私はフレデリク様に強く抱き締められる。
「そろそろ合図の頃合いかと思っていたら、予想外のことが聞こえて肝が冷えた」
ソファに座らせた私の前で跪き、両手を握って言うフレデリク様に申し訳ない気持ちが込み上げる。
「すみません。突然、赤く点滅する何かが見えるようになって。それが毒だと判断出来たので、手遅れにならないように、と、動いてしまいました」
言いつつ私は、縄打たれて絨毯に膝を付くコーラを見た。
「赤い点滅?」
「はい。コーラが私のお茶に入れようとしていたものと、コーラの口のなかに。コーラ、貴女、毒を口のなかに仕込んでいたのね」
取り出したカプセルは、コーラが胸元に忍ばせていたものと一緒に、白いハンカチに包んで既にフレデリク様に渡してある。
「貴様。エミリアに命を救われたのだということ、忘れるなよ」
下を向き、無言を貫くコーラを冷たく見下ろし、フレデリク様が厳しい声をかけた。
「コーラ。貴女、誰かに弱みを握られたのではなくて?」
今回の行動は、彼女が考えたものではない、絶対。
私が死ぬことで得をする人物が考えたことに違いない、と確信している私は、コーラの前まで行き、そこで膝を付いた。
「エミィ!」
咎めるようなフレデリク様の声にもめげず、私はコーラへと言葉をかける。
「コーラ。それとも、貴女が望んだの?私に死んでほしいと」
「違います!そんなこと、絶対に無い!」
「だが実際、エミリアに毒を盛ろうとしたのだろう?それとも、これは毒ではない、と言い切るか?調べれば、すぐに結果が判ることだが?」
勢いよく顔をあげ、叫ぶように言ったコーラにフレデリク様は辛辣に言い放った。
「仕方なかったんです!そうしないと、殺す、って言われて・・・!」
「誰の事を殺す、と言われたの?コーラ自身?」
「妹です。言う事を聞かなければ殺す、と。私自身ならこんなこと・・・でも、取られたのは大切な妹で、私は」
言葉途中で喉が詰まったように、コーラが嗚咽を漏らす。
「泣くのは後になさい。では、妹さんが囚われているの?それとも、家を監視されて?」
「さ、攫われた、と両親から連絡があって。それからすぐに、男が接触して来て。エミリア様に毒を盛るよう言われました」
「男?知っている人物?」
「いいえ、知らない男です。買い物に出た時、声を掛けられ毒を渡されて」
その言葉を聞いたフレデリク様が、護衛の皆さんの方へと身体の向きを変える。
「皆も聞いた通り、この事件には誘拐も絡んでいる。そして、男爵令嬢を攫ったのは件の残党の可能性が高い。これを機に奴らを殲滅して、二度と立ち上がれないようにするぞ」
そして聞こえた凛とした声と、それに答える護衛の方々の力強い声を聞きながら、私はコーラの腕にそっと触れた。
「妹さんのことは、全力で捜索しますからね」
「黒幕を倒すついでだ。それで。妹の年齢、それに髪と瞳の色は?」
渋面で言いながらも、きちんと妹さんの特徴を聞くフレデリク様が微笑ましく愛しい。
「エミィ?エミリア?何をしているんだ?」
「え?私も一緒に行く、のですよね?」
けれど、当然のように共に出かけようとした私に、フレデリク様はきょとんとした瞳をされた後、同じ瞳とは思えないほどに、それはそれはきつく吊り上げられた。
「お前を殺そうとした連中の所へ乗り込むんだぞ!?連れて行くわけがないだろう!」
「すぐに用意できますから、私も」
「そういう問題じゃない!」
「ということは、無能だから駄目ってことですか!?」
「エミィは無能なんかじゃないだろう!記憶が無いのに魔法も使えるなんて凄い、とあの偏屈老師も言っていたじゃないか!」
「ええ、凄く嬉しかったです!でも、だったらいいじゃないですか!」
「いいわけないだろう!」
「どうして!?」
「危険だからだ!」
「それはフレデリク様も同じではないですか!」
「同じなものか!」
ぜいぜいと言い合った後、例え危険だろうとも、どんな時も一緒にいたいのだ、という想いを込めてフレデリク様を見つめていると、その瞳が不意に緩んだ。
「エミィ。頼むからここで待っていてくれ。速攻で、片づけてくるから」
その、泣きそうにも見える懇願の表情に、私は呆気なく陥落した。
超絶男前は、こういうときとても有利なのではないか、と思う。
何と言っても、こちらの理性を容易く崩壊させるのだから。
「わがまま言ってごめんなさい・・・お気を付けて」
フレデリク様の男前ぶりに敗北した私は、結局、私の頬に優しく唇を落として出かけていくフレデリク様を、大人しく見送ることしか出来なかった。
「もし記憶がちゃんとあったら、一緒に連れて行ってもらえたのに」
そして、フレデリク様が見えなくなっても、そのままフレデリク様が馬駆けて行った方向を見つめ、そう呟いた私は。
「記憶があったとしても、それはあり得ません。絶対」
と、きっぱりはっきりバートに言われ、その場に居た使用人全員に大きく頷かれてしまった。
むむむ。
ブクマ、評価。
そして、読んでくださってありがとうございます。