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アーモンド  作者: 夏芭
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王女と黒幕







 『いいかい、エミィ。復習をしよう』


 毒を盛られる役をする、と頑固に言い続ける私に、フレデリク様はそれはもう真剣な顔で私にそう言った。


 『復習、ですか?』 


 危険だから、囮のような真似は許せない、との一点張りだったフレデリク様が、突然態度を改めて言った言葉に理解が付いて行かず、私は思わず首を傾げてしまう。


 『前に僕は、今の国王陛下のお子様は、王妃陛下がお産みになられた第一王女殿下おひとりだ、と言ったよね。では、この国で王子殿下、王女殿下となるために必要とされるものは、何だったか覚えている?』


 『はい。国王陛下の宣旨、ですよね』


 この国では、王妃陛下や側妃様が子どもを産んだとしても、国王陛下がご自身の子だと認める宣旨を下されなければ、公に王子殿下、王女殿下となることは出来ない、とはフレデリク様が教えてくださったこと。


 『そう。第一王女殿下、つまりエミィが生まれた時、国王陛下・・伯父上は、それはもう本当に嬉しそうでね。即座に宣旨を下しただけではなく、周り中に自慢して回ったんだよ。自分と王妃のいいとこどりの可愛い娘が生まれた、って』


 『それは。本当に嬉しかったのですね』


 一国の国王とはいえ人の子なのだな、と思える微笑ましい話に、私は思わず笑みが零れてしまう。


 尤もこの場合、フレデリク様の伯父君、国王陛下とは私の父のことで、生まれた王女殿下というのは私のこと、になるのだろうけれど、今一つ実感がわかない。


 それに、生まれたばかりでは、まだまだお猿に近いような状態で、いいとこどりで可愛い、とまで言うのは確実に親馬鹿なような気がする。


 


 親って、本当にありがたいのね。




 そんな、お猿の頃から可愛いと言ってくれる人が自分の父親というのは嬉しい、などと考えていると。


 『ああ。そしてエミィは、生まれた時から本当に可愛かった』


 まるで当時を思い出すかのような遠い瞳で、うっとりとフレデリク様が仰った。


 『生まれてどのくらいで、私はフレデリク様に初めましてをしたのでしょうか』


 生まれた時から、とはいえ、王族の話なのだ。


 そこそこ時間が経って、赤ん坊らしくなってから会ったに違いない、ああそうか、国王陛下も生まれてすぐに会った訳ではないから、会った時には既にお猿を脱していたのかも、と思いを馳せるも。


 『僕とエミィの初めましては、エミィが生まれたその日。ずっと楽しみにしていたからね。お昼前に、生まれた、と連絡を受けてすぐに母上と登城して、伯父上が抱いているエミィに初めましてしたんだ』


 それはもう、蕩けそうな笑顔でフレデリク様がお答えくださった。




 え、ちょっと待って。


 生まれたその日、って。


 王家なのに?


 国王陛下まで?




 ”私ってば過保護に愛されていた疑惑”が益々強くなるなか、同時に嫌なことを思い出したらしいフレデリク様の声が不機嫌に低くなる。


 『エミィは本当に天使で可愛くて。エミィが生まれて、みんな凄く幸せになったのに、愚かにも邪魔をする人間がいてね。二度目のご出産は難しい、と言われた王妃陛下の代わりとなる側妃を迎えるべきだ、と言い出した輩が居たんだ』


 その話をするとき、フレデリク様は苦虫を噛み潰したような顔になった。


 『王妃陛下は、お辛かったでしょうね』


 それも、私を無理して産んでくれたからでは、と思えば申し訳ない気持ちがわく。


 『ああ、本当に。伯父上も、エミィがいれば充分だ、と、側妃など望まなかったのだけれど、貴族の勢力図は軽視できないからね。仕方なく側妃を娶ることになった。まあ、今となってはもう、元側妃だけどね』


 元側妃のその方は、異父兄である今はもう元となったアンデル公爵と共に私の暗殺を企て、それが計画段階で露見して王族から除籍されたのだと聞いている。 


 『フレデリク様、お悪い顔をなされています』


 その方、ブリット様を元側妃、というときのフレデリク様が本当に嬉しそうな、少し黒いような、何とも言えない顔をされていて、私は苦笑してしまった。


 『心の底から清々したからね。何と言っても、長年の王家の淀みだったから』


 アンデル公爵家から王家に嫁いだ元側妃のブリット様は、側室となってすぐに身籠り、男の子を出産したのだという。


 本来なら、すわ王子の誕生か、と喜びに沸くところ、その子を我が子と認めなかった国王陛下はその子に宣旨を下さなかったし、周りもそれを当然と同意した。


 これに対し、ブリット元側妃も、彼女の異父兄である元アンデル公爵も猛抗議をしたそうだけれど、国王陛下は生まれた子どもに宣旨を下すことは生涯無いと宣言し、その母であるブリット元側妃と共に王都にある離宮住まいと定め、生まれた子、イエルドは、準王子という立場で過ごすこととなった。


 『イエルドが生まれたときから、その父親は元アンデル公爵では、とまことしやかに囁かれていたんだ。だって、国王の子なら金色を有している筈なのに、イエルドは元アンデル公爵そっくりの濃いねずみ色の髪と瞳をしていたんだからね。おまけに、耳の形も目の形も元アンデル公爵そっくりだ。あれでよく、陛下のお子だと言えたものだと思うよ』


 王家の人間は、例外無く金色を有して生まれて来る。


 王家の証、ともいえる色、それが金色。


 『フレデリク様も、赤味を帯びたきれいな金色をされていますものね』


 その髪も瞳も暁のようで大好きな色です、と、うっとりと私が言えば、フレデリク様が嬉しそうに笑った。


 『母が美しい赤い髪と瞳だからかな、って、昔からエミィはそう言ってくれたよね・・・って、今は判らないのに、同じように言ってくれて嬉しい』


 そう言ってはにかむフレデリク様は、元側妃様や元公爵閣下のお話をするときの黒さも鋭さもない、本当に純粋で濁りの無い笑みを浮かべていて、何だか可愛いと思ってしまう。


 『でもあの、フレデリク様。濃いねずみ色の髪と瞳の方が、アンデル公爵家にいらしたりは?』


 王家として初めて金色が出なかったのは不思議だけれど、ただ単に母方に似た、ということは無いのか、と私が問えばフレデリク様はきっぱりと否定した。


 『濃いねずみ色は、アンデル公爵家にもひとりしかいない』


 その強い瞳に、私は吸い込まれそうになる。


 『ひとりだけ、ですか?』


 『そう。元側妃の異父兄、元アンデル公爵のヨーランだけ、だ。そして彼は、アンデル公爵家の血を繋いではいない』


 『え?では、どうして』


 『元側妃の母君、つまり前アンデル公爵夫人がその異母兄との間に儲けた子、それが元側妃の異父兄だ』


 『え?え?え?・・・あら?そういえば、準王子であったイエルドの両親も元側妃様とその異父兄君と仰ったような・・・それですと、準王子の両親は異父兄妹、更に祖父母も異母兄妹、ということに?』


 何だかややこしい家系図に、私の頭が混乱を来す。


 第一、母親父親違いでも、兄妹での結婚は許されていないどころか、この国では最大の禁忌とさえされている。


 『前アンデル公爵夫人の生家、ベルマン伯爵家は、伯爵夫人が直系で、前アンデル公爵夫人の父君は既に没落した子爵家から婿入りした人物なんだが、その人がかなりの遊び人で、幾人もの女性と関係を持ったり、ギャンブルに金を注ぎ込んだりしていたらしい。そうして夫人以外の女に産ませたのが前アンデル公爵夫人であり、前アンデル公爵夫人の異母兄だ。つまり、ふたりとも伯爵家の血も引いていないことになる』


 『つまり、前アンデル公爵夫人は、ベルマン伯爵家の血を引いていなくて、同じくベルマン伯爵家の血を引いていない異母兄の子、夫との子ではない息子を夫の家の跡取りにした、と?』


 くるくるしながらも不思議に思い言った私の言葉に、フレデリク様は益々苦い顔になった。


 『その通りだ。前アンデル公爵が急逝したのをいいことに、夫人が公爵代行できる期間で上手く立ち回って不義の、しかも禁断の関係で生まれた息子を公爵家の後継としてしまった』


 『ええと、そうなると、ベルマン伯爵家は?』


 色々問題はあるけれど、直系のいない伯爵家の後継問題はどうなったのか、と私が問えばフレデリク様の表情が少しだけ和らぐ。


 『直系の夫人が、度重なる女遊びやギャンブル及びその賠償金や借金の支払いに、婿としての役割を果たしていないと宣言して、前アンデル公爵夫人やその異母兄の父である男とは離縁、新しく迎えた夫君との間に、男の子が生まれたそうだよ』


 その話に、私の気持ちも少しだけほっこりした。


 『でも、凄い話ですね。結局は、血の繋がりもないふたりが公爵家を牛耳って、次の代では更に王家まで乗っ取ろうとした、ということですよね?』


 漸く何とか整った頭で言えば、フレデリク様が苦笑しつつも頷いてくれる。


 『簡単に言うとそういうことだね。因みに、前アンデル公爵夫人とその異母兄の父である男も、濃いねずみ色の髪と瞳では無かったそうで、元アンデル公爵の色は、平民だった祖母から受け継いだものらしい』


 前アンデル公爵夫人とその異母兄である方は、当然母親が違う。


 となれば、前アンデル公爵夫人に濃いねずみ色の要素は無いことになり、同じく前アンデル公爵夫人を母とするとしても、前アンデル公爵夫人の異母兄の母の特色である濃い灰色の要素は、元側妃ブリット様にも無いことになる。


 つまり、濃いねずみ色を有した子が生まれるのは、父をヨーランとしたときのみ。


 だからイエルドが生まれたとき、元アンデル公爵ヨーランと元側妃ブリット以外、誰も。


 それこそ、アンデル公爵家の親族でさえ宣旨を要求しなかったのだ、とフレデリク様は疲れたように締め括った。


 元アンデル公爵ヨーランは、アンデル公爵家にとって醜悪な簒奪者だったのだ、と。


 異父兄との子であるイエルドを王太子に、と望んだブリット元側妃。


 その異父兄は、公爵家どころか伯爵家の血も引かない簒奪者、と言われる立場で、側妃となった自分は、その異父兄との子を王の子として宣旨するよう迫った。


 もしかしたら、そこには何か切実な思いがあったのかも知れない。


 『そもそも、すべての始まりって、ベルマン伯爵家に婿入りしたひと、ですよね。その人が、別々の女の人に子どもを産ませて』


 けれどまあ、そこまでだったらよくある話なのかな、とも思う。


 女やお金にだらしなかったというその人を婿としてしまったベルマン伯爵令嬢は確かに不幸だったけれど、婿運が悪かった、という点では特殊でもない。


 けれど、その先が有り得ないと思う。


 二代にわたって禁断の間柄で子を儲け、他家を簒奪しようとは。


 


 あれ?


 そういうこと、よね?


 だって、まずベルマン伯爵家の異母兄妹が居るでしょ。


 その異母兄の母である平民の女性だけが濃い灰色の要素を持っていて、まずは異母兄がその要素を受け継いで。


 で、異母兄は濃い灰色要素の無い異母妹との間に禁断の子どもを儲けて。


 その子は濃い灰色要素を持って生まれて来た、と。


 そうして、その子がまた禁断の・・・ん?


 その子って誰だっけ?


 禁断の子のそのまた禁断の末生まれたのが、イエルドだから、ヨーランってこと、かな?




 『エミィ。はい、これ』




 判ったつもりでいて、またもこんがらがった私の前に差し出された一枚の羊皮紙。


 そこには、家系図が判り易く書いてあった。


 『いいかい。まず、ベルマン伯爵家の婿が外の女に産ませた子が、前アンデル公爵夫人とその異母兄。そして、前アンデル公爵夫人とその異母兄との間に生まれたのが、元アンデル公爵ヨーラン。前アンデル公爵と前アンデル公爵夫人の間に生まれたのが、元側妃ブリット』


 『なるほど。ブリット様だけは、ちゃんと前アンデル公爵の子どもなのね』


  なんだかほっとして言えば、フレデリク様が苦笑した。


 『それが、そうとも言えないんだ。前アンデル公爵が前アンデル公爵夫人と婚姻したのは、前アンデル公爵が、その最愛と言われた婚約者を亡くされて失意にいるなか、前アンデル公爵夫人が無理矢理擦り寄ったからだ、というのは周知の事実でね。しかも彼女は幾人もの男性と関係していたことも知られているから、前アンデル公爵と婚姻してすぐに生まれた元側妃も、本当に前アンデル公爵の子かどうかあやしいんだよ』


 『なんだか、凄い家系なのですね』


 積極的というか、貪欲というか。


 その押しの強さは半端ではない、と思う。


 『ああ、確かに。そして元側妃が産んだ子も禁断の、異父兄との子だったしね』


 側妃として王に嫁ぎながら、異父兄の子どもを産み、その子を王の子だと言い切ったブリット様と、その後押しをした彼女の異父兄である元アンデル公爵。


 彼だって、ブリット様の産んだ子、イエルドが自分の子だと判っていたはず。


 濃い灰色、という王家にもアンデル公爵家にも有り得ない色は、元アンデル公爵の平民である祖母の家系のものだという周知の事実を、彼自身知らずにいたということは無いのだろうから。


 否、知っていたからこそ、もしうまくいけば自分達の血が王家の血となる。


 そのことに、何か夢でも見たのだろうか。


 そして。


 『彼等の野望に邪魔だったのが、私』


 ぽつりと呟けば、フレデリク様が強い力で私の手を握った。


 『エミィ。この国にとって邪魔なのは、奴らであって君じゃない。奴らは、国家転覆を企んだ犯罪者でしかない。臣下も国民も、皆、心から君を愛し必要としている。それだけは、憶えておいてほしい』


 私を見つめる熱い瞳に嘘は無い。


 それが、私の胸をあたたかにする。


 『フレデリク様』


 『もちろん、エミィを一番に必要としているのは、僕だけれどね』


 茶化すように笑ってくれたフレデリク様。


 でも、だからこそ、判ってしまう。


 私には、この国の王女として生きる責任がある、ということ。


 そして、フレデリク様が、その道を共に歩んでくださる、ということ。


 フレデリク様の瞳に見える、強い意志と覚悟。


 それが、とても嬉しく心強い。


 『私にも、貴方が必要です。フレデリク様。ずっと傍に居てください』


 支え、支えられる存在として共に在りたい。


 この心に応えたい。


 強く思って、私はフレデリク様の手を握り返した。








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そして、読んでくださってありがとうございます。

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