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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

最期の口づけ

作者: 紅204

 ガチャ、と鍵を開ける。できるだけ開けないようにしながらすぐに家の中に入り、扉を閉める。


「ただいまー」


 と、声をかけると、奥からあの子の声が聞こえた。どうやらお腹が空いているようだ。急いで靴を履き替えて彼女の元に向かう。


「待たせてごめんね、すぐに食べさせてあげるから」

「うぁー」


 彼女は包帯が巻かれている顔で返事をした。早く食べさせてあげなきゃ。買い物袋から肉を取り出し、一口サイズに切る。そしてひとつひとつ彼女の口に運んであげる。


「どう、美味しい?」


 大人しく食べ続けている彼女は、とても可愛らしかった。肉を食べている彼女を見ていると、包帯が汚れていることに気がついた。


「そろそろ包帯を新しいのに変えなきゃね」


 咀嚼している彼女の頭を撫でながら、そう言った。


 一年前、突如世界中でゾンビが現れた。ゾンビは体液を介して仲間を増やす。最初は誰もがパニックに陥り、多くの犠牲者が出た。しかし、生き残った人々は諦めなかった。かつての同胞を駆除して安全地帯を築き上げたのだ。未だに殺気立っている人も多いが、安全地帯の中では以前のような生活ができるようになってきている。


 僕と彼女は、世界が変わってから出会った。僕がゾンビに追われて逃げ込んだスーパーで、同じように避難していた彼女と初めて顔を合わせた。……一目惚れだった。彼女は僕に水と食料を手渡してくれた。彼女に見惚れ、ぼおっとしていた僕を、彼女は心配してくれた。


 それから、そのスーパーにいた人たちとともに活動を続けた。目的は、人間が身の危険を感じずに生きていける地域を作ることだった。スーパーを拠点にして、少しずつゾンビを殺して安全地帯を作っていった。生き残った人たちを助け、仲間を増やしていった。


 その中で、僕と彼女の交友が深まっていった。僕の気持ちがばれやすかったのだろうか、周りの人たちに僕が彼女のことが好きだ、ということがばれていた。しかし、多くの人は僕のことを応援してくれた。恐らく、非日常の中で少しでも日常を感じたかったのだろう。


 食事をするときや、探索をするときなど、何かにつけて僕と彼女を一緒にしようとしていた。そのため、彼女にも僕の気持ちは筒抜けになってしまった。でも、彼女はまんざらでもなさそうだった。その時から、彼女は僕のことが好きになっていたらしい。でも、自分に自信を持てなかった僕は、彼女に告白することができなかった。今の状況でそんなことしている場合ではない、と心の中で言い訳をして。


 そんな僕に、彼女は告白をしてきた。僕は動揺して、うまく返答ができなかった。それでも彼女は優しく微笑んでくれた。勇気を振り絞って「僕も好きだ」と伝えると、彼女は「うん、知ってる」と笑った。今思い出しても、恥ずかしい思い出だ。勇気がなくて告白できなかったなんて、カッコ悪い。


 そして僕たちは付き合い始めた。みんながそのことを知ると、パーティをすることになった。こんな時代だ。何でもいいから騒ぎたかったのだろう。その日は夜遅くまでみんなで騒いでいた。その日から、僕と彼女は同じ部屋で寝ることになった。僕は、付き合い始めたばかりだから遠慮していたけど、彼女が乗り気で押し切られてしまった。


 それからひと月ほどが経ち、その日が訪れた。僕と彼女の二人で探索をしていたら、ゾンビに囲まれてしまった。血を浴びないように、噛まれないように、慎重に迎撃を行っていた。その時は気づかなかったが、彼女がゾンビの血を浴びて体内に入ったらしい。


 そのまま気づかずに、二人で帰宅した。しかし、その時から体に異変があったのだろう。今思い返してみると、どこか様子がおかしかったように思う。


 いつものように夕食をすませると、彼女は僕にそのことを教えてくれた。動揺している僕に向かって、彼女は「私がゾンビになったら、殺して」と、言ってきた。強い決意が込められた瞳で見つめられた僕は、思わず了承してしまった。取り消そうかと思ったが、嬉しそうに「じゃあ安心だね」などと言っている彼女に、そんなことを言えなかった。


「じゃあ、あっちの部屋にいるから。私がゾンビになったら、殺しに来てね」


 そういって彼女は、別室に入っていった。


 しばらくすると、うめき声が聞こえた。彼女がゾンビになってしまったのか、と思いスコップを片手に彼女のいる部屋に入った。扉の開く音に反応して、彼女はこちらを見た。彼女は、先ほどゾンビになったばかりだというのに、すでに皮膚が腐っていた。スコップを強く握りしめ、彼女の頭に突き刺そうとする。しかし彼女は動かない。ゾンビであれば、人間を襲おうとするはずなのに。無抵抗であった彼女を殺そうとすることは僕にはできなかった。彼女の最期の頼みを叶えることができなかった。


 彼女を一人にしないために、もう探索に出たくない、と仲間に伝えると快く了承してくれた。その後、彼女はどうしたのかと聞かれた。僕はうまく答えられなかったが、何か勘違いをしたようで、無事手続きを終えることができた。


 それからずっと、ゾンビとなった彼女と共に過ごしている。


 肉を食べさせ終わり、彼女の包帯を外していると、コンコン、とノックが聞こえた。


「ちょっと出てくるから待っててね」

「ゔぁー」


 部屋の扉をしっかり閉めて、玄関に向かう。チェーンをかけたまま扉を開ける。すると、外には銃を持ち、迷彩柄の装備を着用している自警団の人が三人いた。


「何の用でしょうか」


 もしかしてバレたのか? と思い、心臓が高鳴る。


「失礼します。こちらから腐臭がするという通報があったのですが……。調べてみてもいいですか」


 ああ、もう終わりか。


「気のせいじゃないですかね。調べたいなら調べてもいいですよ」


 笑顔を向けながら、右手でチェーンを外す。左手でスコップを握りしめて。


「それでは、失礼します」


 自警団が扉を開く隙を狙って、スコップで殴りつける。ヘルメットを被っているからか、怯んだだけで済んだようだ。しかし、僕以外の三人は驚いて硬直している。その隙に、扉を閉め、彼女の元に向かう。

 後ろからガチャ、と扉を開く音が聞こえ、銃声が鳴り響く。左肩に衝撃を受け、熱を感じた。それでもスコップを落とさないように、手に力を込める。


「グッ!」


 扉を開き、彼女を抱きかかえようとすると、「動くな!」と声が聞こえた。後ろを振り向くと、自警団の三人がこちらに銃口を向けていた。


「そいつを差し出せ。そうすればお前は見逃してやる」


 そんなことするわけがないだろ! そういう気持ちを込めて自警団を睨みつける。その気持ちが伝わったのか、彼は「残念だ」と言うと、発砲音が鳴り響いた。思わず目を強く閉じ、覚悟を決める。が、いつまでたっても痛みを感じなかった。不思議に思い、目を開けると彼女が目の前で立っていた。自警団は三人とも驚いている様子で、戸惑っていた。逃げるために、急いで彼女を抱きかかえて、窓を蹴破って部屋から抜け出す。

 普段から、すぐに逃げ出せるように準備していたバイクに跨る。一枚服を脱ぐと、その服を使って彼女と自分の腰を結びつける。エンジンをかけ、どこか遠いところに逃げようと走り出す。


 安全地帯の近くにある森を抜け、遠くに行こうとするが、バイクを止めようとしたときに操作を失敗してしまい、右足がバイクの下敷きになってしまった。くるぶしに激痛が走る。立とうとするが、足が痛く、走れそうにはない。


「くそっ!」


 これじゃもう逃げられない……。彼女を見ると、腐っていた部分がすべて治っていた。


「なんで? いや、今はそんなことはどうでもいい。逃げてくれ。僕は、大丈夫だから」


 彼女は首を振る。


「なんでだ! 逃げてくれよ……!」


 彼女はこちらに微笑んで、スコップを手渡してくる。


「僕に君を殺せっていうのか? 無理だよ、そんなこと」


 スコップを強く握りしめ、首を振る。彼女は両手で僕の頬に触れると、唇を合わせた。

 ――最期のキスは、血の味がした。


 顔を離し、再びこちらに笑みを向けてくる。気づくと、涙が頬を流れていた。


「分かったよ。ごめんね」


 苦しまないように、思い切り振りかぶる。そして、真っ直ぐ振り下ろす。


 グチャ、と嫌な音が聞こえた。彼女の体から力が抜け、膝からくずれ落ちた。頭から飛んでいったスコップがあったところからピンク色のなにかが溢れてきた。

 パキ、となにかがこわれるおとがする。


 うつぶせになっている体をあおむけにさせる。かのじょはほほえみをうかべてねむっていた。


「よかった、くるしんでなさそうだ」


 おれはホッとすると、かのじょの口にキスをする。


「大好きだよ、ねむ。今行くから」


 そう言うと、スコップをのどにさした。

 一人でしなせないよ。きみといっしょなら天国でも地ごくでもどこでもいいから。




 きづくと、おいしそうなにおいがしていた。めをひらき、おきあがるとなにかへんなかんじがした。

 なにこれ、なんかのどにささってる。

 のどにささってるぼうをとって、まわりをみると、おいしそうなにくがみっつあった。


「こいつ、ゾンビになってるぞ!」


 うるさいなあ。おおごえださないでよ。

 てにもったぼうで、にくをたたく。にくがとびちった。

 あーあ。もったいない。ま、いいや。さんびょうるーる、さんびょうるーる。


「な……! くっ、撃て!」


 たたくようなおとといっしょに、なにかがとんできた。それはぼくのよこをとおって、どっかにとんでった。ぼくはそんなのむしして、おにくをたべることにする。

 うーん、おいしいけど、ちょっとかたいなぁ。


「じゃあな、颯人」


 そんなこえがきこえたとおもったら、たたくようなおとがきこえた。それといっしょにあたまにつよいしょうげきをうけて、いしきがきえた。

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