収監部屋での決意表明
試合が終わって僕の予想通りに収監部屋に戻された。
手当もされないのは当たり前のことで、賭け試合に出されていたとしても僕らはあくまで囚人だった。
囚人には手当などしない。
元居た世界では警察官は犯罪者がケガをした場合は治療したりする対策をしてもくれるがこの世界にそんな生易しいのは存在しない。
ここはどこか中世ヨーロッパの様式にありがちなほどに酷く卑劣な行いが度重なる様に行われてる。
僕は勇者としてそれを何度となく目の当たりにしたのを今更になって自覚もしてしまう。
目の前で怖れ肩身を震わせた彼女を見ながら。
僕が手を伸ばして彼女の肩に触れて安心をさせてあげようと少し気遣ってみせた手を彼女は振り払う。
「どうしてこんなひどいことができるんですか……ここの人たちは頭がおかしいです。それにあなたもどうしてあんな平然と人を殺せるんですか!」
彼女は守った僕に対して酷い言葉を言った。
だけど、僕はその言葉に対して傷つきはしない。
彼女の言葉の意味をよく理解しているし、正常な判断ができていない今の彼女が錯乱しているのも十分に理解を持っているからだ。
普通の反応なのだ。
僕には敵である奴を殺すことに対して罪悪感なんて感じはしてこなくなっていた。
それでも、『他人を殺す』という理屈には変わらない。
『敵』にだって、親や家族に愛する人がいたことだろう。
その人たちのことを思うという感覚は次第に僕には薄れたのだ。
今目の前の彼女にはまだそれが備わっていた。
「僕は最低の人間だっていう自覚はありますよ。だから、僕は優しい人間なんて自分は思いません。他人の評価なんて当てにならないのは事実ですから。逆に僕は思うんです。ヒトリさんやユキさんのような方が優しくあると。だから、恩人であるヒトリさんの娘を救うっていうことはもちろん名目であってもあなたのような優しい心を持った人が殺されるのは納得できないから僕は救うんです」
彼女は強張っていた肩にゆるみはじめ、こちらに顔を向けた。
「私……すみません。あなたは私を救うために……」
「いえ、ユキさんは正しいことを言ってるから気にしていないです。それより、大丈夫ですか?」
「私は落ち着きました……。あなたのほうこそあれだけ血を流して戦っていたじゃないですか。平気ですか?」
「僕は不死身の体質ですから」
「…………それでも、痛みはあるでしょ?」
そう言って彼女は近づいて僕の身体に手を触れた。
暖かな光が僕を包み込んだ。
その感覚はとうに忘れていたが治癒魔法の感覚。
「懐かしい感じです」
「え」
「不死身な僕に治癒魔法をしてくれたのはあなたで二人目ですね」
「一人目は?」
「…………」
僕は無言になって苦笑を浮かべた。
それだけで彼女は悟ったのか何も言葉を消さず治癒を続けてくれた。
「もう、それ以上しなくて大丈夫ですよ。僕は不死身だから怪我なんてないし……」
「いい加減にもう強がらないでください! 私がこの場で混乱して怖がってるからあなたは強くあろうとふるまっているんですよね? でも、あなただって本当は怖いはずですよね? だから、過去に離れた国に二度と来なかったのに私を救いに来たのがどれほどつらい決断だったかわかってますから!」
彼女の涙を流した訴えの言葉に僕は心を揺れ動かされる気持ちになった。
思わず、彼女をセクハラだと罵られてもいいと思うほどに強く抱きしめていた。
「え! ちょっと!?」
「ごめんなさい。嫌なら突っぱねてください」
「…………いや、じゃないです」
「やっぱり僕は恩人である彼の忘れ形見を救ってよかったです。僕はそのやさしさにどこか心が救われる」
今までひどい扱いしか受けてこなかった自分にとってこのヒトリ・ラーフもユキ・ラーフという人もなぜか自分への優しい気遣いをしてくれる有り難い存在であった。
ユキ・ラーフは錯乱してもすぐに冷静さで僕に甲斐甲斐しくしてくれた態度。
それだけでも良い。僕は心底安らかな気持ちになる。
(だから、僕はこの場から彼女を連れ出したい)
彼女から離れると彼女に向き直る。
「ありがとうございます。その前にまず謝罪をします。ここから出るために現状勝つしか方法がないというのを先に伝えておきます」
「さっきの試合でわかっています。観客とスタジアムとの間に結界という仕切りがあったのを見ていますから」
「あの場で僕らはタイミングよく脱出は不可能なんです。この場からも脱出は不可能です」
僕はこの部屋の出入り口扉に近づいて魔法を放つと魔法が霧散する。
この鉄格子の扉には魔法を消滅させる特殊な術が施されていた。
さらに他者が出ることが叶わぬような術も施されているのを過去にこの目で見ていた。
「この鉄格子にはあらゆる術が仕掛けられていて勝手に魔法で出ることも素手で出ることもできません。素手でこじ開けてみようとすれば身体に高圧電流が走り死に至ります」
「まさに私たちは奴隷なんですね」
「ここの貴族たちの玩具にされてますからね」
「…………何度あの時のことを考えても腹が立ちます」
彼女はそっと自らの肩を抱きしめながら怒りに顔を顰めた。
「でも、この場から出るために勝つには相手と戦って殺すほかないんですよね?」
「この試合ではそうです。だから、その手の汚す役は僕がすべて引き受けます。だから、ユキさんは後ろでずっと隠れていてください。僕はあなたをこの場から出すために勝ち続けるだけでいいんです」
「そんなのあなたの心が壊れてしまうじゃないですか!」
「僕の心が壊れるよりあなたの心が壊れてしまうほうが嫌なんですよ!」
あまりにも自分らしくないような言葉なのかもしれないけれども彼女のことを見てるとそう思ってしまうくらいに自分の口から平然と出ていた。
「…………私だってそんな強がるあなたを見続けるなんて」
「やっぱり、あなたは心がきれいな人です。僕にはそれが一番の救われます」
「私は心がきれいなんかじゃない……。父に対して冷たかったような……」
「それはお父さんを思っていたからだって僕にはわかりますよ。そんなあなたがこんな貴族の玩具にされる必要はない。この場で貴族が見たのは何よりも僕の試合です」
観客が求めてるのはあの第1試合からの様子で見受けられた。
彼女とタッグを組ませたのもより観客に面白くさせるための何かより良いドラマを見せると期待しての王様の策略なのはわかっている。
「ここは王の策略に乗るような形にはなりますが現状それしかない。だから、次の試合も僕にもう一度あなたを守らせて戦わせてください。大丈夫です。僕はここからあなたを連れ出すために来たんです。それに優勝した時にこそチャンスがありますから」
「チャンス?」
「その時に結界が解除され、王様が僕らの前に来ます。その時が絶好のタイミングですからね」
「王様が近くに……」
「はい」
僕は頷きながらそのまま床に座った。
「じゃあ、僕は次の試合のために体力を温存しますから隅で寝ています。ユキさんも疲れたでしょうから寝てください」
隅へと行こうとした僕の手を彼女はなぜかつかむ。
「傍にいてください」
「え」
「何があるかもわからないじゃないですか!」
「でも、それは……」
「あなたは何もしないってわかってます。信頼だってしてます。だから……」
震えた彼女の手を見て僕は一つの決心をした。
「わかりました」
僕はユキさんと肩身を寄せてまるで長年の恋人のように寄り添って眠った。
次回の更新は来週月曜日辺りを予定しております。