5 居候する御令嬢
1
巡洋空母サーバ内のプライベート領域。
それは、前の船で割り振られていたプライベート領域よりも、格段に容量が少なく狭い。
だが、現在母艦を失い居候の身にである自分達にとっては、贅沢を言ってられないのが実情だった。
ベッドに横になりながらウィンドウを眺める。
「現場は放射能汚染が酷く、近づけない状況です」
ウィンドウから聞こえてきた声。
現実世界側のメディアは先の事件の話題で何処ももちきりだった。
『惨状の原因は死霊共による核攻撃』として各国の首脳が此方を痛烈に批判するする姿が繰り返し流れている。
『死霊』と言うのは現実世界側が俺達を指して呼ぶ言葉だ。肉体を失って尚、生に縋りついた者の末路。彼等にとって自分達は死人なのだろう。
身体に致命的な損傷を負って生存困難な者、今の医療技術では生存困難な者達への適応を目指して創造された技術は、今や現実世界共通の忌むべき対象だ。
嘗て現実世界の社会の一部として存在していた自分達の世界は、一方的に現実世界の者達によって落とされ、その事件で自分達は世界と人口の半分を失った。
そして、当時開発中だった月面基地の量子サーバーへと逃れ、肉体を持たない者達の国『フロンティア』を立ち上げた矢先に待っていたのは地球からの核攻撃であった。
こうして開かれた戦端。
フロンティアは地球軌道上の衛星を全て破壊し、軌道上を制圧した。だがその先は一行にすすまない。
地上に降りてしまえば、現実世界側の物量は圧倒的だった。
不意に新たなウィンドウが開いた。
見ればそこには妃花が映し出されている。
「貴方のプライベート領域へのアクセス権が欲しくてよ」
あまりに、突拍子もない一言目。
――な、何だぁ?
「早くなさい」
「どうかしたか?」
「直接会って仕事の話がしたくてよ」
そう言われてしまえば、仕方がない。プライベート領域へのアクセス申請に対する受託手続きをウィンドウで行う。
とたんに空間に光の粒子が舞い始め、それが急速に集まり人の形を作り上げた。
転移を果たした妃花が、軽く閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
「随分と狭いのね。まるでウサギ小屋のよう」
「お前っ、他人の部屋にずかずか上がり込んだ挙句、最初の一声がそれか!?」
「悪気はなくてよ。私の常識に照らし合わせた感想述べたまでだわ」
溜め息しか出ない。
「で、仕事の話って?」
「私を暫くここに置いて頂戴。そうね、この巡洋空母での居候生活が終わるまでで良くてよ」
「はいぃ!?」
「他に行く場所が無いのよ」
「うんな、訳ないだろ!? お前にだって俺と同じプライベートエリアが割り振られたはずだ」
「『こんな狭い領域はいらない』と啖呵を切ってしまったから、今更引けないのよ」
「はぁ!?」
「リソースがそこまで切羽詰まってるとは思わなかったのだから仕方ないでしょう? てっきり私は馬鹿にされてるのかと思ったわ。この私としたことが、何て浅はかな交渉ミスをしてしまったのか。まぁ、そういう訳だから宜しく」
「お前、言ってる事が無茶苦茶だぞ」
まだ話の最中だと言うのに妃花はウィンドウを操作し、次々に部屋に私物を出現させて行く。狭い部屋はあっという間に妃花の私物で溢れかえってしまった。
「こんな所かしら。それにしても詰まらないわね。何か面白い話でもなさい」
「ふ・ざ・け・る・な!」
ふて寝を決め込んだ。
2
どれくらいの時間がたっただろうか。気付けば外は暗い。どうやら本気でがん寝してしまったらしい。
部屋を見渡すと妃花の姿が無い。だが彼女の私物はしっかりと残っていた。
耳を澄ませばシャワールームから音が聞こえてる。
思わず深い溜め息を吐いた。
――たくっ勝手にシャワーまで使うのかよ。
そして、ふとした懸念を抱く。この領域に自分がデザインしたシャワールームには脱衣所と言う物が存在しない。少ない容量で自分一人が生活するためにデザインしたのだから、当然と言えば当然であるのだが。
つまり、妃花が素っ裸のままシャワールームから出てくる可能性があるのだ。
その状態の彼女とはちあわせた状況を想像してみる。
――まぁ、問題ないか。
どう考えても、妃花が裸を見られたぐらいで悲鳴を上げてしゃがみ込むようなタイプとは考えられなかった。
まして、男の家にこれだけ強引に転がり込んだのだ。恐らく気にするタイプではないのだろう。と自分の中で結論づける。
そして数分後。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
耳が割れるかと思う程の悲鳴をを上げ、自身を抱え込むようにしてしゃがみ込む妃花の姿があった。
「マジか……」
2
妃花に叩かれた頬がジンジンする。
――俺が何したって言うんだ。
ただ自分の部屋のベットの上でぼーっとしてただけだ。
そこに素っ裸の女が現れ、悲鳴を上げられた挙句にひっぱだかれたのだ。
そして、当の本人はと言うと他人のベッドを勝手に奪い寝てしまった。
――それにしても……
身体を丸め、枕を抱え込むようにして眠る妃花の姿はまるで少女である。
普段の勝気な印象からは程遠い無防備な姿にがそこにあった。
先の反応といい、今の彼女の姿といい、自分は少し妃花の事を誤解しているのかも知れない。
まぁ、出会ってあまりに間もない。自分が知るのは彼女のほんの一部なのだろう。
幼気な少女のように眠る姿を見ていると、この部屋に転がり込んでいたのが『単なる寂しさ』からだったのではないか、と言う妄想まで抱いてしまいそうだった。
――仕方ねぇーな。
ウィンドウ操作でクッションを呼び出し床に横になる。
こうして意味も無く慌ただしかった一日が終わりを迎えるのだった。