優しい御者
「下民族風情がここで買い物していいと思ってんのか! 帰った帰った。立ち去りな」
「二日も食事をあまりとれていないんです! 息子もいるんです! どうか、これだけでも買わせていただけませんか!」
「そんなの知るかよ! てめぇらに売るもんなんかねぇんだよ!」
国を出るために僕は街中を歩きながら国の卑劣で愚鈍な光景を目にする。
店員と客の言い争いは店員が乱暴に客を押しのけたことで終止符が打たれた様子だった。
あまりにもかわいそうな光景だったがこの世界ではこれは当たり前なのだ。
何せ彼女は下民の称号である紋章の魔法が首に刻まれている。
これこそ、店員が客を押しのけるに十分な理由がこの世界にはあった。
民族階級。それはこの大魔法世界『イステア』においては非常に重要視されるのだ。
転移したての僕らは勇者としての優遇もあり王女のお抱えの騎士として、それなりの爵位や地位を頂けた。
通常の冒険者からはそれなりに疎まれる日々はあったけれども名誉と存在意義を主張できうる功績を残せた後は誰もが祝福をしてくれたものだった。
だけれども、それは勇者としての役目があったからにすぎない。
今の僕は取り残された勇者としてこの『魔法世界』に生き残るしかなく、勇者の役目を終えた僕に待っているのは――
「これはお疲れ様でした勇者様」
「ああ、帰れなかった勇者様。残念でしたねぇー。いや、まあそんな力じゃあ仕方ないですよ。それにウチの国でも雇えないでしょ、アハハハハ」
「おい、そんな言い方はねぇだろう。彼はこれでも国のために」
「国のためってだけだろう。ただそれだけの階級をもらっただけで力だけの存在じゃねぇの」
「おまえなぁ。すみません勇者様。でも、我々は今までのことに多大な感謝をしています。それでは、勇者様の今後に安泰を」
待っていたのは階級の剥奪から国から追放という結果である。
つまりはただの放浪者に成り下がった。
一人の門兵には手厚く送られ、一人には罵倒を浴びせられながら国から出るのだった。
これが世界の実情。
勇者が魔王を討伐してもこの世界は変わらない。
階級に対してひどく嫌悪する輩は多くいる。人の気持ちをちゃんと持っている人なんて本当に一握りだ。
「くっそっ!」
背後に見える王城が遠くから窺う。
王族は僕をこの世界に召喚しておきながら見限った。
『すみませんが、勇者様を今は我が国に置いておくほどの予算はもう残されておりませんわ。先刻の魔王との戦いにおいての被害などの修繕費などもあります。勇者様を責任もって雇用をしたいのもありますが今回ばかりは申し訳ありませんわ。せめて、装備と今後の生活のわずかなお金ではありますが』
僕に渡されたのはわずかな装備とお金だけ。
国からも追放された僕の行き先は闇しかない。
自分はたしかにクラスの中でずば抜けた存在でもなく勇者としての世間的活躍認知数は低かった。
他者への扱いにも何となくわかってしまう。
少しでも認めてくれてもいいじゃないかと思う気持ちもある。
涙をこらえて一歩一歩ずつ足をふみしめる。
「僕だって、この世界を救った一人の勇者なんだぞ!」
足がもつれて転倒する。
転倒が心の歯止めを崩壊させ、ボロボロと涙が濁流のごとくあふれた。
「くっそっ! くそぉ! 僕は確かに帰りたいとは臨まなかった。だからって、どうしてなんだよ! こんなにひどい仕打ちを受けるほど僕は何も悪いことはしていないだろう!」
天に向かって僕は吠えた。
遠くで見ているであろう僕を除外した『神様』とかいう存在。
勝手にやりたい放題僕を弄ぶ存在に怒りは膨れ上がる。
「くっそぉおおおおおおお!」
腰に巻いていた剣の入ったホルダーを宙へと放り投げた。
「うぉい! あぶないじゃないか!」
横から馬車が来ていたのに気付いた。
目の前に僕の剣が落ちたことで御者が驚いたように手綱を引いて馬を止めたのだ。
僕を睨みつける御者の男は降りてこっちへと来る。
僕は御者に殴り殺される覚悟をもって待ち受けた。
「私のことを殺す気か! どこのぼんくらか知らんが……ん? おぬしは勇者か?」
「もう勇者なんて存在じゃないよ……この世界に勇者は必要なくなったんだ……」
卑屈な愚痴がついこぼれた。
相手は赤の他人だというのについ『勇者』と呼ばれたことが癪に障った。
「はぁー、お主ほどのものが何があったのじゃ?」
「…………」
「ちょうど、次の町に向かう予定なんじゃがどうだ? 乗っていかんか?」
すると御者は自らの馬車を指さした。
僕は驚いた。
なぜ、そこまで見ず知らずの僕に情けをかけるかがよくわからなかった。
「何があったのかはわからぬがお主のような人物のおかげでこの世界は救われたのじゃろう。ならば、これくらいの恩くらいはさせておくれはしないか?」
「でも、僕金はあまり……」
「金なら要らぬよ。ただ、次の町に用事があるのだ。ついでに乗せるくらいどうってことはない。それに言ったはずじゃ。これは感謝の気持ちじゃよ」
未だにこの世界にも勇者の僕をしっかりとねぎらってくれる存在に出会えたと思えた。
この時ばかりは神様に感謝をした。