ラッツハルト王城からの脱出 改稿版
改めて話を書き直したものになります。
「あらぁん、どこにいこうとしているのかしらぁん」
「ラッツハルト……」
出口の先で僕たちは騎士団に囲まれ、その奥からはこの国のクソ王子であるラッツハルトがあるいていやらしい笑みを浮かべながら出迎えた。
最悪な状況。
一体いつから僕の行動は見破られていたのだろうか。
「ここから簡単に脱出できるとか思ったら大間違いなのよねぇん。だって、ここはウチのお城よ。どこで誰が脱出したかは監視魔法でチェック済み」
「だったら、なんで最初から僕が逃げた時に騎士に探らせるような真似をさせたんですか」
「それは少し遊んでいただけよぉん。それにウチの司祭が遊びたそうだったから少し遊んでみただけよぉん」
「悪趣味ですね」
周囲を観察して逃げ道を考えた。
彼女を背中に負ぶっての逃走経路を考えるのは至難の業。
今状況的に言えば前方向でしか進む道はない。
後ろに戻っても実験室しかないのだ。
「さあ、ウチにおとなしく従って捕まりなさぁい。逃げ道はないのだから」
僕は崩れ落ちるように膝をついて頭を下げた。
情けないと誰かに罵られようとかまわなかった。
僕にできるのはその精一杯の謝罪。
「僕はどうなっても構いません! だから、彼女だけは、彼女だけはどうにか逃がしてください!」
その反応に騎士と王様が呆気にとられたように一瞬黙り込んだ。
すぐに僕を嘲笑した。
「こいつ、勇者のくせに情けねぇ!」
「追い詰められたら普通に頭下げるとかプライドねぇのかよ!」
「アハハハッ」
「ダマリナサイッ!」
騎士たちに向けてラッツハルトが突然と怒鳴り散らした。
これには騎士たちがびっくりして沈黙した。
この僕も彼の態度に異様に思い顔色を窺った。
彼はにこやかな笑みと手を叩いて僕を称賛する振る舞いを見せる。
「すばらしい! さすがは勇者ねぇん。あなた自身を見捨てたはずの女をそれでも助けたいというその気持ちはさすがは勇者よ。私の騎士たちが無礼な態度をとってすまないわねぇん」
意外に物分かりの良い態度を示したラッツハルトに僕は裏を読んでしまうような疑いの目を向けた。
「心配しないで本当にあなたを尊敬して賞賛しているのよぉん。彼女は逃がしてあげるわぁん」
「っ! 本当に?」
「ええ」
僕は驚きながら目を瞬く。
「けれど、言った通りにあなたは一度裏切った。その罰はしっかりと受けてもらうわよぉん」
彼は宣告した。
僕は下唇を噛み、了承する。
そのまま背中から彼女をおろし、身体をゆする。
「ユキさん、ユキさんっ!」
「大丈夫です、起きてます」
彼女は僕の手を払うとその体を起こした。
「ユキさん?」
明らかに様子がおかしいように背中からであったが感じ見えた。
「本当にどうして私をあなたは助けたりしたのかわからない。一度見捨てたこんな私を」
彼女は振り返りながら涙を流した顔で僕を見つめてくる。
「私に対してそんな恩義感じる必要ないじゃない。あなたは私の知り合いでも何でもないのに。ただ、こんな場所であっただけの恩人の娘でしかないじゃない」
彼女の文脈から最初から話を聞いていた様子がわかってしまった。
「情けないところを見せたようですね」
「情けなくないっ! あなたは愚かなだけよ!」
「そうかもですね。でも、僕は心に誓ったんです。ヒトリさんのためにしたいことを貫き通すって。だから、たとえどんなことになろうと僕はあなたを助けますよ。あなたから裏切られる行為がたとえ愚かな選択でも」
「泣ける話じゃないのぉん、さすがは勇者ねぇん。さあ、村の女はこの場から消えなさい」
ラッツハルトが僕を賞賛してユキさんにその場から立ち去るように促した。
だけど、彼女は立ち去ろうとしない。
それどころか、身体から青白いオーラを放出し始めた。
「ユキさんっ!?」
「ごめんなさい。なら、私の気持ちはそのあなたの愚かな行為を消します」
彼女は両手を前に突き出す。
叫んだ。
「ライジングノヴァ!」
超上級魔法の一種である雷系魔法。
膨大な電撃が前方へ超電磁砲のごとく放出される攻撃型。
騎士たちはその魔法攻撃をラッツハルト殿下一人を守るために全身全霊を振るった。
それは自分たちの身を犠牲にする超上級防壁魔法。
まるで肉壁のように重なったラッツハルトの前に陣取った騎士たち。
一斉にそれは電撃の奔流に飲まれた。肉片一つ残さず消え、衝撃がラッツハルトにまで及んで彼は吹き飛んだ。
「がふっ」
ユキは瀕死の彼に近づいてその仰向けに倒れた彼を踏みつける。
肺を圧迫され、苦しむようにもがいてその足を掴むラッツハルト。
彼女は蔑んだ眼で彼に向けて止めとばかりに手をかざす。
「ユキさんっ!」
僕は慌てて彼女に近づいてその身体を抑えた。
「もうやめてください! それ以上あなたが手を汚す必要はないです!」
「どうしてですか! これは私が決めたんです! あなただけにすべての責任を負わせたりはしない! あの闘技場で私は散々あなたに助けられ続けていた。何もできず。当の父の復讐も果たせないままに」
彼女は涙ながらに僕の身体を突き飛ばして訴えた。
「そんな愚かな私は逃げて逃げて逃げ続け、あげく復讐よりも逃げを優先してあなたさえ見捨てた。でも、もうそんなのは終わりなんです。せっかくのチャンスを私は逃したりしない」
「笑えるわねぇん、最初からそのくらいの力を持っていてあの場で歯向かわなかったのはなぜなのかしらねぇん?」
ラッツハルトが魔法を撃ち出して僕たちを吹き飛ばす。
僕は倒れながら真っ先にユキさんの状況を確認するために目を動かした。
見つけた時に彼女はラッツハルトに首を掴まれ捕捉されている。
「あなた攻撃魔法をその程度しか知らないようねぇん。それにさっきの魔法は無詠唱ではできないわよねぇん」
「くっ、そうよ……あなた……カイムさん……話をし……とき……詠唱を済ませていた……のよ」
「なら、今のあなたには攻撃する手段はないわねぇん」
魔法には詠唱式と無詠唱式がある。
この世界では熟練者ならば誰でも無詠唱を得意として攻撃魔法を撃ちだせる人が多い。
でも、ラッツハルトの話しぶりから察するにユキさんはあの膨大な魔法力を有していながら無詠唱ができないという。
彼女は村人として育った一人の一般市民でしかないのであればそうなるのも致し方ないのかもしれない。
(第一僕も彼女は攻撃魔法を扱えないとずっと思っていたのにまさか仕えたことにすら驚いてるんですから)
だからこそ、様子を窺っていたのだろうか。
一世一代のチャンスを。
「あなたの膨大な魔力寮から察するに時間も有するほどに貴重な魔法しか使えないわよねぇん。つまり、隙が生まれるときにしか攻撃はできないってところかしらぁん。だから、試合直後は私と契約をして逃れる術しかなかったということかしらねぇん?」
「ええ、そうよ! 私は非力な女よ! 殺しなさいよ! もう、私なんて用済みでしょ!」
「そうさせてもらうわぁん」
「や、やめろぉおおお!」
僕は慌てて魔法を発動に心血を注ぎ右手を上げる。
彼が首に力を込め始め、明らかに間に合わないのを悟った。
目をつぶり願うときにあの気色の悪い笑い声が耳へと届く。
「クヒヒヒッ、それは困るんですよラッツハルト殿下」
「ぐぁ」
目の前で意識なく倒れてくラッツハルトだった物体。
彼の胸には大きな穴が開いていた。
驚きに唖然とする中にラッツハルトが倒れていた場所にはユキさん以外にもう一人の存在が立っていた。
それは不気味な女。
まるで研究職のような恰好で白衣が目立つ病弱な肌色をした女。
僕自身が魔法毒の身体を食わせて殺したはずの狂人女。
司祭とか呼ばれていた白衣の女が何事もなかったかのようにユキさんの前にラッツハルトの死体を踏みつけながら立っていた。
「いやぁ、驚いた顔をしているねぇ」
「お前死んだはずじゃあ……」
「ああ、死んだね。でも、それは数時間前の私さ」
「数時間前?」
彼女が指を鳴らす。
彼女の陰から一人の女が立つ。
女の姿はまったく同じ彼女と瓜二つ。
「同じ顔!? 双子?」
「クヒヒヒッ、そう思われるが違う。これは私の能力さ」
「能力?」
「私は君とある意味では同じでねぇ不死身の存在と言える。だけど、私の場合はそれは時間で生きているんだよ」
「意味が分からないぞ……」
「私のこの影はすべての時間軸で生きている私が眠っている沼。つまり、ここに居る私は今の私で隣の私は数時間前に別の時間軸で生きていた私」
説明ではよくわからなかったがある学説や生前に呼んだラノベなんかでもあった設定を思い出す。
「並行世界ですか」
「クヒヒッ、さすがは勇者! そちらの知識も有しているとはさすがだね」
「知識なんてないですよ」
「謙遜は今は美徳とは言えないですよ」
彼女が何かを放り投げた。
それは少し食われた僕の足だった。
「それはもう必要ないので返すんだね」
「な、何が目的なんですか? どうして、自分の王様を殺したりしたんですかっ!?」
足を受け取ったはいいけど僕はあまりの恐怖や疑問の渦巻く光景に質問せざる得なかった。
震えたユキさんに危害を加えるそぶりも見せない彼女はただ笑みを絶えず浮かべつつ。
「自分の王様? クヒヒヒッ! クヒヒヒヒッ! この男は私の王などではないんだね」
ラッツハルト殿下の身体を持ち上げるとその首に噛みつく。
ラッツハルトの身体がみるみるしぼんでいき、干からびたミイラのような姿に変わった彼を放り捨てる。
「お前、何者なんですか?」
「それは答えられないんだねぇん。ただ、私はある方の目的でこの城にいて君たちを観察していたというところだね」
「観察? ある方?」
狂人女の告白にまたさらなる疑問が植え付けられただけ。
同時に街の方から悲鳴や爆音が聞こえ始めた。
「ああ、どうやら仲間の到着のようだねぇ。君たちもさっさと消えるといいんだね」
彼女らは背中を向けて、俺らを放置してその場から立ち去ろうとする。
「おい! 待てどこ行く気だ!」
「帰るんだね。私の元居た場所に。クヒヒヒヒッ」
あっけなく彼女の姿は闇の中へと消えていった。
「終わったようね……」
「ユキさんっ!」
気が抜けたように倒れ始めたユキさんに僕は慌てて足をつけて戻し、歩み寄った。
彼女を抱きしめながら町から火の手上がるのを見つめつつ。
「とにかく出ますか」
そう決意をするのだった。
次回の更新は来週中のどこかを予定しておりますが、また遅くなる可能性もあります。
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