諦めの訴え
大変長らくお待たせさせてしまい申し訳ございません。
ようやく更新です。
視界の暗闇にのまれて数刻、ぼんやりとした視界にかすかな色味が増してくる。
聴覚と視覚がだんだんと調子を取り戻し、目の前の光景を前にただ唖然とした。
そこはどこかの廃国であろうか。
煤け、崩れた門壁と防壁、壁の中に存在していた家屋や城の数々が燃え落ちて崩れ行く光景。
崩壊していくその場所、国をよく知っていた。
ユウシが初めてこの世界に召喚されたときに一番初めにいた国なのだ。
イルシアに訪れる前にもその足でその地に舞い戻っていたのは記憶に新しい。
「いったい何があったんですか! 早く助けに行かないと」
思わず体が動き出していた。
その身体を引き留めるようにその腕を一人の女性がつかむ。
「ちょっと、離してくださいツキナさん!」
「何をしようとしているのじゃ? あのようなお主を見捨てた国など放っておけばよいじゃろう。それに私たちは逃亡の身じゃということを忘れたわけじゃあるまい」
「それでも、困ってる人があそこには……」
忘れたわけではなかったが自分にとっては目の前で苦しんでいる人を放ってはおけなかった。
たしかに、あの国は自分自身の功績などたたえず、まるで奴隷のように扱い捨てたそんなクズのような国だった。
それでも、そんな国の中には優しい国民だっていたのだ。
いくら今は逃亡の身の上でも知っている場所が崩れてゆくところをただ黙ってみているのは人間として駄目になると思えてならなかった。
「本当に主というやつは他人ばかり気にして……じゃから勇者に選ばれたというわけなのじゃろうかのう」
「勇者とか関係ありません。僕はただ知っている場所を黙って崩れてゆくのを見たら僕は自分の知っている悪人と同じになると思えるから。それが嫌なだけです」
その言葉に感銘を受けたのか大仰にため息をつくツキナ。
「ツキナは冷たい女なのね。私もあの国は好きじゃないけどカイムさんに最初から同意していたんだけどね」
「ユキよ、お主のそれは嘘じゃろう。最初から私にそのバカを止めてもらうように暗示て黙っていたんじゃろう」
「そ、そんなわけないでしょ! 私はカイムさんが言う悪人じゃないもの!」
彼女はすねたように走って剣を手にしてモア国の結界から出ようとした。
だが、次の瞬間大きな鈍い音が響いた。
頭を抑えたユキがその場で蹲っていた。
「おぬし、何をしているのじゃ?」
「何をってここに何か見えない壁があるから出れないんじゃない」
「は? お主は魔法を無効化できるんじゃなかったのか?」
皆無も彼女のその反応に驚いて見入った。
ユキ・ラーフはただの村娘などではない。彼女は特異体質の持ち主である。
魔法無効化能力という特異な体質の持ち主だ。
そのため、あの最悪のオカマの支配する国、トラバルト国へ拉致された経緯がある。
「よもや、モア国の結界は魔法でつくられたものじゃないとでもいうのか?」
彼女のような体質もちが通れぬ魔法でつくられた壁などありえなかった。
それならばツキナの言う結論が導き出されるのは自明の理といえた。
カイムもその結界に触れたが魔法でつくられたような壁にしか思えなかったがかすかに何か奥に見えぬものが層になっているのに気づいた。
「これってガラス?」
何かとても強固な高度を誇ったようなガラス。防弾ガラスよりもさらに上のように思えた。
(もしかして、このモア国は僕の世代より前に来た勇者が作り上げた国なんじゃないか?)
そうすればおのずとモア国で自分の身体に反応して数々のことが起こったのがわかった。
「まぁ、これは幸運といえるやもしれぬな」
「はぁ? どこが幸運なのよ。私はただ痛いだけよ」
「勇者よ、この私の国であのユークラシオン大帝国を助けてはみぬか?」
その自国の姫らしからぬ発言にカイムとユキはただただ呆れと驚愕で彼女を見ていた。
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モア国はどういう経緯でつくられたのかわからぬがまさに空中都市の移動要塞というにふさわしい姿でユークラシオン帝国の領空内に入っていた。
モア国の目となるものが国内で映像を映し出す。帝国を上から見下ろすとさらに帝国内の苛烈さは見えた。
帝国が燃えていた理由は市民たちの暴動のようだった。
市民同士が血走った目で家屋や物を壊し、はたまた人同士で乱闘し、略奪し、凌辱していた。
「よく見ておくのじゃ勇者。王というものが愚鈍であり、見捨てるなどの行いをすれば必然となる光景じゃ」
ツキナは憐みの視線を向けながら国内に表示された映像を見ていた。
彼女のその言葉の重みは何を意味しているのかは容易に受け取れた。
それは――
「だから、僕があのイルシア国を変えようとしたり、世界を変えようとしても無駄だとでも言いたいんですか?」
それはカイムの行動を完全に否定するにふさわしいという遠回しな言葉。
それを証明する光景を前にさせて訴える彼女なりの気遣い。
「ずっと、お主の中にある野望が見えておるからわしも復讐に付き合ってくれなどと申したりもしていた。じゃが、もうあきらめよう」
「急にどうしたんですか? この光景を前にしておじけづいたんですか?」
「違う。先のモア国がこの場所に飛ぶ前から私はやはり心のどこかで思っておったのじゃよ。私たちはイルシアから逃げたが奴らは追い掛け回してきた。逃げた先もこうした惨状じゃ」
「この光景を前にさせて僕にあきらめさせたかったのが目的でだからわざわざ自国で助けるなんてことを言ったんですか?」
あまりにも自国の姫らしからぬ発言にびっくりしたが彼女はもともとカイムヘと人を助ける行いをやめさせるのが目的であったんだ。
「すごいことをしましたね」
「おぬしにはこうするほかないと思った。それにこのまま助けに行ってもこのあとお主でもどうなるかわかるじゃろう」
「……すみません、ツキナさん僕はそれでも――」
カイムは黙り始め、ツキナのほうに向けて駆け出した。
「ごめんなさいツキナさん」
彼女の手にしていたモア国を捜査していただろう宝石を奪い取り念じる。
「僕を下ろせ」
一瞬にして目の前から消えたカイムを前にしてツキナは叱責した。
「どうしてわからぬのじゃあのバカ勇者! お主はどう思うのじゃユキさすがに」
そこでツキナは気づいた。
その場にいたのは自分ひとりであったのだと。
「なんと、なんと愚かなことなんじゃ。そんなことなどをしてももう意味などないんじゃよ。意味など……」
ただただ、一人その場に残された彼女は心にくすぶり始めるさみしさを胸に抱き慟哭した。
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作者の都合でしばらく遅筆連載になります。大変恐縮ではございますが何卒宜しくお願い致します。
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