闘技場の試合 後編
今回は前半と後半で視点が違います。
観客の期待通りの結果がまさに目の前に起きて、観客たちは活気に満ちていた。
まさに観客たちが見たかったのはその奴隷勇者の死んだと思わせてからの何食わぬ顔で這いつくばって立っている勇士。
それはまさに彼をこの競技、賭け試合で有名にさせた『奴隷勇者』という名にふさわしい行動。
そのことを知らぬ、ユキにしてみればその観客たちが湧きたつ振る舞いは困惑でしかない。
一般的な思考だからこそ、怒りと嫌悪感を抱いていく。
「トラバルド国がこんなに酷いところだったなんて……」
口に出してみても心の中では本人もどこか気付いていたところがあるという自覚はしていた。
なぜならば、自分を拉致しようと何度か村に押し入っては物を破壊したり耕していた畑を荒らしまわっていく連中。
そんな国の人間がまともなはずもなかったのだ。
でも、実際にまともな部分も見せているところもトラバルド国にはある。
それは教育システム。
トラバルド国には世界一の騎士育成組織が存在しているために闇の情報など噂としか思わない人も数多くいるのだ。
トラバルド国にて育成された戦士は後に有名な冒険者や騎士になっていたりもする。
ユキははっきりと自覚した。
この国は良い面と悪い面の二面性をうまく使い分けている国。
「なんだか、ずいぶんと落胆している顔ですね」
「この国がとんでもなく腐っているということに気付いたからですよ」
「そうですか。元から僕はこの国が嫌いです」
「あなたの態度は常に冷たかったのが納得いきました。それよりもあなたはどうやってあの傷を治したんです?」
「それは――」
と会話を続けようとした間際に横やりが入る。
この場所は未だに試合会場。
まだ敵の存在はいた。
だからこそ、当たり前のことであった。
二人はすっかりとアイアンという一番の脅威を倒したと思い安心していた。
だけれども、もっともな脅威の存在をその時二人は改めて認識した。
横やりの攻撃は地上から急に隆起するようにして出現した大樹木。
そこから伸びた木の蔦がユキの足に絡みついた。
「きゃぁああああ!」
空中に放り出されるユキは悲鳴を上げながら地上に近づいていく。
考えてしまう。
このまま叩きつけられた後の自分の結果を。
(このままだと死んじゃう!)
その考えを払拭するかのように勇者は存在する。
「僕にはその程度の攻撃は予測できます」
囁きながら私を抱きとめる一人の男がいた。
+++++++
僕は敵の横やりの攻撃に瞬時に反応をした。
地面が盛り上がったときにある程度の魔法攻撃に予測はついた。
(木による攻撃か。相手は地属性を得意とした魔法士ならそれしかない!)
予測通りの攻撃だったが規模のあまりの大きさに驚きはした。
あくまでもそれは対応できないほどのことでもなく、蔦が自らに絡もうとした刹那に自らの周りに風の暴風域を展開して蔦を切裂いた。
その攻撃を相手のドレットは認識した。
「チィッ!」
続けざまに今度は地面を爆散させて石つぶてをぶつけにかかる。
「僕はその程度で殺せはしないっ!」
つぶては風域に粉砕される光景に相手の敵のドレットが絶望している。
だが、その時に悲鳴が聞こえて僕は悲鳴のする方角を見る。
「っ!」
自分の仲間の彼女。
僕は彼女を守るためにこの場にいたことを失念していた。
「僕の馬鹿!」
慌てるように僕はそちらへと跳躍した。
背後から追いかけるように蔦の攻撃が来ていたが構わず彼女の元に飛んだ。
足場に暴風域を発生させることによって行える飛行。
この世界においては飛行魔法は珍しく観客たちが湧いていた。
『これはすごい! さすがは奴隷勇者だぁあ! 女を救うためには生還したと思えばあっけなくアイアンを倒したその姿もさることながら風の魔法を利用しているのでしょうか? 見たこともないような飛行魔法を使用して仲間の少女を救出したぁああ!』
ユキさんを一人抱きかかえながら僕はゆっくりと地上に降り立とうとしたが背中に鈍く走る痛み。
おもわず、彼女を前に喀血する。
「え……カイムさん?」
「大丈夫……。何度も驚かせてごめんなさい。僕は死なない体だから大丈夫」
「死なない体ってどういう……」
身体を何度となく貫かれる感触を味わいながらも僕は地上にユキさんをおろした。
彼女を背後にかばいながらドレットのほうに身体を向き直す。
ユキさんはその時息をのむ声が聞こえた。
僕の背中で起きた現象を目の当たりにしたのだろうと察しがついた。
「これが僕が死なない原因とさっきの傷が治った理由だよ。ユキさんが魔法効かない体質であるのと少し似てるかもね」
「それでも、痛みはあるんですよね! それなら、無理して私のことを守ろうとしないでください!」
今は敵も僕の風域に対する穴を見つけ、身体に何度となく蔦による貫通攻撃をしていた。
体中に開いていく穴。
その穴は瞬時にふさがっていく。
「無理なんかしていないよ。僕は心に決めたから。恩人の娘を守るって」
「カイムさん……」
「後ろにいてください。もう、終わらせて見せますから」
僕は今までに溜めていた力を解放する。
急激な突風が吹き荒れて、後ろのユキさんが顔を手で覆った。
その見えない隙に僕は瞬時にドレットとの間合いを詰め込んだ。
「何ぃ!」
ドレットという男は自らが優位に立っていたと思っていたことだろう。
でも、そのことに僕は同情心を抱く。
「ごめん。あなたの力はだいぶ強力でした。でも、僕のような勇者の足元には及ばないんですよ」
僕は腰に携えた剣を引き抜いた。
その剣に刀身はない
「はっ! 刀身がない剣で――え」
ドレットも予想はつかなかった。
それは刀身がないのではなく勇者にしか見えないのだ。
間の抜けた顔のドレットの首はごろんとその場におちた。
「だから、僕は殺してしまうあなたに謝ったんです」
試合終了のベルが鳴る。
背後のユキはわずかな手の隙間から垣間見ていた。
(私はあのドレットさんが最も危険視していましたけど、それは間違いでしたのね)
最も危険な人は自らの傍にいたのだと改めて自覚したのであった。
次の更新日は今週金曜日の予定をしています。




