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7 漂流していた少女は何かを知っているようです


 巡洋空母のデッキ。レインは意味もなくネメシスに意識を転送し、何をするわけでもなく上空を眺めていた。


 どういう訳か、この機体に居る時が一番落ち着くのだ。


 空を渡り鳥の群が飛んでいく。


「のどかだな」


 思わず呟いた。


「また此処にいたの?」


 呆れた声でそう問いかけてきたのは妃花だった。いつの間にか乗り込んで来たらしい。


「ああ、こいつが気に入ったからな」

「それは光栄だけど、これは昼寝用のベットでは無くてよ」

「分かっちゃいるんだけどな。何となくこいつが俺の身体って気がしてな」

「ランナーの中には自身の機体にそう言う感情を抱く人間がいるって話しは聞いたことが有るけど、まさか貴方がそのタイプとはね」


 話しながら何気なく視線を動かすと。青々とした海が永遠と広がり、その先に雄大な弧を描く水平線が見えた。


 自分達は、追い出されてしまったこの美しい星に再び戻るために戦っている。だがそれを見ていると、それがあまりに愚かな事に思えてくるから不思議だ。


 そして妙な虚しさにさいなまれる刹那、海面の僅かな異常に気付く。瞳を細めると、それに反応したシステムが、瞬時にそのポイントをクローズアップした。


「救難ボート……?」

「レイン、私たちは――」


 妃花の言おうとしている事は容易に想像がついた。


 自分達は電磁場・迷彩ステルスによって、艦の存在を隠し行動しているのだ。救難ボートを助けることはあまりにリスクが高い。


 ましてこの船は、肉体を持つ人間が生活することを考慮して設計されていない。肉体を持つ人間にとってこの船は、無人で航行を続ける巨大な機械の塊だ。水も食料も積んではいないのだ。


 助けるとするならば、この艦が十分に離れてから、この海域で敵を集めるような行為をワザとするぐらいしか術が無いだろう。


「妃花。臨時テストの申請をしてくれ。離陸許可が欲しい」

「本気で言ってるの?」

「ああ、見てしまったからには放っておけない。それに……」


 言いながら視界を更に拡大する。それに救難ボートに描かれたロゴがはっきりと確認できた。


「ビックサイエンス社のシンボルマーク!?」


 その名は既にこの世に存在しない大手医療機器メーカーの名前である。同時にそれは嘗てフロンティアを生み出した巨大企業の名だった。


 そんなフロンティアに縁があるシンボルマークが救難ボートに刻印されているのだ。


「気になるだろ?」

「そうね」


2


 救難ボートに近づくが反応は一切なかった。考えられる理由としては、既に中にいる人間が事切れている可能性だ。


 もしくは聞きなれないこの機体の動力音を警戒している可能性もあるが、動力も無い救難ボートで漂流している者は、その相手が誰であろうと助けを求めるのが普通だろう。


 赤外線を使用した視界で中の様子を探る。中にいる人間は4名。その誰もが横たわっていた。サーモグラフィーの分布はその内3名に至っては全く体温を有していない事を示している。生存は絶望的だった。


 が、一人は確実にまだ息があると判断できた。


 光学機器が接続された作業用の細い触手をボートに差し入れ、さらに中の様子を探る。


 それによって体温を持たない3名が確実に死亡している事が直ぐに分かった。既に腐敗が始まっている。


 一番奥に倒れる少女だけは、辛うじて息があった。サーモグラフィーが示す体温は極端に低く、危険な状態である事が分かる。


「どうするの?」

「助けたい」

「連れて帰っても、この子は助からないわ。あの船には『肉体持ち』を助ける手段など何も持ち合わせていなくてよ? 解ってる?」

「ああ。でもここに、敵艦を呼び寄せて救出させても、恐らく間に合わない。だが、もしかしたら、この子は……」


 言いながら、光学機器がついた触手を彼女に近づけ耳の奥を覗き込む。


「これって!」


 映し出された映像に、妃花が強く反応した。


 少女の耳の奥には明らかな人工物が埋め込まれていた。それはニューロデバイスと呼ばれる装置を脳に導入した者が、外部機器と接続するための端子だった。


 現在では迫害対象にすらなりえる『それ』を脳に導入している理由は限られる。


「救難ボートに刻まれたビックサイエンスのロゴを見た時、この可能性が頭によぎった」

「確かにこれなら、この子を連れ帰って助ける方法がある。けど、それは――」

「分かってる。でも、この子がフロンティアに縁があるのは間違いない。なら彼女が受け入れてくれる可能性は十分にある。そして恐らく彼女の肉親にこちら側の人間がいる」

「でも、その肉親が生きているとは限らないわ。いいえむしろ可能性は低いかもしれない」


 少女が僅かに動いた。そして瞼がゆっくりと開き虚ろな視線が此方を見つめる。


 僅かに少女の瞳が驚いたように見開かれた。


 こんな醜悪なデザインのモンスターを見たらそれは驚くだろう。怯えるのが当然だ。


 が、その後の少女の反応は全く予想とは別のものだった。


 その瞳が安心したように細められる。


「ネメシス……完成させたんだね……」


 少女は確かにそう言った。


「何故、この機体名を!?」


 思わずそう声を漏らす。


 だが、妃花は自分以上の驚愕を宿してその表情を歪めていた。


「まさか貴方!? 貴方、名前は?」

「エレン……エレン・マーキュリー」


 少女はそれだけを言うと再び意識を失ってしまった。



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