侍女と偽造された遺書
あら?
あの侍女さん、何をしているのかしら?
自室のバルコニーで、鉢植えにしてもらった花に水をやり、暫く嬉しく眺めた私は、部屋に入ろうとして、窓際で足を止めた。
私の視線の先で、ひとりの侍女さんが、きょろきょろと辺りを見回しながら文机の引き出しを閉めている。
あれって、侍女さんが開けていい引き出しでは、無いような。
記憶は無いけれど、色々なことを教えてもらっている私は、あの文机は私の個人的なもので、掃除はしてもらうけれど、引き出しの中については私が管理し、侍女さんは中の物に触ることはおろか、開けることも許されていない、と聞いている。
それに、明らかに周りを気にするその態度が気になって、私は侍女さんが部屋を出るのを確認してから戻り、文机の引き出しを確認した。
「新しい手紙?」
そこには、先日私が見せてもらった時には無かった手紙らしきものが増えていて、私は首を傾げる。
「侍女さんからの、手紙?」
呟きつつ開いた私は、ぎょっとして目を見開いてしまった。
「これって、私の遺書、ってこと・・・っ?」
未だ、この国の文字を充分には読めないけれど、拾い読みしたところによれば間違いなくそう取れる。
その事実に思わず大きな声で叫びそうになった私は、何とか悲鳴を飲み込んだ。
これは、まだ私が気づいていない、と思わせた方がいいに違いない。
それに、あの侍女さんが今も廊下で耳をそばだてているかもしれないと思い、私は何とか息を整えた。
「と、とにかく、フレデリク様にご相談しないと」
動揺する心を沈めるよう、私は、文机の前に立ったまま”私の遺書”を握り締め、もうすぐ来てくれる筈のフレデリク様を待つ。
「失礼します。エミリア様、フレデリク様がお越しに・・・っ。エミリア様っ、どうなさったのですか!?」
「エミィが、どうかしたのか!?」
やがてノックがされ、アデラが扉を開けたときも、私が同じ状態で固まっていたために、アデラもフレデリク様も驚かせてしまう結果となった。
けれどその時、廊下にあの侍女さんの姿を見た私は、咄嗟に手にしたものを背後に隠し、顔に笑みを張り付けて取り繕う。
「ごめんなさい。少し大きな虫がいたものだから、驚いてしまって」
言いつつ、私はアデラに目で指示をして扉を閉めてもらった。
閉まる扉の向こうでは、侍女さんが安心したような顔になって去って行ったから、上手く誤魔化せたのだと思う。
「エミィ。大丈夫なのか?大きな虫など、怖かっただろう」
ご自分で対処してくださるつもりなのか、そう言いつつフレデリク様が部屋を見回す。
「エミリア様。さあ、こちらに」
その間に、アデラは私を優しくソファに座らせてくれた。
「ごめんなさい。虫なんていないの」
出来るだけ声を落として言った私に、ふたりとも真剣な表情になる。
「何があった?」
そして私の隣に座ったフレデリク様に、先ほど発見した”私の遺書”を見せれば、その顔がみるみるうちに怒りを帯びた。
「何なのでございますか?」
普段、侍女の鑑のようなアデラが、その様子に痺れを切らしたように発言する。
「あれはね、”私の遺書”よ。私の文机に仕込まれていたの。というか、仕込む所を見てしまったのよ」
私の言葉に、アデラが絶句した。
「これによれば、エミィは僕ではない男を愛したけれど結ばれない、それを嘆いて自ら死を選ぶ、のだそうだ。筆跡までエミィに似せていて、腹立たしいことこのうえない」
「今の私には、この国の文字をこんなにすらすら書くことすらできませんのにね」
「なっ・・・では、エミリア様に危険が!?」
”私の遺書”を読みあげたフレデリク様に、私は自嘲気味に言ったけれど、アデラはそう言うと一歩前に出た。
それはまるで、私を護ろうとするかのように。
「ああ。そういうこと、だろうな。エミリア。これを仕込んだ侍女は判るか?」
遺書という言葉を使いたくない様子のフレデリク様は、唾棄するように”これ”と、”私の遺書”をひらひらさせた。
「はい。確か、コーラ、という名だったと思います」
アデラの下に付いて私の世話をしてくれているひとりである彼女の名を言えば、アデラが驚きに目を見開く。
「コーラが、でございますか?」
「ええ。残念ながら」
この邸、公爵家で働くには、下働きするにも確かな身元が必要で、侍女ともなれば、素養も、忠誠心さえも求められる。
つまり、公爵家に仕える侍女、それも女主人付きといえば、身元も忠誠心も選り抜きの者達。
そのなかで、いわば裏切り者が出た、しかもアデラ厳選である私付きの侍女のなかから、となればその衝撃も一際なのだと、私はアデラへと身体の向きを変えた。
「申し訳ございません、エミリア様。わたくしの」
「ねえ、アデラ。コーラの実家は?」
アデラは優しいけれど、人を見る目は厳しい。
そのアデラが信頼に値する、として私付きとしたコーラが、何故このような犯行に及んだのか。
「コーラは、領地を持たない男爵家の長女ですが。それが何か」
私の問いが不思議だったのか、そう言ってアデラは、じっと私を見つめた。
「流石エミィ。黒幕がいるはずだ、と言っているんだね」
けれど、私の意図が分かったらしいフレデリク様は、ずい、と身を乗り出す。
「はい。コーラは、何か弱みを握られて、仕方なくこのような行動に出たのではないでしょうか」
「っ・・・ではすぐ、コーラを呼んで」
「いいえ、アデラ。今問い詰めるのは悪手だわ。もっと何か決定的な証拠を掴んでからでも遅くは無いと思うの。きっと今夜にでも、コーラはまた動くでしょうから。ほら、遺書の通りになるように、私に毒を盛る、とか」
殊更軽く私が言えば、フレデリク様が、それは嫌そうに眉を寄せた。
「毒、か。確実性を狙うなら、やるだろうな。しかし決定的な証拠ともなり得る。それに、その侍女が毒を有していることを証明できれば、その繋がりから黒幕を暴くことも可能だろう。準備の無い今では、実行犯に自害されて終わり、ということにもなりかねない。もっときちんと捕縛の用意をしてからの方がいいだろうな」
私とフレデリク様の言葉にアデラも頷き、私達は、これから起こるであろうことに対処する相談を始めた、のだけれど。
「そのようなこと、危険に過ぎますエミリア様!」
「そんなこと、許せる筈が無いだろう、エミィ!」
当然のように、自分に毒を盛らせる気満々だった私は、悲鳴をあげたふたりに思い切り反対されてしまった。
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