公爵夫人と耳飾り
『エミィ。こちらの準備は整ったよ』
耳飾りから聞こえるフレデリク様の声に、私も口を開く。
「お疲れ様、コーラ。今夜のお茶は、何かしら?」
就寝前、本を読みながらお茶をいただくのが今の私の習慣で、日によって変わるそれを聞くのもまた毎日のことなので、怪しまれる心配も無い。
「ほ、本日は、よく眠れるというハーブティを、ご用意、いたしました」
フレデリク様が付いていてくださる安心感から、いつも通りゆったりとした気持ちで聞くことの出来た私と違い、コーラは酷く緊張した様子で、いつもより声も動きも硬い。
そのことから、やはり毒を盛るつもりなのだろうと私は確信を持った。
まあ、私を突き落としたりするより、成功率もずっと高いものね。
『よく眠れる、だと?二度と目覚めぬようするつもりのくせに、しゃあしゃあと』
その時、耳元でフレデリク様が本当に忌々し気に舌打ちするのが聞こえて、私は思わずその表情を思い浮かべ、吹き出してしまいそうになって慌てて顔を引き締めた。
今、私が身に着けているのは一見普通の小さな耳飾りだけれど、これが凄い魔道具で、こちらの会話を対となっている魔道具で聞くことが出来るうえ、その魔道具に向かって話せば、その声が耳飾りから聞こえる、という優れもの。
今回の企みを知ったフレデリク様は、即刻コーラを私から離すと言い、アデラも即同意していたけれど、それでは真の解決にはならない、と私は我儘を押し通した。
コーラは、安易に叛意を抱くような人物ではない、ということはアデラも支持してくれることで、だとすれば、何か事情がある筈。
今、コーラを私から引き離してしまえば、コーラは、私に毒を盛るという計画を実行できなくなり、実行犯の位置から外されることになるのだろうと思う。
そうなれば、コーラの抱えた事情を解決することが出来なくなってしまうだけでなく、コーラ自身の命だって危うくなってしまう。
そんなこと、私はどうしても避けたい。
”私の遺書”を仕込まされたコーラは、恐らく今夜、私に毒を盛る。
飛び降りに見せかける、なんて方法もあるけれど、コーラひとりの力でそんなこと出来ないだろうし、私だって抵抗するから現実的に実行は無理だと思われる。
それなら、私はコーラが毒を盛る瞬間を捉えて、彼女が咄嗟に反応出来ないほどの速さでフレデリク様達に捕らえてもらう方がいい。
そうすれば、コーラに犯行に加担するに至った経過を聞くことも出来るし、コーラの事情を解決すれば黒幕に繋がる情報も得られるに違いない。
そう押し続けた私に渋々折れてくれたフレデリク様が用意してくださったのが、この耳飾り型の魔道具。
今頃フレデリク様は、この部屋の扉の前で護衛の方達と共に、体制を万全に整えて待機してくださっている。
後は、コーラが毒を仕込む瞬間を私が捉えて、合図を送るだけ。
そうすれば、フレデリク様達が、捕縛のために部屋へ入って来てくださる。
思いつつ、私は怪しまれないよう注意しながら、コーラの手元が良く見える方向へと、さり気なく体勢を変え、呼吸を整えた。
失敗、するわけにはいかないわ。
コーラを操る黒幕。
今は顔も思い出せないその人たちのことを、私は苦く考えた。
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